支え
大学を卒業して実務経験を得るために児童養護施設に就職し、学びながら働いていた香澄の夢への歩みが一時的にせよ止まったのです。
それは香澄にとって大きな挫折でした。
被害者になってしまっただけでなく、夢への途が見えなくなってしまったのです。
加害者は自分のことしか考えていないから、加害者になれるのだと香澄の両親は思いました。
香澄の心の傷が大きくて、両親はただただ見守るしかないのです。
そして、見守るだけであることが両親を苦しめています。
今の香澄にとって、アフリカに居る田辺正樹との会話が救いになっていました。
画面を通して会える正樹は、香澄の話を聞くだけなのです。
問うこともしません。意見など絶対に言いません。
ただ聞いてくれている正樹の存在が香澄にとって大きくなっていきました。
頷いてくれるだけ、笑顔で聞いてくれるだけ、異世界のようなアフリカの話を香澄が聞いた時だけ話してくれるのです。
それも、悲惨な話を避けてくれています。
その配慮が今の香澄にとって快い時間なのです。
会話の開始も終了も、正樹の状態に寄ります。
現地での医療活動が当然のこと優先されるからです。
「先生、いつも本当にありがとうございます。」
「いいえ、僕も楽しいですよ。日本の空気を感じられますからね。」
「先生、いつお戻りされますか?」
「3年間、アフリカです。僕の場合は……。」
「お帰りになられたら、必ず教えてくださいね。」
「ええ、また会いましょう。図書館でもいいですか?」
「はい。どこでも……。」
「その時を楽しみにしています。
じゃあ、今日はこの辺で……。」
「はい。ありがとうございました。」
「こちらこそ……じゃあね。」
話し終えると香澄はスマホに保存されている大和三山の写真を見ます。
大和三山の写真を見ていると、涙が出てくるのです。
それでも、見ていると……落ち着くような気がするのです。
想い出すのは泣かせてくれた時の……あの時の雄鹿の両の腕です。
あの温もりだけが、あの恐ろしい事件を忘れることが出来るのです。
時間が事件を忘れさせてくれれば良いのに……と、香澄の両親は願っています。
そして、あの男が出て来ないことを願っています。
両親は香澄から聞かれない限り、事件についての全ての情報を話さないと決めています。
香澄の関わる人たちが、それぞれに香澄を支えています。




