一つの可能性
田辺兄弟が来てくれました。
父は今まで届いた封書を見せました。
二人とも絶句してしまっていました。
「3通も届きましたので、警察に相談しようと思っております。
その前に、もし何か気になることがお有りでしたら
どうか、教えてください。
そのために無理をお願いして、お越しいただいた次第です。」
「分かりました。当然のことです。」
「僕も同じです。」
「智樹、何かあった?」
「覚えが無いんだ。」
「僕は……もしかしたら、という出来事がありました。」
「正樹、何があったんだ!?」
「まだ、そうと決まったことではないということを初めにお伝えしておきます。
実は、僕の患者で…僕に想いを……寄せてくれているようなのです。
短い時間ですが、ある意味、医師と患者は距離が近くなります。
近くなっても、それは恋愛ではないのですが……」
「勘違いをしてしまう場合があるってことだな。」
「まぁ、そんな感じだ。」
「それで? どんな方なんですか? その方は……。
娘が危険な状態になるかもしれないので、詳しく教えて頂きたい!」
「はい。……… その患者は少し精神的に不安定でしたので、時間があれば
話を聞き手術の前の不安を取り除ければと思い、言葉を掛けたのを
彼女は思い違いをしたようなのです。
彼女から、結婚したいと言われました。
それで、お断りしたのです。
そんな気持ちは全くありませんでしたので……。
ただ、その時に……。なんというか………。」
「何て言ったんだよ。」
「あ…諦めて貰わないといけないので、好きな人が居る!って言ったんです。」
「まさか……ですが、うちの娘の名前を出したんですかっ!」
「いいえ、違います。出していません。
ただ、僕が行く先々に彼女が居ることがあるようになったんです。」
「ストーカー化した………ってこと?!だよな。」
「うん。 そう思う。
あの…… お父さん、僕には全く危害が無かったから、いつか、そのうちに
納まると思ったんです。もし、彼女なら……。
待ち伏せされていたりしたので、図書館で香澄さんに偶然会った時に
彼女に見られてしまっていたのかもしれません。
もしかしたら、勝手に香澄さんを僕が好きな人に決めてしまったのかも…。」
「まだ、その方に決まったわけではありませんが、出来ましたら警察に
相談してください。お願いいたします。
私どもも、娘と警察に相談いたします。」
「はい。」
「その方のお名前を伺っても?」
「はい。石井葵さんです。18歳です。」
「じゅう…はち…。」
「はい。住所は分かりません。」
「ありがとうございます。お名前と年齢だけで充分です。
経緯を伝えたいので、出来れば一緒に警察へ行って頂けますか?」
「はい。勿論です。
ただ……実は明日から京都へ仕事で行かねばなりません。
ですので、警察には先に相談に行って頂いて、僕はご一緒出来る時に…
ご一緒させてください。」
「分かりました。では、先ずはうちだけで警察へ行きます。
もし、その子の可能性が高ければ、その時はご一緒頂けますか?」
「はい。行かせていただきます。
本当に申し訳ございません。
こんなことに大切なお嬢様を巻き込んでしまって……
本当に申し訳ございません。
香澄さん、申し訳ない。」
「いいえ、まだ、その子だと決まっていません。
別の人かもしれませんから……。」
「ありがとう。」
「香澄ちゃん、もしかしたらだけど……
前の階段から落ちたこと、その手紙と無関係じゃないかもしれないよ。
僕はそう思うんだ。」
「階段? 智樹、それ、なんなんだ!?」
「私から説明します。
少し前に娘が駅の階段から転げ落ちたんです。
その時に、娘は押されたような気がすると……。」
「そんなことまで!」
「待ってください。押されたように私が感じただけですし、
その子が手紙を出したと判ったわけでもありません。
はっきりしているのは、この3通の手紙です。
止めて貰いたいんです。それだけです。」
「まだ、誰が出した手紙か判りませんが、
私は娘にこの手紙以上の危害を加えられたくはありません。」
「勿論です。」
「僕にも何か出来ることがあれば仰ってください。」
「ありがとうございます。」
田辺兄弟と話したことで、もしかしたら手紙の差出人が「田辺先生」の患者かもしれません。
その子が万が一、差出人だとしたら……18歳だという石井葵のことが気になりました。




