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慕情  作者: yukko
令和
58/166

差出人不明

誰からの物か分からない香澄宛ての封書が、自宅のポストに入っていました。

宛先の香澄の住所の文字も名前の文字も読みにくいくらいの文字でした。

なんとなく読むのが怖くなった香澄は、父に開けて貰いました。

香澄が怖がっていたからでしょう。


「万が一、剃刀とか入っていたら怪我するからね。

 お父さんに話してくれて良かったよ。」


そう言って、父は園芸用のゴムで作られた手袋をして封書を開けました。

中には手紙だけでした。

両親も香澄もホッと胸を撫で下ろしました。


手紙には「田辺に近づくな!」とだけ書かれていました。

父が「たぶん、左手で書いたんだろうな。」と言いましたので、母も香澄も覗き込むように手紙の文字を見ました。

確かに、文字が乱れています。


「田辺って誰のことか分かるか?」

「同じ苗字の人が2人居るの。」

「2人。」

「誰なんだ?!」

「一人はサッカー部の2個上の先輩。

 もう一人は、その先輩のお兄さんで病院の先生。

 児童養護施設の子が事故に遭った時に治療して貰ったの。」

「その2人だけなんだな。」

「うん。」

「一応、その2人に連絡したいんだが……

 連絡出来るか?」

「うん。LINEで出来るけど…。」

「お父さんから連絡したいんだが……。」

「どうしたらいいの?」

「その人たちにLINEで、父親が会いたがっていることを伝えて、

 お父さんは直接会いたいし、出来たら2人一緒がいいな。」

「直接会うの?」

「そうだよ。この手紙を見て貰いたいからね。」

「その方がいいわ。香澄。お父さんの言う通りになさい。」

「分かった。」

「今から連絡しなさい。」

「はい。」


LINEで「田辺先輩」にメッセージを送りました。


「こんばんは。お元気ですか?

 先輩にお願いがあります。

 実は私宛に手紙が届いたのですが……

 『田辺に近づくな!』とだけ書かれています。

 父が私の知人の中で田辺姓の方にお会いして

 受け取った手紙を見て欲しいと言っています。

 ご都合の良い日時を教えてください。

 それから、私が知っている田辺姓は、

 先輩のお兄さんもいます。

 お兄さんと一緒に来て頂きたいのです。

 よろしくお願いします。」


すぐに、コピーして一部を替えて「田辺先生」にもメッセージを送りました。


「こんばんは。お元気ですか?

 先生にお願いがあります。

 実は私宛に手紙が届いたのですが……

 『田辺に近づくな!』とだけ書かれています。

 父が私の知人の中で田辺姓の方にお会いして

 受け取った手紙を見て欲しいと言っています。

 ご都合の良い日時を教えてください。

 それから、私が知っている田辺姓は、

 ご存じの通り、先生の弟さんもいます。

 弟さんと一緒に来て頂きたいのです。

 なお、先輩に先にメッセージを送りましたので、

 先輩から先生に連絡があるかもしれません。

 よろしくお願いします。」


直ぐに、2人から返信がありました。

どちらも「OK!」と「怖かったでしょう。」と「兄弟で日時を調整して伺う日時が決まったらLINEします。」と「なるべく早く伺えるようにしたい。」という内容でした。

父にLINEの画面を見せました。


「会ってみないと分からないからな。 

 会っても分からないかもしれないし…。」

「うん。」

「でも、あなた、お会いしないことには……。」

「そうだ。……香澄。」

「何?」

「通勤は、暫くお父さんと一緒に行こう。」

「えっ?」

「こんな手紙が届いたんだ。何かあったら……と思うと、

 お父さんは何もしない!などという選択はない!」

「はい。……ごめんね。お父さん。」

「何、言ってる……。親なら当たり前だ。

 明日から車でお前を送ってから、出社するから、な。」

「お父さん、ありがとう。」

「香澄、このことが落ち着くまで、休みの日は家に居て!

 お父さんも、お母さんも貴女に何かあったらと思うだけで

 涙が出るほどなのよ。

 だから、お願い。家に居て頂戴。」

「うん。分かった。そうする。」


香澄は両親の愛情の深さに嬉しさと感謝の心でいっぱいになりました。

貰った時の言い知れぬ恐怖は薄れていました。


田辺兄弟からの日時の連絡を貰うのに、少し時間が掛かりました。

その間にも、家のポストに差出人不明の封書が入ったのです。

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