火葬
鸕野讚良皇女の身体は、日に日に衰えていくのを誰も止められません。
死期を察したのでしょうか。
岡宮太上天皇に会いたいと鸕野讚良皇女は言いました。
岡宮太上天皇は急ぎました。
「雄鹿、鸕野讚良皇女様の御容態が思わしくないままなのか!?」
「はい。」
「失ってはならないお方である。何とか為らぬのかっ!!」
「申し訳ございません。今の薬師の力では無理だと思われまする。
上皇様、人はいつか死にまする。それはどのような身分のお方でも
死からは逃れませぬ。」
「そんなこと!………分かっておる。…分かって…おるのじゃ……。」
岡宮太上天皇は部屋に入って、横たわる鸕野讚良皇女の姿を見て涙を禁じ得ませんでした。
「どうしたの? 大津……… 泣いているではありませんか?」
「叔母上様……… 私は………私は……どうか長く生きてください。」
「それは、無理ですよ。…………もう時間がありません。」
「叔母上様……。」
「大津、お願い。」
「何でございましょう。」
「私が死んだら……… この身体に火をつけてください。」
「叔母上様……。」
「遠い国では、火葬というのをしているのですよね。
私が死んだら、そのようにしてくださいね。」
「叔母上様……。」
「お願いしましたよ。」
「叔母上様……。」
「大きな陵墓を作らないで欲しいのです。 無駄ですからね。
あれは無駄です。」
「叔母上様……。」
「お願いしましたよ。……… それと、この醜い姿を晒したくありません。
私の死後は、この姿を見せないでくださいね。誰にも……。」
「叔母上様……。」
「出来得る限り………密やかに火葬を済ませてください。
そして、密やかに埋葬してください。お願い……ね。」
「叔母上様……。」
「待っているわ。」
「?」
「母上様が……健皇子が……姉上様が……父上様も…待っているわ。」
「叔母上様……。」
「大海人皇子様……待ってくださっているわ。」
「叔母上様……。」
「高市皇子も……、唐津も………。」
「………………………………。」
「……草壁……草壁も…いるわ。」
「叔母上様! どうかお気をしっかり持ってください。…叔母上様!!」
「大津、草壁を許してくれて本当にありがとう。」
「何を仰せなのですかっ! 当然でございます。」
「私のことも、許してくださいね。」
「叔母上様…… 何を仰せなのですか?」
「草壁を正しく育てられなかった罪が私にはあります。」
「そんなもの! ありませぬ!!」
「大津、そなたは健やかで長く……ね。」
「はい。」
「ありがとう。そなたのお陰で幸せでした。」
「叔母上様……。」
「そなたが草壁を許すと言ってくれて、私は幸せでした。ありがとう。」
「叔母上様……。」
「後は頼みます。そなたなら案じなくても良いから……。」
「私は大和政権を守ります。」
「ありがとう。」
「舟坂。」
「はい。」
「大津が帰りますので、しっかりと私の分まで見送ってくださいね。
頼みますよ。」
「畏まりました。」
「大津、手を離して……。いつまでも子どもですね。」
「叔母上様?」
「あの時も、そなたは私の手を離さなかった……。」
「あの日、姉上様が亡くなった後、そなたと大伯皇女に会いに行きました。
天智天皇の………。
あの日、そなたも大伯皇女も母を失って寂しかったのですね。
私の手を二人とも離さなかった。
あの幼き二人の……小さな手から伝わる……温かかったわ…。」
「叔母上様……。」
「少し、休みます。」
「はい。いつでも直ぐに参ります故……。」
「…………。」
「叔母上様?…… お休みになられたようじゃ……。」
「舟坂、叔母上様を頼む。」
「御意にござりまする。」
鸕野讚良皇女は日本で最初に火葬された日本人になるのでしょう。
それは、この別れの後、直ぐのことでした。




