氷高皇女
文武天皇と皇后、そして、天皇の母・阿閇皇女と娘・氷高皇女が来てくれました。
今日もまた衣装を改め、正装で迎えました。
まだ15歳の天皇と皇后(紀皇女)、そして、天皇の母と姉。
草壁がこの世に残した子どもと妻です。
会えただけで涙が零れ落ちそうになります。
「氷高皇女はどのようになりたいのですか?」
「私は、帝を補佐したいと思っております。」
「まぁ、では上皇様や長屋王のように、ですか?」
「はい。」
「そなたなら、出来るのでしょうね。きっと………。」
まだ15歳になったばかりの文武天皇が鸕野讚良皇女の身体を心配して言葉を掛けました。
「おばあ様、御辛そうです。お休みになった方が宜しいのではありませんか?」
「ありがとうございます。 帝……。私は、まだ横にならなくとも……
このように、お話は出来ます。」
文武天皇と皇后は、政務があるとのことで先に発たれました。
二人が帰って行った後、氷高皇女に聞きました。
「今の、道を進んでいくことに不安はないのかしら?」
「いいえ、そんなこと一度も頭の隅にすらありません。」
「そうなの?!」
「はい。」
「鸕野讚良皇女様、実は……氷高皇女には将来、文武天皇に何かあった時のために
このまま、どこにも嫁せず…!と思っております。」
「それは………どういうことですか?」
「上皇様と長屋王が…万が一、帝に子が授からなかった場合を考えたそうです。」
「子ども……。」
「次を継ぐ者……で、ございます。」
「上皇様にはお子様がお生まれにならなかったので、万が一をお考えになられた
のでございます。」
「それは、氷高皇女でなくとも良いのではないのですか?
長屋王は皇位継承権がありますよ。万が一は長屋王に……。」
「はい。長屋王も吉備内親王も……で、ございます。」
「長屋が皇太子にならないと言ったのですか?」
「実は…… 長屋は父である高市皇子の母親の出自を気にしております。」
「何を……そのようなこと……。」
「はい。上皇様も、私も、そのように言いましたが、あの子は生真面目な子
です。」
「そうですか。」
「夫の長屋が受け入れていない皇太子を、妻の吉備内親王が受けるはずはなく
…… やむを得ず氷高皇女を……。」
「氷高皇女、そなたは……それで良いのですか?」
「はい。おばあ様、私はどなたかに嫁すよりも、己が中枢に居る方が良いのです。
弟の役に立つ方が良いのです。」
「そなたが望むなら、それが一番です。」
「おばあ様、ありがとうございます。」
「阿閇皇女、氷高皇女、ごめんなさいね。
少し辛くなってきました。床に就きます。」
「申し訳ございません。無理をして頂いて……。」
「ごめんなさいね。また、来てください。」
「はい。」
「舟坂。」
「はい。」
「床に就きます。」
「畏まりました。」
スッと鸕野讚良皇女を抱き上げて床に就かせてくれたのは、雄鹿でした。




