涙
雄鹿は白粉の製造方法を調べました。
「まさか……。そんな……。水銀が入っている。」
水銀が入った白粉を長期間塗っていたのです。
それも、顔色が悪くなってからは、その水銀入りの白粉を重ね塗っていたのです。
「これを使わせたら駄目だ!」
呟くように言った雄鹿は、鸕野讚良皇女が休む部屋に入りました。
酷い顔色で横たわっている鸕野讚良皇女の姿を見て、雄鹿は小さな声で言いました。
「ごめん。また、守れなかった……。」
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鸕野讚良皇女は目覚めました。
雄鹿の姿を見て、自分の顔を隠そうと袖で覆いました。
直ぐ傍に居た女孺が聞きました。
「上皇様、白湯なと召し上がられますか?」
「そうね。少し頂きましょう。」
雄鹿が身体を起こして、女孺が白湯を飲ませてくれました。
「美味しいわ。ありがとう。」
ありがとうと言っただけなのに涙が出て頬を濡らしました。
「あら? どうしたのかしら…ね。」
「鸕野讚良皇女様。」
「え?」
「鸕野讚良皇女様、涙を流したくとも流すことが叶わなかったのですね。」
「何を……言ってるの?」
「草壁皇子様、ご逝去の折に泣きたくとも泣けなかったのではありませんか?」
「雄鹿…… 何を、言ってるの?」
「泣いてください。泣いても誰も咎めません。
ここに居る者は誰一人、鸕野讚良皇女様を咎めません。
ですので、どうかお心のままに……お願いいたします。」
その言葉がきっかけになり、堰き止められていた涙が溢れるように出てきました。
止められないくらい涙が出てきます。
気が付くと鸕野讚良皇女を雄鹿が抱きしめて言いました。
「鸕野讚良皇女様のお声は、こうしていれば何人にも聞こえません。
声を殺さなくとも良いのです。お心のままに……。」
雄鹿がしたことは不敬罪と問われる行為でしたが、傍に居た女孺も誰も止めませんでした。
鸕野讚良皇女の寝室から毎夜、嗚咽が聞こえて来ていたからです。
声を殺して咽び泣く鸕野讚良皇女に他の者たちも「泣いて欲しい。」と思っていたからです。
涙だけではなく、いつしか幼子のように大きな泣き声を上げて泣いていました。
雄鹿の胸の中で泣き疲れたように寝てしまうまで…………。




