天皇
皇太子である草壁皇子が逝去したことで、帝の御位に誰が即位するのかが、今の最大の懸念です。
⦅歴史では……私が即位するのね…。
持統天皇になりたくないわ! 即位したくないわ!
大津皇子に即位して貰おう! それが一番良いと思うから…。⦆
大和政権を統べる者たちが集まり、誰が即位するかを決めます。
天武天皇の息子たち、高市皇子、大津皇子、忍壁皇子、穂積皇子、舎人親王、長皇子、弓削皇子、新田部親王が入って意見を言いました。
そして天智天皇の息子たち、川島皇子、志貴皇子も同席しました。
高市皇子は母の身分が低いので、帝になれません。
しかし、壬申の乱に従軍し天武天皇と共に戦ったたった一人の皇子です。
天武天皇の覚えもめでたい皇子を政権の中枢に据えないのは間違っていると誰もが思いました。
嘗て、大友皇子が就いた「太政大臣」に!との声が多く、高市皇子は「太政大臣」に任じられました。
これは、集まりの前から決められていたことで、集まりの時に皇后から任じると決められていました。
草壁亡き後、一番帝の御位に近いのは、誰から見ても大津皇子です。
天武天皇に一番近い才覚があります。
誰も異を唱えないと思っていました。
「大津、私はそなたに帝の御位に就いて欲しいと願っています。
そなたしか、おらぬと……思っています。」
「皇后様のお気持ち、大津は ただただ有難く存じます。」
「そうか! ならば受けてくれるのですね。」
「皇后様、私には帝の御位は重いのでございます。
何卒…何卒……他の方に…!」
「何故なのです。そなたが一番の適役だと思います。」
「いいえ、一番のお方を退けての即位は大和政権にとって
正しいとは言いかねます。」
「一番のお方? それは誰ぞや?」
「皇后様、皇后様であらせられます。」
「……私…ですか?」
「はい。皇后様の御即位なら何人たりとも不平を抱かぬと思います。」
「大津、私は御位に就く気はない!
他の者にも告げます。私は帝の御位に就く気はない!」
「皇后様……。どうか、どうか、御即位ください。」
「大津……。私はそなたに継いで欲しいと思っています。」
「皇后様。」
「何です? 高市皇子。」
「私も皇后様に就いて頂きたく存じます。」
「高市……そなたまで何を言うのです。」
「今の大和政権を誰の不服も無く進められるのは皇后様お一人です。」
「高市…。そなた……。」
「私からもお願いいたします。」
「忍壁。そなたまで…。」
「私からもお願いいたします。」
「穂積…。これは一体、そなたらの謀かえ?」
「皇后様、皇子様方のお心を何卒無下になさいませんように
お願いいたします。」
「暫く時間が欲しい。」
「皇后様。」
「良きに計らえなどと言わぬ。大きな決断が必要故……。」
「皇后様。」
「少し休みます。疲れました。」
「承知いたしました。」
⦅あぁ…… 嫌だ…。 帝になりたくない!って分かって貰えない。
どうしよう……。このままだと持統天皇になっちゃう。⦆
宮殿内の広大な庭園は古代中国の庭園に似ているのです。
庭園にある池は大きくて、池の中に島があります。
女孺が大きな傘を差して日差しを浴びないようにしてくれています。
ぼんやりと池を眺めていると、舎人の唐津が傍に来ました。
「皇后様、皆様がお待ちでございます。」
「行かねばならないのですね。」
「皇后様……。」
「唐津、私は皆の言葉を撥ね退けること……許されないのであろうか……?」
「皇后様、唐津は舎人でございます。」
「そうでした。今の言葉は忘れるように……。」
「はっ。」
「参りましょう。」
「お供いたします。」
どうしても持統天皇にならねばならないのでしょうか?
大きく歴史を変えたのに、そこは変わらないのかしら?
もう、残りの人生を一人でゆっくり過ごしたいというのは無理なのでしょう……か…。




