藤原不比等
不比等がしたいことは分かるつもりだと思ったのです。
草壁でないと困るのでしょう。
「言いなりになる可能性が高い皇子」を選んだのです。
その上で、今のところ一番名声を高めている大津皇子が邪魔になった…………。
邪魔者を消し去るための行動です。
⦅用意をしていたのでしょうね。随分前から……
スパイを置くのが遅すぎたのでしょうね。
天武天皇が病床に伏された頃から……だったのかもしれないわ。
……草壁……貴方って子は何と愚かな……。
大津皇子、死んではなりません。
どうか間にあって! お願い!!⦆
「草壁…… そなたには何人たりとも近づけさせません。
人に会うことを許しません。」
「はい。」
「謹慎処分にし、この部屋から出ることは許しません。」
「はい。」
「そなた…… 何を焦っているのです。
そなたは皇太子です。その御位を……汚す行為ぞ!
此度のことが発覚すれば……そなたの即位を認めない者が出てくる。
何人からも認めてもらうには、政務を実直に執ることです。」
「……はい。」
「誰かある!」
「はっ。」
「草壁をこの部屋で謹慎させる。
そなたらは何人たりとも入らぬように見張りなさい。」
「はっ!」
「草壁、反省しなさい。
そなたは弟を殺めようとしたのです。
二度とこのようなことをするでない!!」
「はい。母上様……。」
「唐津!」
「はい。」
「今から不比等に会います。付き従いなさい。」
「はっ!」
藤原不比等が入れられている牢に向かいました。
中臣鎌足の嫡男ですから、どのような言い逃れをするのか不安でした。
「不比等。」
「これはこれは、皇后様、御自らのご尋問を受けられるとは
恐悦至極に存じます。」
「不比等、もう草壁は話してくれましたよ。
言い逃れは出来ぬと心得なさい。」
「はぁ~っ。やっぱり……。発覚したら全部吐きますよね。
あのお方は……。」
「そなたからも詳しく聞きたいのです。」
「そのままですよ。草壁皇太子様は従順なお方……
……故に私の思い通りに動いてくださる。
ですが………大津皇子様は天武帝の才覚を受け継がれたお方………
幾ら、私の娘を嫁がせても無意味でしょう。
このことが成った暁には、私の娘を嫁がせて……ゆくゆくは………
天皇を我が藤原家から出す! それだけでございます。」
「謀反の罪を大津皇子に………。」
「それが一番でしょう。それしか、ないのでございます。」
「皇后様、ご報告!」
「唐津、続けなさい。」
「はっ! 大津皇子様にあらせられましては、ご無事でございました。
こちらが送りました兵によって、藤原氏が送った兵は既に縛に
就いております。」
『良かったぁ~~~! 間に合ったんだ。』
「そうか……。」
「大津皇子様にあらせられましては、こちらへ向かっておられます。」
「ありがとう。引き続き頼みます。」
「はっ!」
「動きが大変お早いですね。 準備なさっておられたような……。」
「何事にも対応できるようにしていますよ。」
「流石は皇后様! お見事にございまする。」
「そなたに褒めて貰うても、嬉しゅうないわっ!
この罪は大きい……故に重罪に処する。覚悟をいたせ。不比等…。」
「もう出来ておりまする。皇后様に知られたと分かった時点で……。」
「愚かな………。」
「それが人でございまする。」
「人……か……。」
「不比等! もう会うことは無い!」
「御意!」
藤原不比等は重罪、どのような刑にすべきかは分かっているのです。
死罪しか有り得ないということを……
その時に草壁皇太子の処分が問われます。
⦅我が息子であっても……刑を軽く出来ない。
どうして、母に息子を………。
草壁、そなたは愚かすぎます。
大馬鹿者―――っ!!⦆
傍に控えている唐津が言いました。
「皇后様が以前より御預かりしておりました書状がなければ
無理だったと思いまする。」
「そうですか……。」
「皇后様は、万が一をお考えになり、天武帝が病魔に倒れられた際
書状を認められたこと、不比等の言葉のままでございますが……
見事でございます。」
『いえいえ、ちょっと歴史を知ってただけですけどね。
それでも早すぎてビックリだわ。』
「唐津、そなたに褒めて貰うのは嬉しいですよ。」
「皇后様。」
「幼き頃より常に従い、私を守ってくれました。
ありがとう。此度もそなたが居なければ成せぬことでした。
ありがとう。唐津。
唐津、そなたを信じているからこそ、あの書状を渡していたのです。
そなたのように信じるに足る臣下が居ること、私は嬉しく思います。」
「勿体ないお言葉にございまする。」
「唐津、大津皇子が着いたら知らせてください。
それと、高市皇子を呼んでください。
宮殿にて二人の皇子に会います。」
「承知いたしました。」
「疲れました。大津皇子が着くまで、少し休みます。」
「承知。」
自分の舘に戻り、直ぐに体を横にしました。
眠れるわけではなく、ただ身体を休めるためでした。
草壁皇太子をどのような刑に処するか……大変難しく……涙しか出ませんでした。
藤原不比等は死罪しか有り得ないのです。
息子は……草壁は……どうなるのでしょうか。
不安が募っていきました。




