草壁皇太子
たった一人の子ども・草壁皇子は皇太子になり、政務を執り行うようになりました。
天武天皇の殯の期間は長く、皇太子が百官を率いて何度も儀式を繰り返し、持統天皇2年(688年)11月21日に大内陵に葬りました。
その殯の期間に、事が起きました。
天皇の崩御の翌日の朝のことでした。
「皇后様、事を成そうとされておられる皇子様が…
報を受け急ぎ参りました。」
「誰なのですか?」
「それが……。」
「言いなさい!」
「草壁皇太子様であらせられます。」
「くさ…か…べ……が?」
「はい。」
「詳しく!」
「密かに、事を起こすべく動いている者が近づきましてございます。」
「誰なのですか?」
「藤原不比等でございます。」
「不比等が? どのように…? 何をしようと……?」
「草壁皇太子様のご即位を確実にするためにとのことで、
大津皇子様に謀反の罪を着せる計画を……不比等から皇太子様に…。」
「不比等が草壁を唆していると…!」
「はい。」
「急ぎ、草壁の元へ行きます。」
「皇后様、遅かったかもしれません。」
「な…に…?」
「先ほど大津皇子は謀反と……既に謀反として発覚しております。」
「そんな……私は何も…聞いておりません!」
「既に手を回されており、大津皇子様の元へ兵が向かっておりまする。」
「その兵よりも早く私の使いを……。」
「皇后様、舎人の身分で申し訳ございません。」
「何を? 何が?」
「既に送りました。皇后様より預かっておりました書状を持たせております。」
「……あ…………ありがとう。 ありがとう。唐津……。」
「草壁皇太子様の元へ参られますか?
それとも…… 藤原不比等へ兵を送りますか?」
「私は、草壁に会いに行きます。
不比等へ兵を送りなさい。直ぐに!」
「は―――っ!」
舎人の唐津が送った使いが早く着いて欲しいと祈りながら、草壁の舘に行きました。先触れなく……
草壁は急に訪れた母の姿を見て驚いただけではなく、その顔には恐怖を張り付けていました。
⦅この子は大人しく従順なのに……
従順だからこそ狙われたのかもしれぬ……。⦆
「母上様………。」
「草壁、そなた、母に言うことは無いのですか?」
「……な…んの…ことで…ございましょうか?」
「大津です。謀反の疑いありとのことですね。
私の耳には入っていませんが、それは何故なのです?」
「母上様………。」
「草壁、そなたは天智天皇の殯が済めば、即位するのですよ。」
「……は…い。」
「その前に何があって兵を大津の元へ送ったのです。」
「それは……。」
「言いなさい! 全てを………。」
「私の即位を喜ばぬ者が朝廷におります。
その者たちは、大津皇子の即位を望んでおります。
大津は……その者たちに担ぎ上げられています。」
「確かな証拠があるのですか?」
「証拠は……。」
「そ…その川島皇子です。」
「では、川島を呼び、事の真相を明らかに致しましょう。」
「母上様、もう遅いのです。」
「何がですか?」
「もう兵を送りました。
送られた兵は大海人皇子の死を確認するよう言いつけてあります。
もう………遅いのです。もう、終わるのです。」
「大津に自決を促すようにと言い含めて…… 兵を送ったのですか?」
「は…い。」
「愚かな! 愚かすぎます。
そなたが帝の職を全うするために、高市皇子と大津皇子の補佐を
受けるのですよ。」
「…はい…。」
「皇后様、ご報告」
「唐津、続けて!」
「はい。不比等を捕まえました。」
「ありがとう。」
「はっ!」
「次の朗報を期待しております。」
「はっ!」
「草壁……聞いていましたね。
不比等は捉えました。
そなたも何があったか全て白日の下に晒しなさい。
いいですね。」
「…はい。」
草壁と向き合っていると……酷く幼く見えました。
高市皇子のような謙虚さ、生真面目には及ばなくとも、謙虚で真面目な子なのに………。
大津皇子のような才気、勇断を持たずとも、人を貶めるようなことが出来るはずがない子なのに………。
この子を育てていくうちに何が足りなかったのか分かりません。




