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慕情  作者: yukko
飛鳥
19/166

草壁皇太子

たった一人の子ども・草壁皇子は皇太子になり、政務を執り行うようになりました。

天武天皇の(もがり)の期間は長く、皇太子が百官を率いて何度も儀式を繰り返し、持統天皇2年(688年)11月21日に大内陵に葬りました。

その(もがり)の期間に、事が起きました。

天皇の崩御の翌日の朝のことでした。


「皇后様、事を成そうとされておられる皇子様が…

 報を受け急ぎ参りました。」

「誰なのですか?」

「それが……。」

「言いなさい!」

「草壁皇太子様であらせられます。」

「くさ…か…べ……が?」

「はい。」

「詳しく!」

「密かに、事を起こすべく動いている者が近づきましてございます。」

「誰なのですか?」

藤原不比等(ふじわらのふひと)でございます。」

「不比等が? どのように…? 何をしようと……?」

「草壁皇太子様のご即位を確実にするためにとのことで、

 大津皇子様に謀反の罪を着せる計画を……不比等から皇太子様に…。」

「不比等が草壁を唆していると…!」

「はい。」

「急ぎ、草壁の元へ行きます。」

「皇后様、遅かったかもしれません。」

「な…に…?」

「先ほど大津皇子は謀反と……既に謀反として発覚しております。」

「そんな……私は何も…聞いておりません!」

「既に手を回されており、大津皇子様の元へ兵が向かっておりまする。」

「その兵よりも早く私の使いを……。」

「皇后様、舎人の身分で申し訳ございません。」

「何を? 何が?」

「既に送りました。皇后様より預かっておりました書状を持たせております。」

「……あ…………ありがとう。 ありがとう。唐津……。」

「草壁皇太子様の元へ参られますか?

 それとも…… 藤原不比等へ兵を送りますか?」

「私は、草壁に会いに行きます。

 不比等へ兵を送りなさい。直ぐに!」

「は―――っ!」


舎人の唐津が送った使いが早く着いて欲しいと祈りながら、草壁の(やしき)に行きました。先触れなく……


草壁は急に訪れた母の姿を見て驚いただけではなく、その顔には恐怖を張り付けていました。


⦅この子は大人しく従順なのに……

 従順だからこそ狙われたのかもしれぬ……。⦆


「母上様………。」

「草壁、そなた、母に言うことは無いのですか?」

「……な…んの…ことで…ございましょうか?」

「大津です。謀反の疑いありとのことですね。

 私の耳には入っていませんが、それは何故なのです?」

「母上様………。」

「草壁、そなたは天智天皇の(もがり)が済めば、即位するのですよ。」

「……は…い。」

「その前に何があって兵を大津の元へ送ったのです。」

「それは……。」

「言いなさい! 全てを………。」

「私の即位を喜ばぬ者が朝廷におります。

 その者たちは、大津皇子の即位を望んでおります。

 大津は……その者たちに担ぎ上げられています。」

「確かな証拠があるのですか?」

「証拠は……。」

「そ…その川島皇子です。」

「では、川島を呼び、事の真相を明らかに致しましょう。」

「母上様、もう遅いのです。」

「何がですか?」

「もう兵を送りました。

 送られた兵は大海人皇子の死を確認するよう言いつけてあります。

 もう………遅いのです。もう、終わるのです。」

「大津に自決を促すようにと言い含めて…… 兵を送ったのですか?」

「は…い。」

「愚かな! 愚かすぎます。

 そなたが帝の職を全うするために、高市皇子と大津皇子の補佐を

 受けるのですよ。」

「…はい…。」


「皇后様、ご報告」

「唐津、続けて!」

「はい。不比等を捕まえました。」

「ありがとう。」

「はっ!」

「次の朗報を期待しております。」

「はっ!」


「草壁……聞いていましたね。

 不比等は捉えました。

 そなたも何があったか全て白日の下に晒しなさい。

 いいですね。」

「…はい。」


草壁と向き合っていると……酷く幼く見えました。

高市皇子のような謙虚さ、生真面目には及ばなくとも、謙虚で真面目な子なのに………。

大津皇子のような才気、勇断を持たずとも、人を貶めるようなことが出来るはずがない子なのに………。

この子を育てていくうちに何が足りなかったのか分かりません。

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