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慕情  作者: yukko
令和
130/166

かずくん

吉井和真君は出産時胎内仮死で、その結果重度の仮死産でした。

NICUに緊急搬送されて、生死の境を3日間彷徨いました。

母親はまだ母乳を飲めない離れた病院に居る我が子に、いつか飲める日のために懸命に母乳を搾乳しました。

子どもに飲んでもらえることで、母乳は出やすくなります。

飲んで貰えない状態で搾乳するのは大変なことだと香澄は思いました。

乳房を暑いタオルで温めてから搾乳します。

どんな想いで搾乳していたのかと、和真君だけではなく、全国のNICUに居る赤ちゃんのお母さんへも想いを寄せました。

和真君のお母さんは、和真君の命が山場を越えたと聞いた時、どんなに嬉しかっただろうと………。

お母さんが自分で授乳できた時、退院できた時、その時々に、喜びを夫婦で分かち合ってきたのでしょう。

分かち合ってきた妻が居なくなった吉井真人さん。

どんなに辛かったでしょう。

香澄は、和真君が児童養護施設で暮らすことをマイナスに捉えて欲しくないと思っています。

そのための今日の見学です。


「かずくん、おはようございます。」

「和真、おはようは?」

「おはようは。」

「かずくん、挨拶上手ね。」

「じょうずね。」

「パパ、ママは?」

「和真、ママは居ないんだよ。」

「ママどこ?」

「私は香澄です。かすみ。」

「かすみ。」

「かずくん、上手!

 かずくん、一緒に遊ぼうね。何がいいかな?

 かずくん、ブランコ好き?」

「ブランコすき?」

「ブランコ。」

「ブランコ。」

「行こうね。」

「いこうね。」


施設長がやってきて挨拶をしました。


「吉井真人さんと、お子さんの和真君ですね。」

「はい。よろしくお願いいたします。」

「ママを探している姿、お父様にとっては大変お辛いでしょう。」

「はい。」

「和真君は二語文ですね。」

「はい。」

「オウム返しですね。」

「はい。それしか………。」

「大丈夫ですよ。言葉が全くない子も居ます。」

「そうなんですか?」

「はい。でも、なんとなく分かって来るんですね。毎日一緒に居ると……。」

「そうなんですか………。僕は分かりません。父親なのに………。」

「ご自分を責めないでください。これからですよ。これから築けばいい。」

「はい。……… 息子をよろしくお願いいたします。

 ご迷惑をお掛けしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。」

「お父さん、頭を上げてください。私たちはお父さんと違って一人でずっと見る訳

 ではありません。チームで見ます。だから、追い詰められなくて済んでいます。

 お父さんはお一人で全てを抱えていらっしゃる。だから、今は任せて頂きたいの

 です。会いに来てあげてください。お父さんの御身体を大切になさりながら……

 義務ではなく、会いたいというお気持ちのままに………。」

「はい。」

「さぁ、施設内を案内します。」

「はい。」

「香澄ちゃん、君はかずくんと一緒に居る?」

「はい。遊んでいます。」

「了解!」

「杉本さん、お願いします。」

「はい。」


和真君は入所することが決まりました。

これから、この施設が彼の生活の場。

慣れて欲しいと香澄は思いました。

吉井真人はまだ心の奥深くで施設に預けたことを捨てたことという想いを払拭できないままでした。

帰りに再度、香澄は言いました。


「一生、預けるのではないのですよ。

 吉井さんが再び和真君と暮らせるようになれば、また一緒に暮らせます。

 預けると決めたことは悪ではないです。

 何度も言いますが、預ける=捨てるではありません。

 それを忘れないでください。」

「はい。ありがとうございます。」

「かずくん、遊び疲れちゃったみたいですね。ぐっすりですね。」

「はい。寝た子は重いです。」

「そうですね。……では、失礼します。」

「杉本さん、今日はありがとうございました。」

「いいえ、仕事です。」


和真を抱っこしたまま、何度も頭を下げる父親・吉井真人。

その姿を見送りながら、香澄はホッとしていました。

遅れていたら、もしかしたら、和真を父親が虐待した可能性がゼロではないからです。

生活に、仕事との両立に、追い詰められたかもしれないからです。

この親子が幸せななりますように!と祈らずにはいられませんでした。

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