それぞれの愛
背中を撫で続けてくれている智樹の胸に顔を埋めたまま泣いている香澄。
香澄はなかなか泣き止むことが出来ません。
その間、一言も話さずに、香澄に何も聞かずに、ただ香澄の背中を撫で続けてくれる智樹から香澄は離れたくないと思うようになっていました。
香澄がやっと泣き止んだ時、智樹はゆっくり香澄の身体を離して言いました。
「真帆ちゃんが心配しているから電話してもいい?
香澄ちゃんが無事だと……。」
香澄は頷くことしか出来ません。
「じゃあ、LINEメッセージで伝えるね。ご両親は真帆ちゃん以上に心配されている
からね。真帆ちゃんからご両親に伝えて貰うね。」
香澄はまた頷きました。
「それから、今居る場所を伝えてもいい?
帰るのに時間が掛かるから、場所を伝えておいた方がいいと思うよ。」
香澄は三度頷きました。
智樹はLINEメッセージを入力してから、その画面を香澄に見せました。
「これを真帆ちゃんに送ってもいい?」
「はい。」
智樹は優しい笑顔を香澄に向けて「ありがとう。」と言ったのです。
「ありがとう。」の意味が香澄には分かりませんでした。
「香澄ちゃんの好きにしていいからね。
話したかったら話したらいいし、話したくなかったら話さなければいい。
辛かったこと、悲しかったこと、香澄ちゃんの色々な想いは、きっと
きっと、香澄ちゃんを今よりも強く優しい香澄ちゃんにしてくれるはずだよ。
大丈夫だよ。」
「私、恥ずかしい。」
「?」
「大人げなかったです。家を出るなんて……。
親に、真帆に、先輩にまで心配かけて………。
まるで、高校生ですね。社会人なのに…………。
恥ずかしいし、情けない。」
「…………結衣さんがね。会いたがってる。香澄ちゃんに………。」
「結衣さんが?」
「うん。香澄ちゃん、初めてなのかな? 担当した子が亡くなったのは………。」
「はい。」
「きっとね、初めて亡くして辛かったんだと思うよ。
何が悪かったのか?とか、もっと方法があったはずだ!とか、様々な想いが溢れ
て来たんだと思うよ。
結衣さんがね。医師として初めて患者さんの死を乗り越えた時、たぶん簡単じゃ
なかったんだよ。兄がそうだったからね。
だから、香澄ちゃんの気持ちを今、一番分かるのは結衣さんなんだと思うんだ。
もし、良かったら、家に帰ってから時間があったら、結衣さんに連絡して会うの
もいいかもしれないと僕は思うよ。
結衣さんが香澄ちゃんが見つかったら連絡して!って言ってたから、LINEメッセ
ージを送ってもいいかな?」
「はい。」
「じゃあ、送るね。」
「ありがとうございました。」
「ごめんね。自分から言ったのに守らなかった。」
「何をですか?」
「もう二度と会わないって言ったのにね。」
「そんな…………そんなこと言わないで!」
「香澄ちゃん?」
「お願い。そんなこと言わないで! お願い。言わないで。」
「香澄ちゃん………。」
香澄の頬の涙を智樹がそっと拭いてくれたのは、あの時以来でした。
あの時、二人で飛鳥に来た日以来なのでした。
静かに時間が過ぎていきました。
智樹が「もう、帰ろうね。」と言い、香澄が頷いて、二人は畝傍駅に別れを告げました。
「帰ったら、お父さんとお母さんに謝らないと。」
「うん、そうだね。」
「真帆にも謝らないと。」
「うん。…………さぁ、帰ろう。」
帰りの電車には智樹が居てくれます。
智樹が居てくれることがこんなにも安心できるとは、香澄は思いも寄りませんでした。




