儚い命
和歌山で大叔母が香澄に託すように渡した物がありました。
それは、簪でした。3本あります。
「香澄ちゃん、この簪は、ほんに、ほんに大切な簪やして。
一緒やった時間は短かったと聞いているのでございますのし………。
その短い間に、簪を贈ったんやして。
病で倒れる前に贈った簪やしてよし。
杉本家にとって大切な簪なんやと分かって欲し。
この簪を香澄ちゃんに渡したいと思うてるんでございますのし。
香澄ちゃんやったら大事にしなさると思いますのし。
一緒になって欲しという想い、守りますという想いが込められてますよし。
今の杉本家では女の子は、香澄ちゃん一人やして。
貰うて欲しと思うてますのとし。」
「私が?………ですか?」
「ふん。香澄ちゃんに貰うて欲し。」
そう言われて貰って帰って来たのです。
ただ、使うことがありません。
その使うことが無い簪を眺めていると、なんとなく……あの花嫁衣裳が浮かび上がってくるのです。
そして、智樹を思い出してしまいます。
あの飛鳥で涙して話してくれた智樹の姿を………。
「求婚の意味と守りますと言う意味」
この二つの意味を秘めた簪を挿して、前の令和の香澄は智樹の元へ嫁いだのだと簪を眺めて思うのです。
「羨ましい。」と…………。
前の記憶などなく、純粋に智樹を愛して、智樹から愛された前の香澄。
前の令和の香澄のように、智樹のことを想えていたなら……違う人生だったのだろうと。
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児童相談所に、一人の母親が助けを求めるように電話を架けて来たのは、春まだ浅い頃でした。
「お子さんの成育歴から教えてください。」
「私は………私は、子どもを殺してしまいました。」
「……お母さん、お子さんはお元気ですか?」
「家で………もう、動きません。」
「!!」
香澄は直ぐに消防に連絡し、その母親の自宅へ向かいました。
向かった先のお子さんは、もう息をしていませんでした。
香澄は泣き続ける母親の肩を抱きながら、警察の検分に同席しました。
連絡を受けて父親が職場から帰宅し、亡くなった幼い娘を呆然と見つめていました。
「私、買い物に行ったんです。
この子…………まだ寝返りも打てないので大丈夫だと………
寝返り………打てないのに……どうして?」
「寝返りを打てないと言うのは本当ですか? ご主人。」
「はい。本当です。出産時に重度の仮死で生まれてきて……
脳に障害が残ると………寝返りなんか打てるはず無い………。
なんでだよ! なんで! なんで打てたんだ!!」
ご両親は大声を上げて泣き続けていました。
初めての我が子を授かった喜びは、出産時に打ち消されてしまいました。
出産時のトラブルによって、体内仮死になり、そのまま重度の仮死で生を受けました。
NICUに搬送されて、退院してからも、母親は懸命に育てて来たのです。
寝返りを打てないので、いつも買い物に行くのも子どもが寝ている間でした。
それが、この日、寝返りを打てたのです。
この子にとって生まれて初めて寝返りを打てたけれども、顔を下に出来たけれども、それから元に戻せなかったのです。
再度の寝返りを打てなかった。
それで、窒息死したのです。
お顔には必死になって動かそうとした形跡が残っていました。
鼻が赤く擦り剝いていたのです。
生まれて初めて寝返りを打てたこの日は、この子の1歳の誕生日でした。
哀しい、悲しすぎる葬儀に香澄は生まれて初めて参列しました。




