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慕情  作者: yukko
令和
120/166

儚い命

和歌山で大叔母が香澄に託すように渡した物がありました。

それは、簪でした。3本あります。


「香澄ちゃん、この簪は、ほんに、ほんに大切な簪やして。

 一緒やった時間は短かったと聞いているのでございますのし………。

 その短い間に、簪を贈ったんやして。

 病で倒れる前に贈った簪やしてよし。

 杉本家にとって大切な簪なんやと分かって欲し。

 この簪を香澄ちゃんに渡したいと思うてるんでございますのし。

 香澄ちゃんやったら大事にしなさると思いますのし。

 一緒になって欲しという想い、守りますという想いが込められてますよし。

 今の杉本家では(おなご)(こお)は、香澄ちゃん一人やして。

 貰うて欲しと思うてますのとし。」

「私が?………ですか?」

「ふん。香澄ちゃんに貰うて欲し。」


そう言われて貰って帰って来たのです。

ただ、使うことがありません。

その使うことが無い簪を眺めていると、なんとなく……あの花嫁衣裳が浮かび上がってくるのです。

そして、智樹を思い出してしまいます。

あの飛鳥で涙して話してくれた智樹の姿を………。


「求婚の意味と守りますと言う意味」

この二つの意味を秘めた簪を挿して、前の令和の香澄は智樹の元へ嫁いだのだと簪を眺めて思うのです。

「羨ましい。」と…………。

前の記憶などなく、純粋に智樹を愛して、智樹から愛された前の香澄。

前の令和の香澄のように、智樹のことを想えていたなら……違う人生だったのだろうと。



⊜≎―――≎―――≎―――≎―――≎―――≎―――≎―――≎―――≎―――≎⊜



児童相談所に、一人の母親が助けを求めるように電話を架けて来たのは、春まだ浅い頃でした。


「お子さんの成育歴から教えてください。」

「私は………私は、子どもを殺してしまいました。」

「……お母さん、お子さんはお元気ですか?」

「家で………もう、動きません。」

「!!」


香澄は直ぐに消防に連絡し、その母親の自宅へ向かいました。

向かった先のお子さんは、もう息をしていませんでした。

香澄は泣き続ける母親の肩を抱きながら、警察の検分に同席しました。

連絡を受けて父親が職場から帰宅し、亡くなった幼い娘を呆然と見つめていました。


「私、買い物に行ったんです。

 この子…………まだ寝返りも打てないので大丈夫だと………

 寝返り………打てないのに……どうして?」

「寝返りを打てないと言うのは本当ですか? ご主人。」

「はい。本当です。出産時に重度の仮死で生まれてきて……

 脳に障害が残ると………寝返りなんか打てるはず無い………。

 なんでだよ! なんで! なんで打てたんだ!!」


ご両親は大声を上げて泣き続けていました。

初めての我が子を授かった喜びは、出産時に打ち消されてしまいました。

出産時のトラブルによって、体内仮死になり、そのまま重度の仮死で生を受けました。

NICUに搬送されて、退院してからも、母親は懸命に育てて来たのです。

寝返りを打てないので、いつも買い物に行くのも子どもが寝ている間でした。

それが、この日、寝返りを打てたのです。

この子にとって生まれて初めて寝返りを打てたけれども、顔を下に出来たけれども、それから元に戻せなかったのです。

再度の寝返りを打てなかった。

それで、窒息死したのです。

お顔には必死になって動かそうとした形跡が残っていました。

鼻が赤く擦り剝いていたのです。

生まれて初めて寝返りを打てたこの日は、この子の1歳の誕生日でした。


哀しい、悲しすぎる葬儀に香澄は生まれて初めて参列しました。

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