大和政権
天智天皇は乙巳の変以降、様々な改革を行い「大化の改新」と呼ばれるようになり、その中で中臣鎌足の存在が大きくなっていました。
「鸕野、そなたの耳にも届くと思うが……。
今、話しておく。」
「はい。」
「大海人皇子と額田王の間の娘・十市皇女は
我が息子・大友皇子の元に嫁す。」
「えっ?」
「我が娘・御名部皇女は、
大海人皇子の息子・高市皇子の元に嫁す。」
「決まったことなのですね。」
「そうだ。決まったことだ。」
「そんなに大海人皇子様が恐ろしいのですか?」
「歯に衣着せぬとは、そなたのことじゃな。」
「父上様。」
「そうだ、恐ろしい。ただ一人恐ろしいのが大海人皇子である。」
「何を恐れておいでなのですか?」
「皇太子に据え、皇太弟とした。」
「はい。」
「しかし……息子が居る。」
「皇太子をお替えになりたいのですか?」
「心は変わってしまうのじゃ。子が可愛い……。
大海人皇子とは、少なくとも繋がりを強くしたい。それだけである。」
「それが政なのでございますか? 大友皇子のための… 」
「その通り。政の一つである。」
「娘は……道具なのですね。」
「そうなのであろうな…。
ただ、嫁した娘の幸を願っておらぬという訳ではない。
そのことだけは伝えておく。」
「相分かりました。」
高市皇子は十市皇女にほのかな想いを寄せている……それは見ていて微笑ましいほどに……。
十市皇女の心は分からないけれども、高市皇子にとって、この婚姻は辛い婚姻になると思ったのです。
⦅歴史通りなんだろうなぁ………。
高市皇子、実直で優しい子……。
失恋するのね……どうにも……してあげられない…。
ごめんね。高市皇子……。⦆
「他に決められましたか?」
「今、そなたに話せるのは全て話した。」
「左様でございますか…。」
「鸕野、そなた…… 大海人皇子と仲が悪いのか?」
「悪いかどうかは分かりかねます。
ただ、私は姉上様とは違いすぎるのでございます。」
「そうか………。
大田は早すぎた…。」
「はい。」
「そなたは長く生きよ。父よりも長く……。」
「御懸念には及びません。私は丈夫に育っております。」
「そうか……。
鸕野、そなたの母には……辛い想いをさせたと……
朕は……分かっておる。」
「はい。」
「だが、それが政である。」
「………はい。」
「そして、葬らねば葬られるのが大和政権でもある。」
「大和政権。」
「大鷦鷯大王……存じておるな。」
「はい。」
「大王には弟皇子がいらっしゃった。」
「はい。」
「その中の一人が隼別皇子である。」
「はい。」
「隼別皇子は大鷦鷯大王が皇后にと望んだ雌鳥皇女の元に、大鷦鷯大王の使者
として赴き、皇子は使者の務めを果たさずに、皇女を妻にした。」
「はい。」
「それだけなら、事は起きなかった。」
「はい。」
「隼別皇子が謀反を起こそうとした。
雌鳥皇女が唆した。大王を先に打つべしと!」
「はい。」
「いつ、何があるか分からないのが政権を維持するということなのだ。
大和政権で己が命を長らえるのは、先んじるということなのだ。」
「先んじられたから、おじいさまを葬られたのですか!」
「そうだ。担ぎ上げる者が出る可能性がある者、担ぎ上げる者は先に葬る。
それが、朕が長らえている証でもある。
鸕野、そなたは、そなたらしく生きよ。
そして……長らえよ。」
「父上様よりは長らえます。」
「頼もしい限りだ。」
「高市皇子様に……
もし想いを寄せる皇女がいらっしゃっても変わらないのですね。」
「変わる訳が無いことなど、そなたが一番よく知っておろう。」
「はい。……父上様……御無理なさいませんように……。」
「そなたが朕の身体を気に掛けてくれるとは…思わなんだ。」
「父上様。」
「大和政権の中枢に、そなたも居ることを忘れるな。良いな。
中枢にいる限り、巻き込まれる。覚悟をしておけ。良いな。」
「はい。心に強く留めおきます。」
「永らく会えなかったそなたと会えて、長く話をしてしまったようだ。
鎌足が外で気を揉んで待って居ろう。」
「はい。父上様……お暇致します。」
「また、参れ。」
「はい。どうか、お健やかにお過ごしくださいませ。」
「そなたも……。」
「鎌足を呼べ。」
「はっ!」
頭を深く下げて出て行く前に小さな声で中臣鎌足に聞きました。
「鎌足、鏡王女様はお健やかにお暮しでしょうか?」
「はい。息災でございます。」
「そうですか…… それは良かった。
案じておりました。鎌足の妻になったいきさつ…を考えると…。」
「鸕野讚良皇女様に案じて頂かなくとも息災でおりますし、
大切なお方でございます故、皇女様のお心を煩わせませぬ。」
「分かりました。息災で……。」
「ありがとうございます。」
鸕野讚良皇女は舎人に案内されて、草壁が居る部屋に行きました。
大鷦鷯大王=仁徳天皇




