出陣前のひととき
ドアが「ゴンッ、……ゴンッ」と叩かれた。
まだ夜明け前だろう。部屋は薄暗い。
エドワードは条件反射で目が覚めた。符丁のノックは久しぶりだ。意味は、「早よ、開けろ」。
エドワードは、隣で眠るラヴィリアの様子を窺った。
あどけなさの残る寝顔は可愛らしくて、このまま二度と外に出さずに閉じ込めたくなる。自分だけのものだという独占欲が、『監禁』という名の犯罪を犯してしまいそうだ。国王が犯罪者、とかマズイかもしれない。
ラヴィリアがノックの音では起きなかったことに安堵して、エドワードはそろりとベッドを抜け出した。
ガウンを羽織りドアを細めに開けると、案の定カルロスである。カルロスだって突然連絡が入ったのだろうに、きっちりと着替えて隙のない出で立ちだった。
奥さんしっかり者だもんなあ、とエドワードは寝ぼけた頭で考えた。会えば爆乳に目を奪われがちだが、あのカルロスを虜にする女性である。細かいところにまで気の回る、そつの無い人だ。
「……どうした」
「マリ王国から宣戦布告が入りました」
「……ああ」
「オリノ高原付近にて交戦中です。国営軍を向かわせています」
「そうか。まあ、工事が間に合っていてよかったな」
「いかがしますか」
エドワードは亜麻色の髪をした腹心の部下に目をやる。この男は、仕事の規模が大きくなっても、全く態度が変わらない。
「幹部をすぐに集めてくれ。会議を開く。それと、パルカ王国の出方を探れ。マリ王国と連携して動くかもしれない。情報を集めたい」
「承知しました」
「マキシウエルも会議に参加させろ。出方を窺う必要は無い。最も必要な現場に投入する。
騎士団は戦闘態勢維持のまま待機」
「……陛下の、仰せのままに。
会議まで間がありますから、エディは、ゆっくり来ていただいていいですよ」
「すぐ行くよ」
「いえ、ゆっくりで」
穏やかに微笑んで、カルロスはドアを閉めた。今までにない気の使いようが彼らしくなかった。
何言ってんだあいつ、と訝しく思いながら振り返ると、トスっとエドワードに抱きつく小柄な影がいた。
ラヴィリアである。
エドワードはカルロスの「ゆっくりで」を理解した。どうやらあの男は、ほんの少しだけ優しくなったのかもしれない。
「……エディ、お仕事ですね」
「うん」
「エディも戦いに出るおつもりですか」
「そうだね。マリ王国をボコらないと」
「ボコるって……」
「俺から君を奪おうとしたからね」
エドワードは、ラヴィリアの額に口付けた。
昨夜もたくさん愛したのに、また新しい愛しさが生まれている。この気持ちの上限はどこにあるのだろう。キリがないほど愛おしい。
冷えるから、とベッドに戻り、二人でシーツにくるまった。座ったエドワードの胸にラヴィリアはもたれかかった。すぐにエドワードの手が抱き寄せてくれるのが嬉しい。
「……国王様のエディが、戦いに出陣する必要あるのですか?」
「まあ。普通は国のトップは、出ないよね。
だけど俺ってば、若くて血気盛んじゃない? 戦いとなったら血を見たくてウズウズする、手のつけられない猛将だろ?」
「………………そうなんですか?」
「妻がめっちゃ疑いの目で見てくる。
一応ね、俺の敵対勢力にはそう思われてるの。
ナプルの戦いで勝ったりとか、身内の容赦ない断罪とか、反逆貴族の平定とか、割と血生臭いことしてるから」
「必要に迫られてのことですよね」
「必要以上に血を流したと主張する一派もいる、ってこと」
ラヴィリアはしげしげとエドワードの顔を見上げる。寝起きの素のエドワード。人畜無害な冴えない青年に見える。
この人が、猛将。へえ……
「妻が、猛将って言葉に失礼だから謝った方がいい、みたいな目で見てくる」
「そこまで思ってません。指揮官というより、土木兵に混じってそうな顔だなとは、思いましたけど」
「土木兵……確かに俺の得意分野だけど。
と、とにかくね。俺が戦いに出ることはそんなに不自然じゃないんだ。しかも、戦略的にも意味があるから」
「どうしても、行かなくてはいけない?」
「そういうこと」
ラヴィリアはエドワードにきゅっと抱きついた。しばらく会えなくなるから、この体温を覚えておきたかった。
エドワードが優しく髪を撫でてくれる。甘い気分になってしまうから、ラヴィリアとしてはとても危険である。行かせたくなくなってしまう。
「ラヴィの警護も厳重になるからね。護衛の数を増やして警戒する。刺客を送り込んで来ないとも限らないから」
「……」
「城の警護自体を臨戦体制にするから、かなりピリピリすると思う。過ごしにくいとは思うけど、我慢して欲しい」
「……」
「カリンは置いていくから、話し相手にはなってくれると思う。戦況も伝えられるし、だから……」
「エディ」
ラヴィリアはエドワードを見上げた。
不満気な表情に気付いたエドワードが、少したじろいだ。何をしでかしたのか必死で考えている様子が手に取るようにわかった。
こういう所は結婚しても変わらない。
ラヴィリアは両手でエドワードの顔を包んだ。
「エディがわたくしを全力で守ってくれることなんて、知ってます。だから、そんな説明じゃなくて」
「……えー」
「ちゃんとわたくしに、ご挨拶していってくださいね」
「ご挨拶?
あー。
……いってきます……?」
「はい。いってらっしゃい。
……ご武運を」
エドワードは、たまらなくなってラヴィリアを抱きしめた。可愛い。うちの嫁は、本当に可愛い。
ラヴィリアの、ちゃんとメリハリをつけてくれる気遣いが、大好きだ。ちゃんと送り出してくれる覚悟が、とてつもなく大好きだ。
エドワードはラヴィリアの耳元にちゅっとキスを落とす。ついでに耳たぶを軽く噛むと「んっ」と可愛い声が出た。
エドワードは歯を食いしばった。
もっと聞きたい。もっと触れたい。なんでラヴィはこんなに可愛いんだ。
くぅぅっと、この場は耐えた。さすがに会議の前だ。会議の後はすぐ出陣だ。
だからこそ、エドワードは即座に心に誓った。
「なる早で、帰ります」
「そ、そうしてください」
「帰ったら、今よりもっと愛します。めちゃくちゃにするつもりだから、よろしくね」
「め、めちゃくちゃって……」
「さらなる高みを目指して、全力で挑ませていただきます。
ね、ラヴィ」
ラヴィリアは夫の顔を窺った。
ラヴィリアの夫は、言っている内容とは裏腹に、爽やかな笑顔になってみせた。
ラブッラブ、なんですけど。
どうしよう、こいつら。




