プロポーズ
ラヴィリアとエドワードは、ソファに並んで座っていた。床だと膝痛いよね、という当たり前の結論が出たのである。
手を繋いでソファに座っているだけで幸せマックスなラヴィリアである。指を絡める恋人繋ぎにすると、エドワードがきゅっと握り返してきた。
この世の全ての幸せはわたくしの右手にある、とラヴィリアは唐突に悟りを開いた。
これが脳が沸騰するということかと、カナメに借りた恋愛小説の一節を思い出した。
ラヴィリアは自覚している。これは、浮かれている。
「えーと、国王就任おめでとうございます……?」
「ラヴィ、それ、今更じゃない?」
「お祝いをお伝えしてなかったと思いまして」
「別にめでたくもないしさー」
高級なソファに、だらんとエドワードは体を投げ出した。いつものエドワードである。カルロスの懸念していた、『ちゃんとした国王陛下』が脱ぎ去られていた。
「あまりにも酷い不正をしていた貴族を降格しまくったら、その貴族の事務官もいなくなっちゃってさー、今未曾有の事務官不足」
「……あらあ」
「新たに貴族の昇格も行って事務官の数は増えたけど、自己主張の弱い人材が多くて案件が滞ることが多い。ランドレイクとマフマクンがかなりフォローしてるけど、書類の量が変わらないということは、上がってくる案件もそれだけあるというわけで」
「なるほど」
「くっだらねえのも混じってんだよね。とある公爵の領地経営が芳しくないからなんとかしてくれと、公爵自身が訴え出てるとか」
「えー……」
「てめえの領地なんだからてめえで何とかしろっての。国に何とかしろってんなら接収してやんぞ!って言ったら引き下がったんだけど。
そういうくだらない案件が俺にまで上がってくるのが問題でさ。そんなもん、提出された時点で事務官の方で落としてくれないと。公爵の出した案件だから、身分の関係で落とせなかったんだろうけどさ」
「はあ」
「責任は俺がとるから下らないのは跳ね除けろって、指導してるけど、ちゃんと機能するまで時間かかるんだろうなあ。やだやだ」
「うんうん」
「…………ごめん!
つまんないよね。仕事の愚痴……」
「いいんです」
ラヴィリアはよしよしとエドワードのチョコレート色の髪を撫でた。エドワードは一瞬驚いて、そのまま顔がふにゃりと蕩けた。レアな蕩け顔にラヴィリアの心臓が跳ね上がる。マシュー、この顔、紙に描いてくれないでしょうか!
「分かることと分からないことがありますけど、わたくしは聞くことは出来ます。エディは言いたくても言えなくて、溜め込んでいたのでしょう?」
「……うん」
「わたくしの前で『ちゃんとした国王陛下』になる必要ないです。わたくしが好きなのは『いつものエディ』ですから。だから、いっぱい愚痴ってくださいね」
「…………それはさあ。ラヴィには、甘えていいってことだよね」
「そうですよ」
「じゃあ、遠慮なく」
エドワードはラヴィリアの膝に頭を落とした。
ラヴィリアは自分の膝にエドワードの頭の重みを感じて緊張する。
膝枕だ。
これが本でしか読んだことのない、本物の膝枕。チョコレート色の頭が自分の膝にある。
そっと髪を撫でると、やはりエドワードの顔がふにゃりと溶けた。
が、その顔が急激にきっと引き締まる。とめどない愚痴が炸裂し始めた。
さきほどに引き続き、事務官たちの至らなさ。
いまだに賄賂が有効だと思っている高位貴族の醜悪さ。
今まで優待されていた古株の商人たちの、既得権益を守ろうとする卑怯な手段。
ひたすら理由をつけて予算上乗せを要求してくる軍部。
カルロスの意地悪。
マシューの拳の痛さ。
ひたすら愚痴りまくって、エドワードはいきなり沈黙した。
むくりと起き上がると、ラヴィリアに顔を寄せた。不満そうな顔がすぐ近くにあった。
「あと、さっきまで君を避けていた俺。ムカつく」
「……本当ですね」
「なんて勿体ない時間を過ごしたんだろう。馬鹿なんだ俺。ビビりなんだ、俺」
「はい」
「今日からは一緒じゃないとダメだ」
「はい」
「君がちゃんと傍にいないと、俺ダメなんだ。すぐに破綻する。ぶっ壊れそうになる」
「はい」
「だからね、ラヴィ。俺と結婚してくれる?」
ラヴィリアは「はい」と答えられなかった。
真面目な顔になった婚約者が、ラヴィリアを見ていた。
婚約者としてスファルト王国に来たのだ。結婚する前提でいた。
いつか結婚するのだとは思っていた。
……だから、プロポーズされるなんて思っていなかった。
エドワードは真っ直ぐにラヴィリアを見つめた。少し眉を寄せてそれでも目を離さなかった。
「……政治的な打算も、実はある。
マリ王国が、君と俺の婚約を破棄し、君を送還して欲しいと通達してきた。これは、知ってる?」
「知っています……」
「もちろんきっぱり断った。だが先方もしつこい。『王族接触拒絶症』が成立していると思っているから、跡継ぎ問題を盾にあくまで婚約破棄の方向で押し込んでくる。病などないと伝えても聞く気がない。ラヴィリア姫を返さないなら、戦争も辞さないと返答がきた」
「わたくしの、お兄様がですか」
「そうだね。
こちらも、受けて立つと、返答したばかりだ」
ラヴィリアは目を見張る。
まさか、母国がスファルト王国へ戦争をもちかけるとは、思っていなかった。しかも、ラヴィリアを返還しないという理由で……
ラヴィリアはそこで疑問に思う。
マリ王国で、自分はそれほど大切にされていたとは思えない。どちらかと言うと、邪魔で目障りだから、山奥に隔離されていた。
もしもマリ王国側が、自分を必要な駒と考えた場合、それは王族としてのラヴィリアの血を、政治利用する場合のみ。
「……もしかして、お兄様。わたくしを、よその国へ嫁がせようと……」
「マリ王国は、魔法具を使った兵器で、画期的な開発に成功したらしい。それでパルカ王国の侵攻を食い止めた。賠償金の交渉も有利に進めて、今調子がいいんだ。マリ王国の金回りがいいのも、そんな理由」
「では……」
「マリ王国は、君とパルカ王国の宰相との、婚約を進めているらしい」
わたくしと、パルカ王国宰相との結婚!
青ざめたラヴィリアの手を、エドワードは強く握った。
力強い眼差しが、ラヴィリアを捕らえていた。エドワードはどこまでも本気だ。
「絶対に、そんなこと、させない」
「エディ……」
「俺からラヴィを奪おうとする奴は、絶対に許さない。それがラヴィの実の兄でも」
「……はい。わたくしを、離さないでください」
「離さないよ。約束する。
だからこそ、既成事実を積み上げる。婚約ではなく、結婚する。婚姻を結ぶことで、婚約破棄の可能性を消す」
エドワードはラヴィリアのアイスシルバーの髪を撫でた。ラヴィリアの髪は伸びて、背中に届きつつあった。それを柔らかい手つきで、エドワードは撫でる。他では見た事のないこの美しい髪に触れられる男は、自分だけだ。
「あとね。俺がもう、限界だ」
「……?」
「『王族接触拒絶症』が無くなった今、躊躇する必要がなくなったし、我慢する理由もなくなった」
「エディ?」
「今すぐにでも、君がほしい」
エドワードの真摯な声が、ラヴィリアに沁みる。この人は本気で、自分を求めてくれている。こぼれ出た愛がエドワードの言葉に絡みついて、ラヴィリアに届いた。不純物が混じることなく、真っ直ぐに。
「本来、婚約期間は一年間。
でも俺、国王だから。そんなくだらん約定ぶっ壊しても、誰にも文句言わせない」
「……文句を言うのは教会、くらいでしょうか」
「うん。無視する。
神も悪魔も、俺たちの味方じゃないし、敵じゃない。教会くらい黙らせる」
「あ、ブラッド……」
「あれについては、ラヴィがなんとかしてね」
なんとかなるだろうか。
ラヴィリアの自室でいまだに石となっているブラッド。
姿を現さなくなって、どれくらい経つことか。
「ラヴィ、よそ見しないで。俺を見て」
「は、はい」
「ちゃんと見てる?」
「見てますよ」
「俺はもう、君から目が離せないんだから。
ね、俺のラヴィ」
「はい、エディ」
「君を愛してる」
エドワードはラヴィリアの手を取った。
恭しくその手を掲げる。
チョコレート色の真剣な目が、ラヴィリアを見つめていた。
「ラヴィリア・フォンゴート・マリ殿。
私、エドワード・オグ・ヴィヴィンと、結婚してください」
「……はい」
「絶対だよ?
ヤダ、って言っても、愛するからね。もう、俺は止まれないからね」
「ほ、程々でお願いしますよ?」
「ここまで惚れさせておいて、我儘言わないの。徹底的に愛情ぶち込むから、覚悟してね」
口元を笑みに結んで、エドワードはラヴィリアの手の甲に、自分の唇を押し付けた。
その温かさを、一生忘れないと、ラヴィリアは思った。
婚約から、結婚へ。
二人の人生は加速する。
これで、一話目の冒頭につながりました。
これまでを振り返って「「あの頃に、二度と戻りたくない」」って吐き捨てる、結婚式です。イロイロあったからねえ。




