逃走中
ラヴィリアは応接室で、普段よりだいぶ穏やかな表情のカルロスと対面していた。ラヴィリアの背後では、すっかりラヴィリアの専属護衛となったカリンも、呆れたように話を聞いていた。
「……つまり、エディはわたくしに会うのが怖くて、怖気付いて逃げた、と」
「そうなります」
「逃げることあります?
カルロス、わたくしの病気が魔法の操作よるものだということ。さらに付与魔術からの回復のために、リハビリをしている件も話してあるんですよね?」
「もちろんです。報告は逐一させていただいております」
「もう『王族接触拒絶症』を起こすことは無いのに。なんで、逃げるのです」
「王族という自分の存在により、目の前でラヴィリア姫が病を発症したショックは、計り知れないものだったでしょう。さらにラヴィリア姫の『来ないで』発言は傷をえぐっていたかと」
「それはっ……本当に申し訳なかったと思います。
……ですが、カルロス?」
「なんでしょう」
「どうしてあなた、そんなに嬉しそうなのです?」
ラヴィリアの言葉に、カルロスは声を上げて笑った。遠慮なく笑うカルロスを、ラヴィリアは初めて見た。
「『陛下』ではない、『エディ』を久々に見たもので。
それも、怖くて逃げ出すなど、なんてエディらしい」
「……どういうことですか?」
「エディは今、『ちゃんとした国王陛下』になりきり中です。『ちゃんとした国王陛下』である限り、誰にも文句は言わせない。そんなつもりでしょう」
「……それは、もしかして。
自分の心をを守るための、エディの自衛行動……」
「その通りです。
おかげで仕事ははかどってありがたいのですが、『ちゃんとした国王陛下』など、にわかに出来ることではありません。破綻しかかっています。
そこへ、自分の素を認めてくれた、唯一甘えられる対象がやって来ましてね。同時にトラウマである『王族接触拒絶症』を思い出したのでしょう。突然パニックになって逃げ出した」
「……バカですね」
「はい、その通り。バカなんです。もう、私は可笑しくて。
エディはどんなに背伸びしても、エディです」
早くこの緊張から解放させてあげてください、と第二王子の副官から、宰相補佐にのし上がった男は言った。
「ランドレイク侯爵、マフマクン侯爵。
エディはこちらにはいませんでした?」
「これはラヴィリア姫。執務室へようこそ。
陛下でしたら鍛錬場に向かわれましたよ。兵卒の修練熟度を見るとか」
「どう考えても、今見る必要はないんですがねえ。すぐさま戦が始まるわけでもあるまいし」
「むしろ、内政のイザコザを片付けていただいた方がありがたいのですが」
「……エディを見つけたら、首根っこ捕まえて執務室に連れてきますね」
「姫様は、なんと勇ましい」
「いざという時は、ラヴィリア姫に頼った方がよさそうですね」
「鍛錬場には、マシューもいるかと思います。行ってみてください」
「マシュー、エディはこちらにいませんの?」
「あ、姫さん久しぶり。
エディならさっき、しこたま剣の素振りして帰ってった」
「……何しに来たのでしょう」
「わかんねえ。
……こらー、よそ見してんな! 今のでお前ら全員死んだぞ!」
「マシュー、エディがどこにいるか……」
「姫さん、邪魔。鍛錬の邪魔。
姫さんチラ見して、兵士の集中力切れるから。どっか行って」
「マシューは、歯に衣着せないですね……。
エディはどこに向かいました?」
「工事の進捗聞きに行くって。多分キースとブレイカーんとこ。内務卿の副執務室」
「キース、ブレイカー。エディ知りません?」
「おー、姫さんかあ。……なんか、ちと太ったか」
「ああ、丸くなったなあ」
「女性に対して、いきなりものすごく失礼じゃありません?!」
「これまでが痩せすぎなんだよ。今ぐらいがいいぜ。というか、俺の好みとしては、もっと肉つけた方がいい。
なんせ姫さん、今までいいもん食ってなかっただろ?」
「何をおっしゃてるのやら。ヘビとかネズミとかミミズとか、高タンパク低カロリーな健康食を……」
「……今一瞬、ミミズとか言ったか? 釣りのエサじゃあるまいし」
「姫さんよお、毎晩オージに揉んでもらえよ。ちったあ、凹凸できんじゃねえ?」
「な……!揉む………は、はは破廉恥な!」
「ああ、オージじゃねえな。ヘーカか。
なんだよあいつ、まだやってねえのか」
「出会ったその日にベッドインするブレイカーには、言われたくねえんじゃねえか?」
「そういうキースは何日かけんだよ」
「まあ……二日かな」
「とにかく!
エディ見ませんでしたか? ずっと探しているのですけど」
「国王なんだから、執務室で仕事じゃねえの?」
「わたくし、執務室から探してるんですけどっ?」
「カルロス! エディがいません!」
執務室に入るなり、ラヴィリアは仕事中のカルロスに噛み付いた。ランドレイク侯爵とマフマクン侯爵は、ラヴィリアが入室した時点で、下を向いて笑いを噛み殺している。カリンは呆れを通り越して、少し面白くなってきていた。
カルロスはにっこりと微笑んで執務室の窓を指さした。窓が片方開いていた。
ラヴィリアが窓に駆け寄ると、壁をつたい屋根に飛びつきぴょんぴょんしながら逃げる、チョコレート色の頭が見えた。
「エディー!!!」
声が聞こえたかは不明だが、チョコレート色の頭は物陰に隠れ、見えなくなった。
カリンがたまらずに吹き出した。
ランドレイク侯爵とマフマクン侯爵が、のほほんと感想を述べる。
「陛下は運動神経がいいのですね」
「オーサ公爵の罠にかかりかけて、夜に壁伝いでマシューの部屋まで逃げたことがあると聞いてますが」
「ああ、例のハニートラッ…………ごほんごほん、あれね」
「陛下にとっては慣れ、ですね」
「もはや日常でしょう」
「そこでほのぼの会話しないでください!」
プンプン怒っているラヴィリアは、ただの可愛い娘である。二人の侯爵にとってラヴィリアは、駄々をこねる幼い子供のような心持ちでいた。
まあまあと、カルロスがラヴィリアをなだめにかかった。
「ラヴィリア姫も、同じことをなさっていたではないですか。エディがナプルでの怪我から回復した時、会うのを避けていらっしゃいましたよね」
「わたくしは、あの時は、事情があったから……」
「今は、その事情も含めて、エディと仲良くされているのでは?」
「う」
「あれからより親密になれたのは、その事情を共有したから、ではないですか?」
「カ、カルロスは意地悪ですよね?!」
「何をおっしゃる。心外ですね」
「カルロスは意地悪でーす」
「腹黒いでーす」
二人の侯爵が合いの手を入れてくる。このおじさん達は完全に遊んでいた。
なのに手元の書類は次々と処理されているから驚きだ。ポンポンと積み上げられた書類を、事務官がそろーりと回収していく。新人の事務官は、畏れ多くてこの人たちの会話には入っていけないでいる。
「私の経験上、エディは追いかけたらひたすら逃げます。とっ捕まえるまでが、骨を折りますね。
捕まえたらこっちのもので、如何様にもできるのですが」
「……カルロス。発言が、そこはかとなく黒いですよ……」
「気のせいですよ。事前に選りすぐりの厄介案件貯めておこうなんて、思ってもいませんから。
それよりも、ここはエディを捕まえる手段を模索しましょう」
「捕まえる手段……追いかけたら逃げられますものね」
「ですから、ここはおびき出し作戦が有効かと。エディにとって最高の餌となる、ラヴィリア姫がいらっしゃいますし」
ラヴィリアはカルロスを見返した。ラヴィリアから逃げ回っているエドワードを、ラヴィリアを使っておびき出す。
どうやって? これだけ逃げられているというのに。
カルロスは穏やかに微笑んで、人差し指を立てた。そのままコメカミをトントンと叩いて見せた。微笑みの奥に、捕食者の影が見え隠れしていた。
「エディの行動パターンは把握済ですから。
正面から追いかけるから、逃げるのです。向こうから近づいてくるように仕向けないと」
「そんな方法あります? エディはわたくしを避けて通っているんですよ」
「確実な方法があります。ぜったい罠にかかります。
では、準備に入りましょう、ラヴィリア姫」
確信を持ったカルロスの言葉に、訳が分からないままラヴィリアは頷いた。
カルロスの罠が仕掛けられます。あのチョコレート、ひっかけましょう。




