エドワード国王陛下
王権を譲り受けたエドワードは、その瞬間から動き出した。
アーネスト前国王から王権を譲与されたことを素早く通達し、近衛兵を使って宰相・王妃・王太子・王太子妃・王女の身柄を確保した。宰相の執務室を押さえ、不正の証拠を押収した。
何せ、十年間エドワードが受け取るべき資産が渡されていないことを、エドワードは実体験として知っていた。国からエドワードへ渡された金は、体裁を整えるべき最低限でしかなかったのだ。
そんなことができる立場の人間など、宰相の他にいない。
その日は事前に打ち合わせて、マフマクン伯爵とランドレイク伯爵も多めに文官を連れて登城してもらっていた。
宰相の執務室の他、軍務卿、外務卿、内務卿、財務卿の執務室にも監査を入れる。大掛かりな不正があれば摘発し、大臣を降格。代わりの大臣をすぐに指名した。不正がなかったのは軍務卿だけだったというのは、やるせなかった。
エドワードが次に行ったのは、王国騎士団総裁を務め、王位継承権三位を持っていたマキシウエル殿下との対面だ。アーネスト前国王の弟で、エドワードの叔父にあたる。
王国騎士団はサウス砦のクーデター鎮圧に向けて、出撃する直前だった。
マシューは内心ヒヤリとしていた。王国騎士団は、国内最強の軍隊だ。難攻不落なサウス砦といえど、王国騎士団の総掛かりの前には、相当な犠牲を強いられたことだろう。それを事前に止められただけでも、エドワードの決断の速さは功を奏していた。
マキシウエル殿下は生粋の軍人だった。
王位継承権を持ちながらも、自らが国王になろうとは考えもしない、ストイックな職業軍人である。
打ち合わせもせずいきなり王位奪還などしてすみません、と頭を下げるエドワードを制して、マキシウエル殿下は太い笑いを浮かべた。
「誰であろうと国王の指示の元、国を守るために動く。それが王国騎士団の使命だ。お前が現国王となったのならば、お前の命令で俺は動く」
まさかエドワードの下につくとは思っていなかったがな、とマキシウエル殿下は可笑しそうに笑った。
やりたくないところにも、手を付けなければいけない。
エドワードは捕らえた王族と対面した。
マリアンヌ王女は会って早々に、王位継承権を放棄すると言ってきた。もともと王位に興味がなかったのだと言う。
「お母様がそうしろと言ったから、従っただけ。王位には興味もないわ。
だけど、あんたの顔を見るのは業腹だから、どこか遠くに嫁にでも出してくれない?」
マリアンヌは結婚を二度失敗して出戻ってきている。いずれも相手方の事情によるものでマリアンヌに落ち度はないが、世間は二度も離婚した王女だと色眼鏡で見ていることだろう。マリアンヌ自身もそんな目に晒されて不満に思わないわけがない。
考えておきますと答えながら、エドワードはこの件はカルロスに丸投げする、と決めた。
サミュエル王太子、ミシェル王妃・エマニエル王太子妃は、話にならなかった。
「逆賊が!」「半分腐った血のくせして」「お前のような偽物でしかない男が!」「おお、臭い!この国から腐臭がするわ!」などの罵詈雑言を浴び続けた。
黙って毎日罵られ続けたエドワードが、ある日連れてきたのは半白の頭髪の整った顔立ちの、陰気な男。拘束衣で連れてこられたその男を見て、ミシェル王妃は、ひぃっと息を飲んだ。
「ミシェル王妃の、夜のお友達と言っています」
「……!」
「裏の世界に繋がりのある男で、捕らえるのに苦労しました。
暗殺専門の家業の、元締めだそうで。道理で私の元に、ひっきりなしに刺客が送られてくるわけですね」
「……そんな男、知らない」
「そうですか。
この男は、城の抜け道から城内の王妃様の閨までのルートを、詳細に教えてくれたのですが。誰か別の人に教わったのかな」
「そ、そうよ。だってわたくし、そんな男知らないもの」
「そうですか」
エドワードは腰に差した剣を抜き払い、振りかぶった。なんの躊躇いもなく男の首を切り落とす。重い音を立てて、刺客の元締めの首は床に転がった。
激しい血しぶきが飛び、エドワードと王族たちを赤く濡らした。
厳しく光るチョコレート色の目が、王族たちを捕らえていた。
ミシェル王妃はそのまま気を失い、サミュエル王太子は血の気を引きながら後ずさった。
絹をさく悲鳴を上げたのは、エマニエル王太子妃だ。落ちた首を拾い、男の名を叫びながらすがって泣き崩れた。
その様子を見て、エドワードは淡々と義姉を見つめた。
「……エマニエル義姉上も、この男とお友達だったようですね」
「……うそだ、エマ……」
「その男に資金援助をしていたそうで。彼のアジトはそれは豪華なものだったそうですよ」
「うそだ! でっち上げだ、エドワード!」
「私の暗殺計画書が、山のように見つかりました。宰相と、ミシェル王妃と、サミュエル王太子と、名前がそれぞれ入っていました。三者からバラバラに、私への暗殺依頼を出していたんですね。キリがないわけだ」
エドワードは血糊を払って剣を収めた。
血塗れになったエドワードは、血塗れな三人を見下ろした。
「エマニエルは辺境にて幽閉、ミシェルとサミュエルは死刑」
「……!!!」
「毒をあおるか、処刑されるか。選ぶがいい」
兵士たちに拘束される親族に背を向け、エドワードはその場を退出した。
高位貴族による反乱も起きたが、それぞれバラバラに蜂起したため、各個撃破され反乱は沈黙した。お互い集結して戦いに挑むような知恵は無かったらしい。
反乱を起こした貴族を拘束、あるいは降格させ、参画を申し出た貴族に報奨を授け、スファルト王国は落ち着きを取り戻しつつある。王位がイレギュラーに入れ替わった割に、スムーズな出だしであった。
エドワードの断罪処理、論功行賞に納得感があったのだろう。
そのエドワードは、めっきり笑わなくなっていた。アイドルメイクの施された美しい顔のまま、生真面目な顔で黙々と政務を行っていた。
ランドレイク伯爵、マフマクン伯爵は――爵位を上げ侯爵となった――二人で宰相の職を勤めることになり、エドワードのそばで過ごすことが多かった。
宰相補佐として勤めるカルロスに小声で問いただしたのは、ランドレイク侯爵である。
「おい。エドワード王子はあんなにピリピリした方だったか?」
「……エドワード国王、もしくは陛下、ですよ。ランドレイク侯爵」
「非常にやりづらいんだが」
「わかります。エディはかなり無理していると思われます」
「……お前も愛称呼び抜けないな」
「急、すぎますよ。あんなに突然王様みたいになることあります?」
「実際に王様、なんだが」
カルロスは文句も言わずに淡々と書類を捌いているエドワードを見た。仕事のできる男感が前面に出ているが、王子時代にそんな瞬間は見た事がなかった。常に尻を叩いて仕事をさせていた頃が懐かしい。
カルロスは、堪えていたため息を漏らした。
「……やりづらい」
「カルロス、お前もか」
「どこかでエディのガス抜きをしないと、本当に壊れてしまいそうです」
「だが、この仕事のはかどりはすごいぞ。政権交代のドタバタなんぞ晒したら、パルカ王国あたりにちょっかい出されてもおかしくなかった」
「そうなんです。国としてはありがたい事なんですが」
「今、国王に倒れられても困るからな」
ランドレイク侯爵の言葉に、カルロスは頷いた。
この政権交代がエドワードありきだということは百も承知だ。エドワードが倒れる、もしくは暗殺されることで、現政権はガタガタに崩れてしまう可能性がある。ようやく地盤がためが始まったところなのだ。慎重に事を進めたいのだが。
当のエドワードの仕事の手は止まらない。
休めと言っても聞かない。
睡眠時間を削って政務を行うエドワードを、何度かマシューが無理やりベッドに叩き込んだこともある。それでも文句も言わず抵抗もせず、時間になれば無言で執務室に向かうのだ。
過去にエドワードの精神状態がおかしい事を知ったまま、仕事を続けさせてきたカルロスである。当時はそれどころではなかったために放置してきたが、今回は周りの補助もある。エドワードを、どうにかしてやりたい。
カルロスとて、エドワードの心まで慮れなかった過去を、悔いてはいるのだ。だが、これ以上無理をさせたくないのに、止める手段がない。
忸怩たる思いで、目だけギラギラしているエドワードを見る。
こうなったエドワードをなんとかできそうな人物が、一人いる。ただし、エドワードをここまで追い詰めたのもその人物だ。
ラヴィリア姫。
どんな方法でもいい。エディをなんとかしてくれないでしょうか。
カルロスの願いが天に通じたのか。
伝令が執務室をノックした。
「正門の守衛からの報告ですが、よろしいですか」
「構わん」
「ラヴィリア姫が、リュタ城へ入城いたしました。エドワード国王陛下にお会いしたいとのこと」
「ラヴィリア姫が!」
「病状が快復したのですね。ようやく参られましたね、陛下!」
「こちらにお通ししてもよろしいでしょうか」
エドワードは、手にしたペンを置いた。
すぐにかけてあった上着を手にして、早足で歩き出した。顔には焦りが見えていた。
「……俺、いないから」
「は?」
「いないことにして!」
エドワードは伝令を押しのけるようにして、執務室を出ていった。
残された、カルロス、ランドレイク、マフマクンは呆気に取られてエドワードがすり抜けて行ったドアを見つめた。
そして、諦念を込めて同時に思った。
((( あいつ、逃げやがった )))
エディ、逃走中w




