国王の座
ラヴィリアは、ドアまで老婆を見送ったカルロスに尋ねた。
今一番尋ねたいことがあった。
「カルロス、わたくしは、エディにはいつ会えますか?」
「……」
「わたくし、体調不良の余波でしばらく寝付いていましたから、エディがどうしているのか聞いていないのです。エディもかなりショックを受けていたと思います。
今すぐに会うと、まだ体に残る薬の影響で『王族接触拒絶症』らしき症状が出るかもしれません。
それでも、会いたい」
「……」
「エディに会いたいのです。
カルロス、エディに会わせてくれますか?」
カルロスはソファに戻り、冷たくなったお茶に口をつけた。味のない冷えたお茶は水だった。
カルロスは悩ましい顔でラヴィリアに切り出した。
「今、エディはここにおりません」
「いない……?」
「ラヴィリア姫が病を発症したことに、エディは強いショックを受けました。しばらく膝を抱えているだけだったのですが。
今までのエディでしたら、そのまま落ち込んで、絶望して、仕方が無いと諦めていたのでしょうけど」
「……今回は、違ったのですか」
カルロスは頷いた。
「実は、マリ王国からも動きがありまして。ラヴィリア姫とエドワード王子の婚約を白紙に戻し、ラヴィリア姫を送還して欲しいと」
「は…………はあああ?!」
「ラヴィリア姫に『王族接触拒絶症』という疾患が判明したと、今更な連絡でした。
それを聞いて、エディはかなり違う方向でブチ切れました。そういう人ではないと思っていたのですが、認識を改めざるを得ませんでしたね」
「エディは、どうしたのです」
「エディは今、王城に。リュタ城にいます」
「王都ですか。リュタ城に、何をしに……」
カルロスは穏やかに微笑んだ。
カルロスの疲労は、全てここを端に発している。
内心は全く穏やかではないのだろう。
「王権を獲りに行きました」
◇ ◇ ◇
エドワードはいつものように裏門から入城し、いつもの控え室に通された。
いつものようにキラキラアイドル王子を晒して、城内の女子たちをいつものように騒がせていた。
リュタ城内は、騎士以外の帯剣は認められていない。エドワードはいつものように剣を置いて、当たり前の顔をして城内を進んだ。
いつもと違うのは、マシューがエドワードについている事である。だが、着古した騎士服に短剣しか差していない小柄なマシューが、時々会話しながらエドワードと歩いていても、とくに違和感などないらしい。
二人とも今までもそうであったかのように、城内をぐんぐん進む。
誰にも咎められることなく、エドワードは王の執務室に到着した。重厚なドアの前にいる二人の近衛兵に、笑顔で頷いて見せた。アイドルオーラのキラキラ笑顔。こんな顔を持っている男は一人しかいない。
どう見てもエドワード王子である。王族の来訪を止める権限を、兵たちは持たなかった。
近衛兵たちは目を見合わせてから、ドアをノックした。
「……陛下、エドワード王子が参られました」
「エドワード……本当か? 通せ」
「陛下! エドワード王子の来訪は予定にはない……!」
宰相の驚いた叫びが聞こえたが、すでに扉は開いていた。
マシューが飛び込み、即座に宰相に飛びついた。羽交い締めにして短刀をかざす。「声出すな」とマシューが囁いた。宰相が蒼白な顔で悲鳴を咬み殺した。
アーネスト国王は、動き出そうとする近衛兵を手で制した。無言だろうと、王命である。近衛兵たちは凍りついたように動かなくなった。
国王はこちらに向かってゆっくり歩いてくる、自分の息子と対峙した。
アイドルメイクをした息子はキラキラのイケメンである。だが、メイクを取れば自分と似た十人並の容姿であることを、国王はよく知っていた。それが可愛くて仕方が無いのと同時に、愛らしいソーラに似てくれても良かったのに、といつも思う。
エドワードは出しっぱなしだったアイドルオーラをふいに消す。途端に頼りなさそうな青年の顔に戻る。
ああ、自分の息子だ。間違いなく血を分けた息子だと、アーネスト国王は実感した。国王と祭り上げられてはいるが、自分も本来は、こういう頼りない人間なのだ。世襲で継いだだけの王位だ。自信などあるわけもない。
アーネスト国王は自身のことを冷静に見つめている。アーネストという人間は、部下たちの真意など読めず、正妃との仲は冷え切り、この城の中で孤独に耐える、一人の男でしかないのだ。
「……父ちゃん」
「エドワード、おまえ……」
アーネスト国王は息を飲んだ。
今までエドワードは、「父ちゃん」と呼んでくれたことはない。せいぜいが「パパ」までだ。「父上」なんて、味気なくて呼ばれたくない。
ソーラが「母ちゃん」なら、「父ちゃん」と呼んで欲しい、と伝えた時には、ものすごく困った顔をしていたものだ。親子の間にある壁は厚いと感じた。
それもそうだ。
国王と、国王の庶子だ。
親子の壁というより、立場の壁だ。
「父ちゃん」
またエドワードが「父ちゃん」と呼んでくれる。アーネスト国王は感無量である。ソーラにも聞かせてやりたい。
我々は「父ちゃん」と「母ちゃん」だ。
エドワードは自信なさげに破顔した。
仕方ないよな、と自分に言い聞かせているようだった。
「頼みがあるんだが」
「なんだ」
「国王の座を、俺に譲ってくれないか」
アーネスト国王は眉をひそめ、目を細めて息子を見た。
そうきたか、と思った。
今までエドワードに王位を譲ることも、考えないこともなかった。長子であるサミュエルの性格と、サミュエルの周囲の偏った取り巻きに、不安があったというのもある。
そのために、庶子でありながら王位継承権四位を与えていた。兄弟で国を運営出来ればいいかと。運が良ければ王位を継げるだろうと。
王位継承権一位のサミュエル王太子の立場は、崩れることは無いと思われていた。
しかし、あの息子は自らの失態で立場を悪くしている。与えられることが当然で、手に入らないものがあると知った時、自分を律することができなかったのが原因だ。己の感情をコントロールする事を怠った、当然の結果だとアーネスト国王は思っている。
それに対して、最近のエドワードの活躍は目を見張るものがあった。オーサ領の行き過ぎた統治を断罪し、ニセ金作りの現場を押さえ、内乱になりかけたナプルの戦いを平定した。
国民のエドワードへの支持はうなぎ登りだ。
エドワードが付け入るとしたら、今はたしかに好機ではあったが。よくもまあ、鮮やかに立ち振舞ったものよ。
それにしても、エドワードがまさか自分から王位を願うとは。そんな野心家の気配など、どこにも感じていなかった。
エドワードという野心家は、王位継承権の順位ををじわじわと上げていくのではなく。
王位を、直接獲りにくるとはね。
頼りなげなエドワードは、それでも明らかな自信を身につけていた。チョコレート色の瞳は、どう見ても本気だった。王族という地位を疎んじていた、やさぐれ気味の青年はもういない。
アーネスト国王は、おとなしい殻を被っていた野心家に、静かに問いかけた。
「……国王の座が欲しいのか?」
「必要になっちゃったんだ。
だから、王座が欲しい」
「国を欲するのか」
「誰にも邪魔をさせない、権力が欲しい」
「権力を持つということは、逃げられない面倒事に追われ続ける、ということだ。わかっているのか」
「わかってる」
「誰も助けてくれないぞ」
「俺は頼りないから、差し出す手ならいっぱいある」
「その中に、私は入っているのか」
「入ってるよ。当たり前じゃん」
「……そうか。なら、いい」
アーネスト国王は机から紙を取り出し、さらさらと書き連ねた。
最後にサインの脇に御璽を押す。
アーネスト国王からエドワード王子へ、国王の座を譲る勅令であった。
「陛下ぁ……!」という、魂がちぎれそうな宰相の声が聞こえた。
エドワードはアーネスト元国王に近寄り、その体を抱きしめた。「ありがとう、父ちゃん」と耳元で囁く。アーネストはエドワードを抱き返して、「問題は山積みだ。覚悟しろよ」と囁き返した。
アーネストは国王の証である王冠をエドワードにかぶせ、赤いマントを羽織らせた。勢いよくエドワードの肩を叩き、背中を押した。
エドワード新国王の誕生だった。
トップダウンで、エドワード新国王が誕生!




