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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第八章 君を手に入れるために

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『王族接触拒絶症』の崩壊

老婆がずずっと茶をすすった。すすった直後に、茶を入れたカリンに不審な目を向けている。色はついているけど味がねえぞと、目が訴えている。老婆の視線を受けて、カリンはあらぬ方向へ顔を逸らした。


「魔法、という詳しくない分野でしたので、老師をお呼びして話を伺ったのですが」


カルロスも茶を一口飲んで、カリンに目を向けた。これはお茶ですかお湯ですか、と目が訴えている。

カリンは、人間てそこまで首曲がるんだ、くらい首を曲げた。


「ラヴィリア姫が毎日処方されていた薬は、さきほど説明のあった、付与魔術(エンチャント)の補助の役目だけではなく、完成された術式の一部であるようなのです」

「完成された、術式」

「一定期間確実に薬を摂取し続け、薬の馴染んだ体に強い付与魔術(エンチャント)をかけると、術者なしでも魔法が発動する、という術式です。

つまり、カナメがいなくても、『王族接触拒絶症』が発症するようになる、ということですね」

「それって……先日のあの時。カナメが亡くなっているのにわたくしが発症したのって」

「術が完成した可能性がある、と」


ラヴィリアの顔から血の気が引いた。



自分は『王族接触拒絶症』ではなかった。『王族接触拒絶症』の症状が、魔法によって引き起こされた体調不良であり、体質ではないと分かった。

そう認識した途端に、魔法の完成でそれが定着してしまったと知った。『王族接触拒絶症』から逃れることはできなかった。


キンと耳鳴りがして、時間が停止した気がした。



本当に本当に、もう二度と、エドワードに近づけない。触れられないのだ。

記憶の中の優しいエドワードを思い出す。


「手をつなぎたい」と言ってくれたエドワードと、もう手をつなげない。ごつごつしたあの手に触れられない。

さらさらのチョコレート色の髪を撫でられない。

柔らかく抱きしめられることはない。

エドワードのあの素朴な笑顔を、間近で見ることができない。

思ったよりも柔らかい、あの唇に口付けできない。



目に映る全てのものから、色が失われた。

くらりと目の前が暗くなる。


……終わった。

もうどうにもならないんだ。ラヴィリアから一番大切なものが、完全に失われてしまった。もう二度と、エドワードと共に生きる未来は訪れない。ただ一人で、生きるしかない。


全ての力を失わせるような虚無感が、津波のように押し寄せた。


…………もう、生きている意味が無い…………



気を失いかけたラヴィリアの二の腕を、強く掴む者がいた。遠慮のない力がラヴィリアを正気付かせた。


老婆だ。


老婆は浅黒い顔をラヴィリアに寄せて、怒鳴りつけた。


「しっかりせんか、まだ話は終わっておらんぞ!」

「……!」

「術の発動には、五年かかる。五年間毎日欠かさず、薬を摂取する必要がある」

「毎日……」

「薬を飲み始めたのはいつか、覚えているか?」

「……誕生日です。十三歳の。

カナメが、十三歳になられたからには、将来に向けて美しくなるための努力を始めないと、と言って」

「姫さん、いくつだ」

「……十七歳です。誕生日まで、あと二ヶ月ほど」


老婆はラヴィリアの腕をさすった。見えていない目でラヴィリアに笑いかけた。腕をさする力の強さがとても現実的だった。


「術は完成しておらん! あれは本当に繊細な術なんじゃ!

あんたの侍女は、おそらく王妃に魔法を完成させたフリをしてみせた。あんたの逃げ場を作っておいた」

「……?」

「術をかけ始めた日付を偽って、魔法の最終発動をかけてやれば、王妃の目はごまかせる。

王妃はラヴィリア姫に、『王族接触拒絶症』を定着させたと思い込むだろう」

「……それでは」

「よかったな、姫さん!

付与魔術師(エンチャンター)は『王族接触拒絶症』を定着させることに失敗した。ざまあねえな、王妃」


老婆はラヴィリアをバシバシと叩いた。


叩かれた痛みで、ラヴィリアは今が現実なのだと確信した。色を失った世界が鮮やかに色づき始めたのを感じていた。



わたくしは、『王族接触拒絶症』の患者ではない。

わたくしは、王族と接触してもなんの症状も出ない、ただの娘。



約五年、ラヴィリアを苦しめた病は、幻だったかのように消えてなくなった。信じられないくらいあっという間に。



ラヴィリアは恐る恐る老婆に尋ねた。疑問は残っていた。


「カナメが亡くなった直後に、わたくしは『王族接触拒絶症』は発症しました。本当に、魔法は定着していないのでしょうか」

「最終発動の余波で反応したんだろう。かなり強い魔法だ。

しかも五年近くあの薬を飲み続けてんだ。術は完成しなかったにせよ、薬はかなり体に馴染んでいるはず」

「……!」

「似たような魔法に触れたら反応が出るかもしれん。時間をかけて体から薬を抜いていく治療をしていった方がいい」

「……お恥ずかしい話をしていいでしょうか」

「ん?」


ラヴィリアは少し頬を染めて俯いた。

自分の怠惰を告白するのは、とても恥ずかしかった。


「……カナメの用意する薬湯は、その、とても微妙な味でして」

「おう、だろうな」

「カナメは、飲みきるのを必ず確認していました。でも、いつもカナメがいたわけではありません」

「……お?」

「飲んでおいてくださいね、とカナメが席を外した時は、窓の外にそっと流したり、植木の養分にしてみたり……」

「おお」

「オーサ領に来てからは、バタバタしていたのもありまして。レシピは知ってましたけど、作成するほどの気力は湧かずに」

「ふふ……ラヴィリア姫、もしや」


ラヴィリアは失敗した時のエドワードを思い出していた。ズルしたりサボったり、エドワードは度々カルロスに怒られていた。その時、カルロスに対してどうしていたかな。


頭をかきながら、照れくさそうな顔を作って舌を出した。ラヴィリアのレアな仕草に、カルロスは内心吹き出していた。


「ここしばらく、薬湯は飲んでいません。

それどころか、五年間毎日薬を摂取する、という条件は、わたくしの怠惰な習性により、だいぶ前から崩壊していた、とか?」

「「「 グッジョブ! 」」」


その場にいた全員の声がハモった。





ラヴィリアは体に残った薬の成分を抜く治療法を、老婆から具体的に聞いた。時間は必要だが、確実に無くす方法を伝授される。


クカの実を毎日摂取すること。


自分の魔力を上げることで、余計な魔法の成分が排出されるのだそうな。おいしい治療法に、ラヴィリアは決意する。


ソーラが作ってくれた、白パンにジャムをたっぷりぶっかけた、クカジャムパンを毎朝食べる。毎朝だ。


もう、最高だ。




ところで、とカルロスは老婆に声をかけた。


「あなたはなぜ、そこまで魔法に詳しいのでしょう。魔法の深い知識は一般の平民では得られないはず」

「……」

「この国の魔法使いは貴重です。十歳の時に国民全員が魔力判定を行います。

魔力判定で一定の魔力が認められれば、必ず魔法学校へ入学が決まり、専門知識を身につけます。ですから、野良の魔法使いなどこの国にはいないはず」

「そうかね」

「あなたの存在はこの国では異質なのです。ご説明をいただけますか?」


老婆はカルロスを濁った目で見やり、鼻を鳴らした。ふてぶてしい態度は一貫して変わらない老婆である。


「そう聞かれて、本当のことをほいほい話すと思うのかい」

「あなたの身の安全は保証します。

私達は、あなたの技術と知識が欲しい。あなた自身が、貴重な存在であることを理解しています」

「ほお」

「今からどこか他所へ向かうより、多額の報酬が得られる、と思っていただいて良いかと」

「打算ありきってこったな。分かりやすいねえ」

「その方が、あなたは信用してくれるでしょう?」


老婆は声を上げて笑った。カルロスの言葉に深く頷いて見せた。


「確かにね。あんたのような、穏やかな顔しながらしれっと嘘をつきそうな男、綺麗事並べられた方が信用ならないわな。金払うからこっちにつけ、の方が、よほど信用できる」

「嘘も真実も、使いこなせなければ宮廷内でうまく泳げませんから」

「随分汚ねえ水ん中にいるみてえだね。

……いいだろう、エドワード王子はいい男だし。あんたらにつくよ」


今後も王子の身体まさぐらせてもらうからね、と老婆はぐひひと気持ち悪く笑った。ラヴィリアは引いた目で老婆を見ている。

エドワードの治療にかこつけて、老婆はいつも何をしているのだろう。


「要は、わしの素性が知りてえって、ことだろ」

「そうなりますね」

「怪しいだろうよ、わしみてえなババアは。

……わしは子供の頃、親たちに連れられて山を超えてこの国にきた。密入国者よ」

「密入国者……!」

「元はマリ王国に住んでおった。マリ王国の中でも特殊な民族でな。厳しい山奥で暮らすうちに独自の魔法が発展し、それを使って生き延びてきた民族よ」

「……『山の民』、ですね」


ラヴィリアは静かに告げた。

老婆が見えない目を見開いてラヴィリアを見た。ラヴィリアは老婆に向けて小さく笑う。


「オババ様にはお伝えしていませんでしたか。わたくしは、マリ王国から参りました。

マリ王国の王妹姫です」

「……ああ、そういうことか」

「マリ王国では数十年前前、国の人間は漏れなくマリ王国に所属する、という法律が制定されました。それに反発したのが一部の『山の民』です。『山の民』は山に所属するのであって国に所属するものでは無い、と国に対して反発し、多くは殺されたと聞いていています」

「姫さん、詳しいな」

「わたくしの猟師の師匠のルートは、元『山の民』でした。ルートから話を聞きました。彼は国に所属する道を選んだ、民のうちの一人です。

魔法にも造詣が深かったのですが、わたくしは魔力が弱いため、その技を引き継ぐことはできませんでした」

「……そういうこって、わしゃもともと『山の民』じゃ。マリ王国から逃げて、スファルト王国の山奥で暮らし始めた一族の一人じゃ。

まあ、一族とは縁を切って、町に住んだ放蕩者じゃがの」


バーサンの素性、一般公開!

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