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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第八章 君を手に入れるために

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『王族接触拒絶症』

――ままならない呼吸。激しく打ち寄せる頭痛。エドワードの触れた腕が痛みを伴い赤く腫れ上がる。

最後にエドワードが触れたのは頬だ。そこにもチリチリとした痛みが走る。


『王族接触拒絶症』が発症したと確信したラヴィリアは、涙でぼやけた目をエドワードに向けた。

驚いたように見開かれたチョコレート色の瞳が、自分の言葉で絶望に染まる。


「エディ、来ないで……!」



ラヴィリアは、最悪な回想を打ち払うように、頭を振った。肩を滑り落ちたアイスシルバーの髪が視界を塞いだ。

気付けば何度も思い返してしまう。そして何度でもどん底まで落ち込んでしまう。ずっとその繰り返しだった。



どうしてあんな言葉をぶつけてしまったのだろうか。

確かに体はキツかった。苦しくて痛くてたまらなかった。

だけど、エドワードを拒絶するような言葉を投げかける必要はなかった。


絶望させてしまった。嫌われたかもしれない。もう会えないかもしれない。

体に異変が起きてしまう今、本当に二度と会えないかもしれない。

……エディに、二度と会えない……


嫌だ。苦しい。

辛い。胸が痛い。

大声で叫び出したい。


涙が流れる。もう何度泣いたことだろう。何の解決にもならないのに、また泣いてる。自分の弱さが嫌になる。


誰かに縋りたい。一番優しい顔を一番近くで見たい。抱きしめて頭を撫でて、大丈夫だと言って欲しい。チョコレート色の少し甘い瞳で、いつまでも見つめて欲しい。


そうして欲しい人に、ラヴィリアは二度と触れられない。



『王族接触拒絶症』

どうして、こんな病気になった。原因なんて全く分からない。ただ自分を恨むしかないのか。一生自分を恨んで、エドワードのいない世界で生きていくしかないのか。

そんなの、生きていても辛いだけじゃないか。





ラヴィリアが運ばれた客間に、ノックの音が響いた。

ラヴィリアは涙を抑えてから「はい」と返事をする。自分が酷い顔をしている自覚があるし、泣いていたことがバレれば余計な心配をさせてしまう。腫れ物に触るように扱われていることは、ラヴィリアも気づいていた。



入室してきたのはカルロスとカリン、治癒魔道士の老婆である。ラヴィリアの部屋を訪れるにしては変わったメンツであった。

カルロスが丁寧に礼をした。


「ラヴィリア姫、お加減はいかがですか」

「……王族に接しない限り、わたくしは元気です」

「……大変、失礼いたしました。

少しお話をさせていただいてよろしいですか」

「どうぞ」



ラヴィリアに勧められて、カルロスと老婆はラヴィリアの向かいのソファに座った。カリンは給仕役をやるようだ。ぎこちなくお茶の用意を始めた。


「……話というのは?」

「何点か、お聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか」

「どうぞ」


カルロスは軽く亜麻色の頭を下げた。激務なのだろうか、顔色が悪い。穏やかさは保っているが、疲れは隠せていなかった。老婆は興味があるのかないのか、黙ってちんまりと座っていた。


「カナメのことなのですが。

カナメが魔法使いということは、ご存知でしたか?」

「……知りません。

カナメは日常的に魔道具を使っていたくらいですから。火をつけたり水を出したりなどの、魔法らしいものは見たことがありません」

「薬に詳しいことは?」

「知ってます。傷薬や痛み止め、風邪薬などは手作りでした。お薬は買うと高いので、重宝しました。わたくしも薬草を採ったり干したり、一緒にしていましたし」

「カナメから、毎日飲む薬を処方されていましたか?」


ラヴィリアはカルロスを見返した。普段はラヴィリアのプライバシーに踏み込むことはしないカルロスである。それが、敢えて聞いてくる、ということは……


「……薬、なのか分かりませんが。毎晩薬湯を飲んでいます。寝つきが良くなり美肌効果があるのです。とても変わった味なので、おすすめはしませんが」

「……多分、それじゃな」


老婆が呟いた。隣のカルロスにちらりと視線を送っている。

カルロスが険しい顔でラヴィリアに問いかけた。


「薬湯の材料はご存知ですか?」

「カナメに覚えさせられました。材料自体は手に入りやすいものですし、カナメがいなくても用意できるようにと」

「材料はこれじゃろう」


老婆がラヴィリアにメモを渡した。メモには薬湯を作るための、六種類の生薬の名前が書き連ねられていた。

ラヴィリアは驚いて老婆に頷いた。


「よくご存知ですね。オババ様も美肌効果を狙ってらっしゃる……?」

「見りゃ分かんだろ、わしゃ黒ずんでシワクチャじゃ! 言わせんな!」

「……すみません」

「この薬湯は、安眠も美肌も効果は無い。目的が違う。

これは、魔法の一種じゃ。魔法の補助剤のようなもんだな」

「あの薬湯が……魔法、ですか」

「この薬の成分が体内にあるうちは、付与術(エンチャント)を術士の任意で、魔法陣なしで魔法を発動させる効果がある」

付与魔術(エンチャント)……オババ様が使った魔法ですね」


老婆は苦笑いした。

あんなケチな魔法は付与魔術(エンチャント)のうちに入らねえ、と呟く。


付与魔術(エンチャント)のちゃんとした術士は、使える技が多岐に渡る。人の能力を向上させるのは勿論、低下させることもできる」

「オババ様の魔法は、遠くまで見通せて、音がよく聞こえてきました。

……低下させる、ということは。目を悪くしたり、耳を聞こえにくくしたりもできると……?」

「そうさ、できるな。

他には、頭痛や腹痛を起こさせる、吐き気を促す、呼吸を困難にさせる、蕁麻疹を出す、発熱させる」

「!!!」

「身に覚えがありそうだな、姫さん」


ラヴィリアはたまらずに自分の体を抱きしめた。

この前エドワードに触れられ時。もっと前にサミュエル王太子に触れられた時。さらに前に、マリ王国で王妃や王太子に近付いて……。


同様の症状が出ていた。 頭痛、吐き気、呼吸困難、蕁麻疹……すべてが、魔法の効果。付与魔術(エンチャント)のせい。


「わたくしの症状は、わたくしの病は、マリ王国の宮廷医が、『王族接触拒絶症』だと診断を下したのです。王国の権威がそう診断したのです。

付与魔術エンチャントのせいだなんて……!」

「おお、その宮廷医、誰の主治医だ」

「……王妃様の、主治医です」

「金で買われたな。医者の診断書があれば最もらしくなんだろ?」

「……うそ……」


ラヴィリアは数年前、沈痛な面持ちで病の名前を告げに来た、年配の宮廷医を思い出す。『王族接触拒絶症』という、王族に近づくと体調を崩す初めての症例で……そう説明をしていた。

あれが、王妃様からの指示による、嘘。

魔法によって引き起こされた、体調不良……。



「ラヴィリア姫が病を発症した時、その現場には誰がいましたか。カナメはいませんでしたか」


カルロスの言葉に、ラヴィリアはさっと記憶をなぞった。『王族接触拒絶症』と診断されてから、王族に近づく機会を減らしたため、そう回数はない。



マリ王国で、お茶に呼ばれて王妃と面会した時。

カナメが給仕していた。


兄であるサバート国王と王妃と共に、外国の要人と面会する公務の時。

カナメがそばで待機していた。


産まれたばかりの、従兄弟である王太子と面会した時。

カナメが慌てて王太子から引き離した。


スファルト王国に来て、エドワード小屋でエドワードに触れた時。

気をつけなさいと、カナメがラヴィリアの手を取った。


サミュエル王太子に肩を抱かれて、バルコニーへ連れられた時。

カナメの姿が見えていた。


エドワードに「来ないで」と言ってしまった時。

カナメは目の前で血を吐いて死んだ。



カナメだ。

ラヴィリアが『王族接触拒絶症』を発症していた時に、カナメが必ずいたのだ。


「カナメが、付与魔術師(エンチャンター)……」

「そうです。カナメは付与魔術(エンチャント)の魔法使いでした」

「魔法陣なしで魔法が発動したのは、毎晩飲んでいた魔法薬の効果」

「手練の付与魔術師(エンチャンター)の仕事じゃ。周囲に気取られることなく魔法を発動させるなぞ、わしにはできん」

「ラヴィリア姫、あなたは『王族接触拒絶症』ではありません。あなたの体の不調は、カナメによる、付与魔術(エンチャント)の魔法の効果です」

「……そんなの。そんなカナメは、知らない」


信頼していた。大好きだった。

一緒に貧乏生活に耐えたし、一緒にマリ王国からスファルト王国にまで来た。誰よりも味方だと思っていたし、ずっと一緒だと思っていた。知り合いの誰もいないスファルト王国で、必ずそばにいてくれた、腹心の部下だった。


ラヴィリアのアイスブルーの目から、涙が流れた。


「……カナメは、わたくしをずっと裏切っていたの……?」

「家族を人質に取られていたようです」

「弟が……カナメには弟がいて。ご両親は他界されてて、弟の生活費はカナメが出して……」

「弟さんは、王妃様の保護下にあったのでしょうね。

……カナメは、ラヴィリア姫がエディと接触したら、必ず付与魔術(エンチャント)をかけなければいけない立場でした。『王族接触拒絶症』なのですから。

随分見逃していたなと、今なら思います」

「……」

「エディがやって来たタイミングで席を外したり、忙しいフリをしてあなたとエディを二人きりにしたり、していませんでしたか」

「……カナメは、わたくしの気持ち、エディを慕っていることを知って……?」

「私の目からは、カナメはラヴィリア姫を大切にしているように見えました。そうですね、手のかかる妹を見守る、姉のような視線で」


ラヴィリアは、たまらずに両手で顔を覆った。


そうだ。いつも見守ってくれていた。

王妃からの命令を守りつつ、カナメは人としてラヴィリアと向き合ってくれていた。


常に凛としているくせに、推しの本を読むとよく表情が崩れていた。それを指摘すると、ラヴィリア様もどうぞと新しいシリーズを渡されたりした。


悩んだり、苦しんだりすることが多かっただろう。カナメの葛藤など、全く気が付かなかった。ラヴィリアはカナメに問いかけたい。



どうしてわたくしに情をかけてくれたの。

わたくしは、カナメに何か返せていたのだろうか。



尋ねたい事が山のようにあるのに。本人はもう、この世にはいなかった。

カナメ……

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