王子VS悪魔
エディとブラッド、二人だけで直接対話をしたことがなかったので
貴賓室の隣には侍従控え室が備わっている。王族の宿泊用に設えられたものだ。ラヴィリアはご丁寧にその侍従控え室で生活をしていた。
成りきり侍女である。
貴賓室に比べて随分と狭い部屋で、それでも備え付けの家具などはしっかりと揃えられていた。ベッドは綺麗に整えられて、シーツには、シワひとつない。
ベッドの脇にある小さめのチェストの上に、座布団のようなものを敷いて、黒い石が鎮座してあった。ごつごつしたこぶし大の黒い石。光の加減で透明感のある赤に見えるところがある。
……この石が、ブラッド。
見た目はただの黒い石だ。だが、とてつもない力を秘めた恐ろしい相手である。
エドワードはブラッドの前に立った。
自分の働きかけで動いてくれるかはわからない。何せ相手は悪魔である。
それでも、できる限りの『模索』は、してみようと思った。
「……悪魔くん、聞いてるか。
ラヴィが落ち込んでる。今までにないほど落ち込んでる」
黒い石は変わらない。
ただそこにあるだけだ。
エドワードはそのまま言葉を紡いだ。これじゃ独り言だが、構うものか。
悪魔の興味を引かないと、相手にすらしてもらえない。
「行方不明だったカナメが突然見つかった。さらにラヴィが『王族接触拒絶症』をいきなり発症した。俺の王族の血に反応したんだ。
俺のあずかり知らぬところで何かが起こってる。でも何だか全然分からない」
エドワードは一息ついた。
本当に、何が起こっているのだろうか。
悪魔には分かるのだろうか。
「悪魔くんが知っていることを教えて欲しい。ラヴィのために」
「……」
「君の手を借りたいんだ」
「……」
「頼むよ」
「………………我は今、おねむなのだ。邪魔をするな」
なんの前触れもなく、ベッドにはブラッドが寝ていた。
眠そうに半分開いた目は、血のように赤い。捻れた黒い角は枕を突き刺してしまいそうだった。
突然現れたブラッドは、ちらりとエドワードに目を向けた。興味はなさそうだが、姿を現しただけ儲けものだ。
エドワードは悪魔と向き合った。
「……カナメはどういうやつか、教えてくれ」
「我、あいつ嫌い」
「なぜ」
「ラヴィに余計なことしてる。カナメも命令されてやってんだけど」
「何……?」
「カナメは王妃の言いなりだ。家族を人質に取られてる。
我ならそんな家族、いっそ殺しちまうのにな」
「……カナメがやっている、余計ことってなんだ」
「ラヴィに、薬盛ってる。特定の魔法をコントロールする薬。この国の奴は知らねえか」
ブラッドはつまらなそうに大きく欠伸をした。
人には有り得ない鋭い牙が覗いていた。
「カナメは魔法を使えて薬に詳しいから、ラヴィの元に送り込まれた。
カナメの作るあの薬飲むから、ラヴィが臭くなるんだ。だから、我はカナメ嫌い」
「薬……魔法? カナメは魔法使いなのか」
「なんで分かんねえんだ? ほんと、鈍いな」
「悪魔くんは、それをそばで見ていて、なぜ止めない」
「止めるわけがなかろう」
「なぜだ。君はラヴィが好きなんじゃないのか」
「好きだよ。大好き。
だから、どんな風にラヴィが苦しむのか、楽しみで仕方ねえじゃねえか」
ブラッドは実にいい顔で笑った。心の底から楽しげなその顔が、ラヴィリアの苦しみがただの娯楽であると思わせた。
エドワードはひりつくような衝動を必死で抑えた。ブラッドを殴りつけたくてたまらない。無駄に美形なだけに余計腹が立つ。
悪魔なのだ。
ラヴィリアを守っているようで、ただ興味がある対象としてそばにいるだけ。ラヴィリアに興味があるからこそ、ラヴィリアが苦しむ様も楽しみたい。
悪魔の娯楽。ただそれだけなのだ。
ぐふぐふとブラッドは笑った。
「魔法が発動したんだな。カナメの魔法の最終発動だ。『王族接触拒絶症』ってか。くだらねえ」
「……くだらねえ、って!」
「この国のヤツらはさ、魔法について無知すぎだ。やたら武力が強いせいだろうな。魔法はラヴィの国の方が進んでる」
「何言ってんだ……」
「魔法の発動、見たかったなー。惜しいことした。
ラヴィ苦しんだだろ? だって王子が触ると病が発症だもんなあ?
くくくっ、あの綺麗な顔が歪んで苦しむと、めちゃくちゃそそるんだ。泣いたりしたら、そのままヤリたくなるもん。もっと泣かせていい声あげさせてえな。お前もだろ、王子?」
「……一緒に、するな」
「あ、そう。王子とは気が合うと思ったのにな。
……カナメは、死んだな。用が済めば、あいつの心臓が弾け飛ぶように魔法が仕組まれてた。
ひひっ、王妃も用意周到だこと。虫唾が走って心地がいいね」
「……」
「我はおねんねする。もう邪魔すんな」
「最後に、一つ聞かせろ」
エドワードはブラッドを見据えた。
赤い目をした悪魔が、エドワードを見返していた。
「君はラヴィの、敵か味方か?」
「はぁ。
……敵か味方か、ねえ……」
「答えろ」
「神は人間の、敵か? それとも味方か?」
「……」
「なら、悪魔は人間の、敵か? 味方か?」
「……!」
「白黒つけりゃ満足か。クソどうでもいい。
我は我だ。それ以外の何者でもない」
はっと気付いたエドワードは、愕然とする。今の会話が、夢か現か、わからなくなる。
ベッドには誰も寝ていなかった。
きちんとメイキングされたベッドがあるだけだ。この部屋に入ってきた時と同じように、整えられたベッドだった。
チェストの上には拳大の黒い石が、変わらずにそこに置かれていた。
エドワードの心を乱しきった石は、沈黙したまま鎮座していた。
彼らの中で、勝敗はない




