王子サイドのごったごた
ゴタゴタしてます。
よく生き抜きました。
エドワード・オグ・ヴィヴィン第二王子は板張りの床に正座して、ラヴィリア・フォンゴート・マリ王妹姫に対峙していた。対峙というより、いつでも謝罪という名の土下座に移行する姿勢を取っただけと言える。
アイスシルバーの長い髪とアイスブルーの輝く瞳を持った可憐な少女にこの小汚い小屋はそぐわなかった。眉をひそめてどういうこと?という表情でエドワードを見据えたラヴィリア姫は、微妙な顔であるにも関わらず儚く繊細な上に威厳があった。マジでガチで本物の姫様来ちゃったよ、とエドワードの精神が再びキリキリと締め付けられた。
「……まずは、その。お座り下さい」
エドワードは自分の座っていた木の椅子をラヴィリアに勧めた。粗大ゴミ置き場から拾ってきた、座るとがたがたする粗末な椅子である。二人の従者が使っていた椅子も似たり寄ったりな物なので、どれを勧めても一緒であった。
ラヴィリアは椅子を一瞥すると、躊躇いなく優雅に腰掛けた。美しい姿勢が育ちの良さを分かりやすく現していた。
「僭越ながら、エドワード王子の臣、カルロスよりご説明させていただきたく思います」
エドワードの後ろに立ったカルロスがラヴィリアに一礼した。エドワードの副官であるカルロスはエドワードの公的立場から私生活まで全ての事務を一手に請け負う男である。穏やかそうな物腰と表情で宮廷内を上手く渡り歩いている。裏の顔を知るのはホンの数名だ。
ラヴィリアはカルロスを仰ぎ見て、表情を変えずに言った。
「……発言を許可しましょう」
「ありがとうございます。
ところで姫様。公文書的なお固い説明と、大っぴらにぶっちゃけたご説明と、二つの選択肢からお選びいただくことができます。いかがいたしますか?」
「かーるーろーすー???」
思わず振り返ったエドワードの尻を、カルロスはラヴィリアに見えない角度で蹴りつけた。つま先の最も尖った部分で下から上にエグる様な一撃である。ものすっご、痛い。尻を抑えてエドワードは悶絶した。
カルロスは決して穏やかなだけの男ではないのである。
ラヴィリアは威厳を湛えた静かな面持ちで、カルロスへの答えを口にした。
「ぶっちゃけでお願い致します」
清楚な姫様にぶっちゃけって単語言わしちゃったよ!
というエドワードの内心の悲鳴はカルロスには届かなかったようだ。カルロスは穏やかに笑みながら頷いた。不穏な気配はラヴィリアには伝わっていないだろうか。
「かしこまりました。それではぶっちゃけさせていただきます。
……エドワード王子の現在の資産は、金貨三十二枚でございます」
「……金貨、三十、二……」
町の安い宿屋に一泊二食付きで宿泊するのに金貨一枚から一枚半は必要である。エドワードは王子のくせに、町の宿屋に一ヶ月宿泊することもできないことになる。もちろんワイン一杯つけるなんてとんでもない。
「エドワード王子は数年前から生活費に困窮しておりまして。生活費を稼ぐために、でっちあげの王子像をひねり出してその絵姿を町で売り始めました。これがめでたくヒットして売上金でなんとか食えるようにはなったのですが。今度は王宮から目をつけられましてね」
「……」
「王宮の偉い奴らに、金も人員も与えないけど壊れかけのヤバい砦修理して来い、とか言われちゃったんです。あとは崩れかけの港直して来い、ですかね。ちゃんとできたら金払ってやるよっていう、出来高制で押し付けるんですよね、あの人たち。嫌な仕事ばっかりこちらに回ってきまして。ホントに苦労しましたね」
やれやれと首を振るカルロスであるが、本当に大変だったのだ。主に責任者を押し付けられたエドワードが、だ。
砦修理は知り合いである町のゴロツキをだまくらかして動員し、盛大なブーイングに耐えながら工事を敢行した。国境に近い砦だったため、パルカ王国からの襲撃を返り討ちにする必要もあった。砦内部のストライキをどうにかこうにかなだめる必要もあった。毎日生きた心地などしなかった。砦完成後、ゴロツキたちに色をつけて報酬を払わなければ、今頃死んでいたかもしれない。
港修理の時は海の男たちに何度か海に投げ込まれて溺れた。出来高制で仕事依頼をしたら即座に舐めんなと海へ投げ飛ばされた。事情を説明し港運用計画を立て効率的な港の活用を提案したが、余計なことすんなと海へ投げ飛ばされた。海の男達は軽いお仕置くらいの心持ちだったらしいが、エドワードはカナヅチである。護衛騎士のマシューがすぐに海に飛び込んで助け出さなければ、今頃死んでいたかもしれない。
エドワードは首の皮一枚でつないできた数年を思い出そうとして、やっぱりやめた。当分思い出したくもなかった。
「無茶振りですからこちらもかなり無茶を繰り返しました。非合法な事もあったりなかったりですが結果オーライで押し切り今に至ります。おかげでまあなんやかんやで、エドワード王子を盟主に仰ぐ私兵と、放っといても入る税収を手に入れて、ウハウハのつもりだったんですけどね」
カルロスの口調がかなり砕けてきている気がする。ラヴィリア姫にものすごく失礼な気がするのだが、これでいいんだろうか。
エドワードは黙って聞いてくれているラヴィリアにバレないように、カルロスの脛を殴ってやった。するとすかさずカルロスはラヴィリアに見え見えの状態で背中を殴り返してきた。本性を隠すこともやめたようだ。
「軍隊って、お金かかるんです。エドワード王子の私兵には国から一切金が出ないですからね。税収入が全て兵を維持するための財源になってしまっていてですね。結局生活費に当てられるのは絵姿の販売に頼るしかなく」
「……」
「最近嫌がらせのように……まあ、おそらく嫌がらせで、近隣の魔物偵察&討伐に向かわされてばかりなんですよ。おかげで絵姿の新作も出せていないんです。そういうわけで収入が落ちているところに、マリ王国王妹姫のお輿入れという金貨数百万枚単位で必要であろう事態が降り掛かってきたわけですよ。そんなもんこちらで用意できるわけないじゃないですか。逃げれるんなら逃げたいけどどうするよ?って、現在相談していたところです、姫様」
「……カルロス、といいましたか」
「左様でございます」
「ぶっちゃけもここまでくれば、アッパレですわね」
ラヴィリアはアイスブルーの瞳を細めてカルロスを見やった。ぶっちゃけだのアッパレだの、庶民の単語を口にしても気品を損なわない姫である。さてこの姫様はどう出てくるか。カルロスはラヴィリアの様子を探った。
ラヴィリアはカルロスから、ずっと正座しているエドワードに目を向けた。エドワードは、建築現場の二年目で泣かず飛ばすのまま親方の小言に胃をキリキリさせている男、を具現化したような青年である。つまり、どこにでもいそうな冴えない見かけの男。腑に落ちないのは、まずここ。
「……さきほど馬車でお会いしたエドワード王子とは、別の方のようなのですが」
「ああ、そうですね」
カルロスは隣に立っていた金髪の護衛騎士マシューに目配せした。マシューは心得たとばかりに部屋の棚に置かれたカゴを持ってきた。中には女性であれば見慣れた物が乱雑にごちゃっと入っている。ラヴィリアは首を傾げてその中身を眺めた。
「今からエドワード第二王子、作りますねー」
「え? カルロス、マシュー、やるの? 姫の前で? 嘘だろ」
「うっせえ、お前は黙ってろエディ」
金髪の騎士は慣れた手つきでエドワードの顔に濃いめのファンデーションを塗りたくった。さらに筆を取り眉は形よく濃いめに、アイラインはクッキリと切れ長に仕上げる。アイシャドウは紫がかったラメ入り。フェイスラインにシェイディングを入れるために濃いめのパウダーを、Tゾーンは明るいハイライトを乗せた。唇にはツヤを出すためノーカラーのグロス。髪は整髪剤で空気感を入れてボリュームを上げた。さらに金色に光る大きめのイヤリングと、首のタオルを外して代わりにジャラジャラと何重にも重なったネックレスを身につける。五分もかからずマシューは仕事を終えた。
ラヴィリアの目に前にきらきら輝くような青年が現れた。スファルト王国エドワード第二王子である。女性国民がきゃあきゃあ言っていた至高のアイドル王子である。他国の下働きの女の子さえ絵姿を買い求めるほど有名なイケメン王子である。そのアイドルが今目の前で神妙に正座している。
ただ、無理矢理ラヴィリアの前で変身させられた羞恥のせいだろうか。チョコレート色の目はションボリと下を向いていた。
「はい、エドワード第二王子の完成です」
「もとがのっぺりとした普通顔なんで、化粧次第で自由自在」
「マシューお前、褒めてないよな!」
護衛騎士に噛み付くエドワードは確かに、馬車で挨拶したキラキラのエドワード王子だった。顔を塗っただけで精悍さと煌めきが滲み出てくる。冴えないさっきの青年の風情はどこにも無い。これはもう明確に詐欺の才能であると断定してもいい。
カナメなど部屋の隅で声も出さずに号泣していた。
「絵姿を売る、しかも爆売れするには本人にもそれなりの見てくれが必要ですし、露出の必要もあるので。登城や公務の際は必ずこの姿にしています」
「ご挨拶の時のご様子とは、性格もまるで違うようなのですが」
「そこは、女性客の囲い込みが必要ですから」
カルロスは戸棚から本を取り出してきた。カナメの愛読書である。というか明確にその小説のファンである。人生を左右させた一冊である。
表紙のイラストが少しエドワードに似ている。
「『らぶきゅん♡わたしの王子様』という、小説のヒーローを、エドワード王子のモデルにしました。完全無欠の美形王子が庶民の少女をひたすらに愛し、身分の差など王子の才覚と財力と暴力でなんとかするという荒唐無稽な物語ですが、城下ではかなりヒットしているらしく」
「……それをしこたま読まされてこの男になりきれ、とか無理ゲー振ってくる鬼畜な部下の言いなりになりました」
食べるために、と呟くエドワードには悲壮感しかない。苦労をしょいこみ潰されかけた男がそこにいた。
全てをさらけ出したエドワードと部下二人は、ラヴィリアに真摯な表情で向き合った。二人の部下は胸の前でそっと手を合わせ目を閉じ、ラヴィリアに合掌した。
エドワードは綺麗な土下座で頭の上で合掌している。祈り、というより、懇願。そんな空気が流れていた。
エドワードは床を間近に見つめながら、高貴な姫君に訴えた。
「ラヴィリア姫の生活を支えることは俺にはできません。姫殿下に相応しい環境を提供するには自分の稼ぎではとうてい追いつきません。自分と部下二人食ってくのがやっとの状況です。
お願いします」
「「「 お帰りくださいお帰りくださいお帰りください 」」」
メインの登場人物、出揃いました。