追い詰められた王子
「……カナメはラヴィリア様付きの侍女として、十年前から勤めていたようです。王族としての立ち居振る舞いの教育係を兼ねて」
「……」
「もともとはマリ王国の王妃付きの侍女だったのですね。おそらくラヴィリア姫の監視も兼ねていたのでしょう」
「……」
「スパイ活動は王妃からの指示とみています。王妃からの指示となると、逆らう訳にはいかないでしょうから。
私ならカナメの弱みを握って、意のままに操りますね」
「……」
「どういう手段かはわかりませんが、カナメは王妃に殺された、と見て良いのではないでしょうか」
「……」
「……エディ、せめてそろそろ椅子に座りませんか」
カルロスは床に膝をついてエドワードに語りかけていた。体勢がきつい。
エドワードはというと、執務机の脇の床で膝を抱えている。頭も膝に落とした、どん底モードだ。
無理もない、とカルロスは嘆息した。
ようやくラヴィリアと両想いが成立し、徐々に距離をつめていたのだ。見ていてちょっと痒くなるくらいの関係を、ようやく築いてきていた。
それが、病気という理由で派手にぶち壊されたのだ。病気ということは、治す以外に元の関係に戻る手はなく、肝心の治療法は、皆目分かっていない。
病気の名前は『王族接触拒絶症』。ここにいる人間で、ラヴィリアの病を発症させるのは、王族の血が流れているエドワードだけなのである。
しょぼくれもしますよね、このタイミングはとても困りますけど。
エドワードが貴賓室で膝を抱えてから、二日が過ぎようとしていた。カルロスはエドワードなしで進めている案件のいくつかを頭の中で浮かべた。
有能な幹部は揃ってきているが、結局エドワードありきの関係なのだ。決裁の現場にエドワードがいないと、今ひとつ決まった感がない。
エドワードの「じゃ、頼むね」の一言で、皆の気持ちが引き締まっていたのだと、実感している。
頼りなかった若造が、カリスマ性を身につけ始めていた。
だが、膝を抱えて座り込んでいるだけの男に、カリスマ性もなにもあったものじゃない。いつものカルロスであればエドワードの尻を蹴りつけて仕事をさせるところだが、さすがに今回は無理だろう。
根気強く話しかけるしかなかった。
「ラヴィリア姫の体調は回復してきました。病気の性質上、王族に接することがなければ症状は出ませんので」
「……」
「治癒魔道士のご老人に、念の為診てもらいましたが、いたって健康だそうですよ。今は食欲が失せているようですが」
「……」
「エディと同じで、『気鬱』のためだそうです。エディも、もう少し食事していただかないと困ります」
「……」
「食べないのでしたら、マシューにあなたの口をこじ開けさせて、離乳食をぶちこみますが」
「……やめて」
久々にエドワードの声を聞いた。喋れるくらいには、気持ちが回復してきた、と思いたい。本当に嫌だから反論しただけ、とも言えるが。
少しだけホッとして、カルロスは言葉を繋いだ。
「一人の食事は味気ないですから、マシューとブレイカー私兵団を呼んで、皆で食事にしますか? ほぼ宴会になりそうですけど」
「……」
「それとも、私の妻の手料理はいかがですか? 彼女の作る牛すね肉のシチューなど、ほろほろで絶品ですよ」
「……」
「妻をこちらに呼び寄せてから、私は明らかに太りましたね。美味しい上に楽しむ食事は、胃の容量を軽く超えてくるので、困りものです」
「…………カルロス、さあ」
エドワードが心持ち顔を上げてカルロスに尋ねた。まともな食事を取っていないエドワードは、顔色が悪く覇気がなかった。暗いチョコレート色の目はずっと下を向いていた。
「……なんかの理由で、そこにいる奥さんに、二度と触れられないってなったら、カルロスはどうする?」
「死にますね」
「即答……」
「精神的に一度死ぬでしょう。でも彼女を一人にはできないので」
「……」
「何かしら模索するでしょうね。
まずは、彼女の生活は不自由がないようにします。言葉が交わせなければ手紙を書きますね。声が聞きたければ、歌をリクエストします。もしかしたら、私も歌うかもしれません。
私たちは、お互いが必要であることを知っていますから」
「……」
「うっかり、惚気けてしまいました。申し訳ございません。
私はあまり、こういう話はしないのですが」
「……嘘つけ。いつもしてるじゃん」
カルロスが四六時中、奥方を惚気けていることを、エドワードの幹部で知らない者はいない。
エドワードは再び膝の間に顔を落とした。
表情の読めないエドワードは、カルロスといえど扱いにくかった。
残念ながらどうしても、すぐに伝えなければいけない事案がある。
主の心を思うと伝えにくい。だが、副官に情報を留意する権限は無い。情報は、迅速に正しく伝えること。
カルロスは平静を装って言葉を紡いだ。
「マリ王国より、スファルト王国へ使者がありました」
「……」
「ラヴィリア姫に、重大な疾患があることが判明した、と。王族と接触すると発症する、『王族接触拒絶症』という病を持っていると報告がありました。
ご丁寧に、宮廷医の診断書付きです」
「……」
「現在の、エドワード第二王子との婚約を白紙に戻し、ラヴィリア姫をマリ王国まで送還して欲しい。ご丁寧な言葉を並べていましたが、要約すればそういうことです」
「……」
「いかがしますか、エディ」
……どこまでも、思うようにいかないように、世の中はできている。全てが否定されて、それが当たり前のように過ぎていく。
エドワードはぎゅっと体を縮めた。
どこからも、どの国からも、様々な手段を使って、エドワードの大事な物を奪おうとしてくる。
――そんなのは嫌だ。
もう、嫌だ。
大事な物が何かわかった今、絶対に奪われたくない。
抗ってやる。
徹底的に抵抗してやる。
誰かしらの思惑で右往左往するのは、もうゴメンだ。
必ず守ると、決めたんだから。
エドワードはノロノロと立ち上がった。久々に立ち上がったせいでくらりと貧血を起こしたようだ。机に手を置いてしばらく立ち尽くし、そのまま貴賓室を出ていこうとする。
カルロスが眉をひそめて、エドワードの腕を取った。
「エディ?」
「隣、ラヴィの部屋に行く」
「ラヴィリア姫は、別室に移動してますよ」
「いいんだ。ラヴィに会いに行くんじゃない」
「では……」
「そんな危険なことはしない。俺は今、ラヴィにとって、もっとも危険な毒だ。近付かない。
……俺も、模索してみるんだ」
カルロスの手を払い、ふらふらと歩きながら、エドワードは言った。
「俺は、悪魔に会いに行く」




