あなたのエディです
対峙している金髪の小柄なマシューは、ジュードと比べてかなり小さく見えた。
「あの金髪の剣士は、マシューですよね?」
「優勝の特典です。優勝者は『金髪の小悪魔』と手合わせができる。
マシュー隊長は、滅多に手合わせをしてくれませんからね」
「手加減すんのめんどくせえんだよ、とマシューが言っているのを聞いたことがあります」
「それほど、実力が乖離してるのです。『金髪の小悪魔』の剣技は常識を外れていますから。
なので、マシュー隊長は利き手を塞がれているはずです」
「あ、木剣を左手で持ってます」
「それでようやく対等に近い、と言ったところでしょう」
話している間に、ジュードとマシューの試合が始まった。
先程の試合運びと全く逆だった。ジュードが何度打ち込んでも木剣は流されてしまう。その隙にマシューが幾度となく剣を振るう。しかもその動きの全てが速い。ジュードはそれを防ぐのに精一杯になってしまった。
防戦一方のジュードはジリジリと後退する。マシューの打ち込みが速すぎて、ジュードは距離を取るしか道が無くなっているのだ。
ある程度の距離を置いて、再び二人は対峙した。
マシューは木剣で肩をトントン叩きながら、面倒臭そうにボヤいた。
老婆の魔法に慣れたラヴィリアの耳にも、そのボヤキが届いてきた。
『なあ、もうよくねえ?』
『まだです! まだ自分はやれます!』
『勝ち目ねえじゃん。お前、この衆人の中でぶっ飛ばされて楽しい?』
『それでもやります! 何か一つでも、あなたから学ばないと……!』
『重心高すぎ体幹弱すぎ踏み込みにひねりがねえし太刀筋バカ正直……これでいいか』
『心を折る作戦ですかっ?!』
『心折らんでも、俺勝てるし』
さっと影が走りよってきた。
マシューに向けて突然木剣が振るわれる。二度、三度と振るわれた剣は、いずれもマシューによって弾かれた。しかし剣の軌道が変わってもすぐに切り返し、攻撃は速い。マシューが初めて後ろに下がった。
マシューの目の前には、木剣を構えたエドワードが立っていた。
エドワードはちらりとジュードを見て、不敵な笑みを浮かべた。チョコレート色の目がマシューを狙って爛々と輝いている。
『ジュード、マシューの奴、ボコろうぜ』
『エドワード王子……!』
『あの生意気な金髪小僧を叩きのめす絶好の機会だ。今日こそ地面に這いつくばらせてやる』
『はーん? やれるもんならやってみな』
『利き手封じは守れよ、マシュー!』
『ハンデ、上等』
マシュー対ジュード・エドワードの試合が始まった。周りの歓声が一際大きくなった。圧を感じるくらいの声援である。
それを見て老婆がそそくさとハシゴを降りだした。ラヴィリアが訝しげに声をかけた。
「おばば様、どうされました?」
「エドワード王子が試合に出たじゃろ。面白そうだから何も考えずに出たんだろうが。
……王子の右足はまだ完全じゃねえ」
「あ」
「剣術は足首に負担がかかる。今最も痛めとるとこじゃ。あのガキ、歩行が楽になり始めて油断したな」
「バアさん、王子相手にガキって」
「ガキはガキじゃ! 誰が治すと思っとるんだ全く」
手練の治癒魔法士はブツブツ言いながらハシゴを降りていった。
ラヴィリアとカリンは顔を見合わせて、演習場に目を向けた。
すでにジュードが地面に這いつくばり、エドワードがマシューの木剣をかわした瞬間に足が踏ん張れず、倒れるところだった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、ラヴィリアはエドワードに就寝前のハーブティーをいれていた。寝つきが良くなるハーブを数種類ブレンドしている。ラヴィリアのオリジナルだが、エドワードは落ち着く味だと喜んでくれていた。
ソファにだらしなくもたれているエドワードは、カルロスのしごきに耐え抜いた屍であった。午前中の仕事が手付かずと判明した直後、カルロスは穏やかな鬼と化した。
カルロスはエドワードにつきっきりでひたすら書類を消化させた。ラヴィリアが持ちかけたお茶の時間はもちろん、食事の時間もすべて削られ、エドワードはひたすら読んで書いて読んで書いてを繰り返した。カルロスはというと、エドワードの机にもう一つカルロス用の机を用意し自分の仕事もこなしながら、エドワードが必要であろう資料を随時ほいほいと投げ込んでいた。
できる副官ではあるのだ。容赦がないだけで。
カルロスは深夜に差し掛かった時刻に本日のノルマを達成したことを確認すると、穏やかにエドワードに声をかけた。
「次にやったら朝まで寝かせませんからね」
本気度が高い。
冷めきった夕食を取り湯浴みを終えると、エドワードはソファから動けなくなった。いっそそのままベッドへ直行すれば良かったのだが、就寝前のお茶はエドワードとラヴィリアの二人だけで過ごす貴重な時間だ。
屍になってもその時間を尊重してくれる、エドワードの気持ちが嬉しい。
ラヴィリアはテーブルに二人分のハーブティーのカップを置いた。ソファにもたれるエドワードに目をやると、エドワードは疲れて眠りに落ちていた。
眠るエドワードを見るのは久しぶりである。
ナプルの戦いの後、なかなか目を覚まさないエドワードを皆で交代で看病した。あの時はげっそりとやつれて、今にも呼吸が止まってしまうのではないかと心配だった。
あの時に比べて血色も良くなり、肌にもハリがある。チョコレート色の髪は艶やかで、さらりと額に落ちていた。
好きだなあ、とラヴィリアは改めて思う。
エドワード・オグ・ヴィヴィンという人物に、どうしようもなく惹かれている。そして奇跡のように、彼も自分を好きと言ってくれている。ラヴィリアのすぐそばにいる、ここにいるエドワードが、だ。
ラヴィリアは眠るエドワードに寄り添った。ほんのちょっとだけ、近づきたかったのだ。エドワードの顔に手を伸ばす。そっと頬をつついた。せっかく寝ているのを、起こさないようにしたつもりだった。
しかし、ラヴィリアが触れた瞬間にエドワードが身動ぎして、チョコレート色の目を開けた。近過ぎる距離にいるラヴィリアに目を見張ってから、すぐに微笑む。
悪戯に気付いたエドワードは、アイスシルバーの髪を柔らかく撫でた。
「……どうしたの、ラヴィ」
「起こしちゃいました」
「ん、いつの間に寝てたんだろう。あ、変な格好で寝たから、腰痛え」
「エディ、お茶を入れました」
「ありがと」
二人で並んでハーブティーを飲む。
向かい合ってではなく、並んで飲むことも普通になった。少しずつでもいいから、触れ合っていたいのだ。膝と膝が触れ合っているだけで、幸せな気分になれる。
「今日の兵士たちの試合、ラヴィも見てたの?」
「カリンが少し離れた場所から観戦できるポイントを見つけてくれました。治癒魔法士のおばば様がよく見えるようにと魔法をかけてくれて」
「あのばーさん、そんなことできるんだ」
「魔法を扱う人にとっては、簡単なんだそうですよ。ジュードが優勝する試合から見てました」
「……じゃあ、俺がジュードとマシューの試合に乱入したことは」
「マシューは強すぎますよね」
「……見られてた! かっこ悪い……」
肩を落とすエドワードにラヴィリアは声を上げて笑う。格好よくはないけど、エドワードがすごく楽しそうだったので、ラヴィリアとしては満足だ。
「カリンが、エドワード王子はジュードよりも強いんじゃないか、と言ってましたよ」
「んなわけないじゃん。ジュードの腕見たことある? ああ見えてすげー太いからね。俺なんて力負けして終わりだって」
「でもエディは、動きが俊敏で次の攻撃が読みにくくて見た目より一撃が重くて周辺の把握が早くて真剣な表情には凄みがあってと、カリンが言って……」
ラヴィリアは話しながら気づいてしまったことがあった。カリンはすごく、エドワードのことを見ている。語る口調も熱を帯びていたように思う。
ただの思い過ごしかと、思ったのだが。
ラヴィリアはハーブティーをテーブルに置いて、そっとエドワードとの距離を縮めた。
「……カリン、好きな人がいたらしいんです」
「あ、ああ。
ジュードのこと、かな?」
「いえ、ジュードはあまりタイプではないらしくて。今も猛烈に迫られて、困ってるみたいで」
「……ジュード、かわいそ……」
「誰にも言えてないんじゃないでしょうか。失恋したって聞いたんですけど、それは叶わない恋だからであって……」
「あー、ラヴィ……?」
「カリンには、その恋は無理なんです。
相手は王子様だから。身分が違います」
びくっと、エドワードの体が硬直した。
カリンが自分を好きだという事は、うっかり聞いてしまっている。だからといって特別何かをしたつもりはないし、カリンの方もきちんと線を引いているように見えた。
気づいちゃったのかラヴィ鋭い!と茶化すにはラヴィリアの顔は思い詰めていて。
エドワードは手元のソーサーをテーブルに置いて、ラヴィリアに向き合った。
「俺は、何もしてない……よ?」
「カリンの命の恩人であることは聞きました」
「それは、マシューの方だし。治療には立ち会ったけど……!」
「エディが素敵な人だなんてことは、近くにいれば分かります。
見かけは冴えなくて頼りなくてどこかに紛れたら見つからなそうな人なんですけど、近くにいれば素敵な人って、分かるんです」
「その評価、喜んでいいのか悲しむべきなのか、わかんない」
「カリンにとっては身分違いで叶わない恋です。だけど、わたくしのエディなのにと、思ってしまいました。
わたくしは心が狭いですね」
俯いたラヴィリアを、エドワードは数秒躊躇ってから、抱きしめた。
華奢なラヴィリアをどう扱っていいか分からなかったが、抱きしめたいという欲求には勝てなかった。ふんわりと、ラヴィリアに負担がかからないように抱きしめた。
ラヴィリアはおとなしく、エドワードの腕の中に包まれた。
「……えーと、あなたのエディ、ですけど」
「ふふっ……」
「不安になったりしたの?」
「よく分かりません。でも、嫌だなと、思ってしまいました」
「ラヴィみたいな人でも自信が揺らぐことがあるんだ」
「……わたくしは心が狭いので。町に出て、女の子にきゃーって言われているエディを見るのだって、本当は嫌なんですよ」
「俺、オーサ領の領主になったから、町に出て媚び売らないとね」
「エディ、大人気ですよ」
「あれは俺じゃないじゃん。偽物の独り歩きじゃん。
俺はラヴィだけが好きなんで、外野が何を言おうと気にしなくていいと思うけど」
「もう一回言ってください」
「え? 何を?」
「今のセリフ」
「えー?
……外野が何を言おうと」
「違います! そこじゃなくて」
「……俺は、ラヴィが好き、なんで」
ラヴィリアは自分の体重をエドワードに預けた。エドワードの胸でにんまりとしてしまう。顔がふやけて誰にも見せられないと思った。
「もっと言ってください」
「俺はラヴィが好き」
「もっと」
「好きだ」
「もっとです。もっと」
「……ラヴィ、好き」
「まだ足りません」
「えー……」
「もっと………………あ」
ラヴィリアは口を塞がれた。
エドワードが唇でラヴィリアの口を封じたのだ。
毎日の決まりになった挨拶のようなキスではなくて、優しいけれど長いキスをした。エドワードの気持ちを伝える口付けは、言葉よりもラヴィリアに響く。「好きだ」と脳に刻まれる。
長いキスを終えてラヴィリアはエドワードを見上げた。チョコレート色の瞳が、ラヴィリアだけを見つめていた。
エドワードはラヴィリアを見返すと、ふいに真顔になって顔をそむけた。そろーりと体を離す。
あれ、とラヴィリアはエドワードを覗き込んだ。
「エディ? どうしました?」
「ラヴィ、もう寝よう。時間も遅いし、明日も仕事漬けだし」
「どうしたんです、エディ」
「睡眠は大事。ちゃんと冷静になろう」
「エディ?」
エドワードは少し上気した顔をラヴィリアから逸らし続けた。ラヴィリアに聞かせるつもりだが、独り言のようにつぶやいた。
「これ以上一緒にいると、もっと先にすすめたくなる」
「……!」
「俺だってキースやブレイカーにヘタレと言われ続けてても、男なんで。
我慢する理性がもう限界だとか、欲求ってキリがないなとか、もういいからそういうの全部捨てっちゃえとか、俺の中でイロイロあって」
「…………」
「可愛すぎるラヴィは悪魔より悪魔だってことが、わかったから。
俺は、平和な未来を繋ぐ明日のために、寝る。健やかに、寝る」
「お、おやすみなさい」
ラヴィリアは立ち上がって、深々と頭を下げた。
エドワードの繊細な男性の部分を、垣間見てしまったようだった。
これにて七章が終了です。
次章が最終章となります。いろいろと激変します。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




