女子トーク、オババ入り
カリンが案内したのは、二階建ての人の寄り付かない小屋であった。古い武具倉庫である。背後に立つ木が屋根を覆い枝が張り出していた。カリンはどこからかハシゴを探し出してくると、二階の屋根にかけた。それをするする登る。
思った通り木の枝越しに演習場が見えた。葉も茂っているので、向こうからこちらは見えないだろう。
あとはどうやって姫を屋根まで登らせるか。カリンは考えながら振り返ると、ラヴィリアはすでに屋根に到達していて、高貴な気配を漂わせたまま屋根に降り立っていた。ラヴィリア姫と言う人は、調理を趣味とする深窓の姫君だ、と認識していたカリンは仰天した。ラヴィリアは余裕の表情で下の老婆に向かい「おばば様、登れます?」などと聞いている。
ラヴィリアがつい数ヶ月前まで、森で罠を張って獲物を狩り、木に登って木の実を採取し、そこにある物を食べて自給自足をしていたことを、カリンは知らない。
「あれが演習場ですね」
「は、はい、ラヴィリア姫」
「前にも言いましたけど、姫はいりませんよ、カリン。ラヴィリアで構いません」
「……わかりました、ラヴィリア様」
「よう、年寄りにきついことさせんなよ」
「登れましたね、おばば様。すごいです」
「腰は曲がっとるが足はなまっとらんからの。かーっかっか」
元気なばーさんである。
カリンは演習場を眺めた。風に乗って歓声が聞こえてくる。大勢の観衆に囲まれて、二人の人物が木剣を撃ち合っているのが見えた。カリンの目では誰が戦っているのかなんとなく分かるが、ラヴィリアと老婆はどうだろうか。
老婆が演習場を覗くようにして、ふと張り出している木の葉っぱをむしった。爪で葉に円を書き、何かしらを細く書き込み始めた。
魔法陣である。
「おばば様、これは魔法陣ですね」
「こっからじゃ、ちょいと遠いからのう。もうちっと見易くしてやるわい」
「確かに、おばば様の目では見えませんよね」
「わしは音で大体理解できる。だがちいと離れているゆえ、魔法で補強しよう」
「魔法で、ですか?」
「葉っぱなんか、使うの? 葉っぱで、魔法って使えるものなの?」
「そこに紙がなければあるもん使うわい。簡単な付与魔術だしな。索敵なんかに役立つヤツだ」
「バアさん、治癒魔法だけじゃなくて、付与魔術も使えるの?」
「簡単なもんしかできねえよ。こんなもん、魔法の素養があれば、訓練次第で誰にでもできる。ほれ」
葉っぱの魔法陣から白い光が飛び出した。非常に怪しい老婆だが、老婆の魔法の光は美しい。
白い光が三人を照らす。光が収まると、ラヴィリアは自分の目が驚くほどよく見えることに気付いた。
演習場を見てみる。さきほどまで何かを撃ち合っているかな、程度だったものが実によく見えるようになっていた。二人の兵士が木剣を叩きつけ合い、踏み込んだりかわしたりしているのがわかる。真剣な表情まで見えた。さらに木剣を撃ち合う音、歓声、周りの飛ばす野次まで聞こえてきた。
「……すごい」
「短時間だが、視覚と聴覚と嗅覚の能力を上げてんだ。慣れてくれば、個人の声も聞き分けられるだろうよ」
「ラヴィリア様、見つけました! やっぱりここにいました、エドワード王子!」
「どこ?」
「観衆の左側、人混みか少し途絶えている所に」
ラヴィリアは目を凝らした。
観衆の壁に隙間ができている。エドワードに遠慮した形だろう。そこに椅子に腰かけて観戦しているチョコレート色の頭が見えた。エドワードだ。後ろにマシューとブレイカーの姿もあった。
エドワードはアイドル王子メイクで、不敵な笑みを浮かべながら試合を見ていた。兵士の演習場という場所柄、甘さ控えめ精悍さ二倍ほどの味付けだ。ラヴィリアはなりきり王子モードのエドワードを久しぶりに見た。
最近は内勤ばかりなので、難しい顔で書類とにらめっこか、頭がショートした無の顔か、居眠りがバレてカルロスにどつかれてからのしくった顔、ばかり見ていた。
そういえば、エドワードは場に合わせて性格も顔も変化する、なりきり王子だった。
「相変わらずのイケメン王子ですね」というカリンの言葉に、あははっとラヴィリアは愛想笑いを返す。あの状態のエドワードに近づくと極甘モードで迫られるので、ラヴィリアはどちらかというと苦手である。
トーナメント戦はこれから決勝戦が始まるようだった。一人は大柄な重量級の兵士、もう一人はラヴィリアも見かけたことのある兵士だ。確か、マフマクン伯爵の息子……
「決勝のおひとりは、ジュード、ですよね」
「……そのようです」
「ジュードはここにいるマフマクン兵の隊長を務めてますよね。さすが、隊長さんはお強いのですね」
「まあ、剣の実力はありますけど」
「カリンの嫁入り先候補じゃねえか」
老婆の言葉に、ラヴィリアは目を丸くした。カリンからそんな話は聞いたことがなかった。カリンはジュードとお付き合いをしていたの? 早く言ってよお……
カリンは嫌そうに老婆を睨む。
「バアさん、ジュードはそんなんじゃないって」
「わしの周りじゃあ、ジュードがあの手この手でカリンを落とそうとしてる、という話しか聞かんがの」
「誰よ、そんな噂してんの」
「ブレイカー私兵団の幹部連中。最近はソーラ様も混じってジュードを焚き付けておる。『ジュード、次はヤンデレでいきましょーう!』とか、楽しそうじゃ」
「……勘弁してよ」
カリンは片手で顔を覆った。
ラヴィリアはパチパチと瞬きをした。
カリンとジュード。カリンはマフマクン領の騎士団長の娘、ジュードはマフマクン伯爵家の三男。身分はつり合うし、同じ職種なので仕事の理解は深そうだし。傍から見れば良縁なのであるが。
「カリンはジュードのこと、お好きではないのですか」
「……今は、仕事の方が面白いし、やりがいを感じているので。そういう気分になれないのです」
「嘘こけえ、誰かさんばっかり目で追ってんじゃねえか」
「バアさん! そういう事言わないの!」
「……他に好きな人がいる、ということですか」
「違います! ちょっと前までそうだったけど、違いますから!」
「……まだ、その方のこと、引き摺ってる?」
「お、姫さん。下世話な女の話に乗ってこれるクチかい?」
「女子トーク、っていうんですよね。センラク港で学習しました」
ラヴィリアは目を輝かせて胸の前で拳を握った。女子トークに混じっているのが嬉しいらしい。
「カリンはその殿方しか好きになれない、ということでしょうか。分かっていても止めることの出来ないあの人に対する一途な想い、というやつですか?」
「姫さん、どこでその言葉覚えてきた?」
「もうとっくに失恋しましたから! 未練も何も無いですから!」
「失恋ですか? カリンが?」
「……そうですよ」
「信じられません。カリンは可愛いのに。
もったいないです。見る目のない殿方もいるものですね」
カリンは沈黙をもって、ラヴィリアの言葉を流した。
……あなたの婚約者ですけど。
あなたの婚約者は見る目があるので、至宝と呼ばれる女性を手に入れてますけど。
カリンはごちゃごちゃになりそうな感情を抑えた。ちゃんと気持ちに整理はつけたのだ。カリンに向けて「こんなに可愛いのに」と綺麗なアイスブルーの瞳を向けてくる、清楚で可憐で品のある女性に対して、嫉妬心なんて起きない。
適わないなあと、何度も思わされるだけだ。
「お、試合始まってら」
「まあ、いつの間に。
……ジュード、すごいですね。押してますね」
「手数多いし防御も上手い。ジュードの強みです」
「相手の大柄な方、力は強そうなのに剣が入らないです。どうしてでしょう」
「ジュードが上手く攻撃を流してるんです。あの体格の兵士の一撃をまともにくらったら、即座にやられますからね」
剣の試合というのを見るのが初めてのラヴィリアである。剣の攻撃と防御とか、手数の多さとか流すとか、言われてみても何となくしかわからないが、面白い。剣士同士の駆け引きが沢山あるのだろうと思う。
ジュードの木剣は何度か相手に入っているようだが、相手の木剣はジュードの体に届く前に、ジュードの剣に阻まれ方向を変える。その瞬間にジュードが木剣を細かく繰り出すと、相手は防戦一方になりジュードの木剣が軽く当たる。
実戦だったらジュードの圧勝、というのが素人のラヴィリアでも分かった。
「あ、相手の方倒れました。
……優勝はジュードですね!」
「ジュードの得意なタイプの剣士でしたから」
「これをネタに、カリンをまた口説きにかかるんだろうて」
「ほんと、やめてほしい」
「ジュードのこと、そんなに苦手なんですか?」
「……クドいんです。ひたすらに。
お前のためにとか俺の想いはこんなに募ってるとか何をおいてもお前を幸せにするとか。
私の幸せを考えるんだったら、放っておいてくれっての!」
「まあ……」
「けっけっ。面白いほど暴走しとるな。逆効果もいいとこ」
「お前のために優勝した、とか言って木剣持ってきたら、叩き折ろう……」
「カリン、激しい。
……あれ、何か始まりましたよ」
ラヴィリアが演習場に目をやり言った。
演習場にはの中央には優勝したジュード、そこへやる気なさそうに近づいて行く、金髪の小柄な剣士がいた。
マシューだった。
たった一人、女子トークの平均年齢を底上げしている方がいらっしゃいます。誰でしょうね。




