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二人でティーブレイク

ちょっとお時間いただきました。

主にぼーっとしてました。

ささやかなストックができましたので、再開します。

「エディ! 大変です!」

「ラヴィ? 何?」

「あのカルロスが優しいんです!」



ラヴィリアが血相を変えてエドワードの執務室を訪れた。もはや見慣れてしまった高貴な侍女姿である。

オーサ公爵屋敷の貴賓室は、すっかりエドワードの執務室と化していた。そしてエドワードは想像通り、書類の山に埋もれていた。



ラヴィリアはあれから、なし崩し的にエドワードの侍女をこなしている。おかげで最近は常に侍女服で過ごしているのだ。

カルロスに言わせれば、護衛対象二人がまとめて同じ部屋で過ごすのだから効率がいい、というところである。



本来ラヴィリアの専属護衛はブラッドであるが、先日の山に穴を開ける技はさすがに力技すぎたらしい。ブラッドはラヴィリアの元に眠そうな顔でやって来て「我、ちょっとおねんね」と呟くと、拳大の黒い石になってしまった。今はラヴィリアの部屋の片隅で、ちんまりと鎮座している。



護衛がひとまとまりになり、ついでにラヴィリアにエドワードの身の回りの世話をしてもらえば一石二鳥。侍女代も浮くっていう、限りなく無駄を省いたカルロスの策略だ。

侍女をしているのが一国を代表する王族のお姫様であることは、もちろん全力で目をそらした結果である。



ラヴィリアは部屋の掃除も給仕もやるし、エドワードの洗面や着替えや身だしなみの世話もする。できた侍女のラヴィちゃんである。


マシューのいない今、人前に出る必要があれば、エドワードのメイクも担当している。ラヴィリアがエドワードをメイクすると、なぜか美美しくなってしまうのだけが難点だ。

美しさが際立つエドワード。ブレイカー私兵団たちには腹を抱えて笑われている。



まさに侍女の仕事だからと、右足を怪我しているエドワードの湯浴みの介助も申し出たが、ものすごい焦り顔で丁重にお断りされてしまった。一人でできるから構わないでくれ、と。


完全侍女モードのラヴィリアとしては、侍女としての能力に不備があるのだと反省した。そこで侍女頭にわけを話して、自分の至らないところを聞いてみたら、「あなた様は、いきなり婚約者に裸を見られて、平気ですか?」と真正面から問われ、真っ赤になって撃沈した。


侍女に徹しすぎて、エドワードが婚約者であることをうっかり忘れていた。というか、侍女に徹していないと、エドワードのことが気になって仕方がないのである。


「なんだこれ、意味分かんねえ」と書類を見比べているエドワードの苦い顔を見ながら、苦みばしりほど良き味わい、とか思ってるなんて誰にも知られたくない。「もうやだ何なの。終わんねえ」という愚痴を聞きながら、絶妙なる残念顔が本日ナンバーワンまんまエディ、なるランキングをつけていることも知られてはならない。


エドワードはいつも通り仕事に追われて切羽詰まっているのに、自分だけモニタリング・ラブしてるわけには行かないのだ。ラヴィリアは自分を律して、せっせと侍女の仕事に勤しむ。



それくらい、一度キスしてから二人の間には、何も無い。



エドワードは、今や見慣れたけれどどう見ても王族か高位貴族である侍女を見返した。ラヴィリアが訴えている内容もよく分からなかった。


「あのカルロスが? 優しい?」

「そうなんです!」

「よく似たそっくりさんじゃないの?」

「疑わしいですよね。でもあの穏やかな偽善者スマイルは、カルロスでしかないと思います」

「ラヴィって、そういう目でカルロスのこと見てたんだね。

カルロス、最近優しいかな。昨日も二回ほど、しばかれてるけど……もしかして、次のフェーズに入る直前の思考停止モードか」

「なんですか、それ。

でも、あのカルロスが言うはずないんです」

「何を?」

「お料理するのに、お金に糸目をつけなくていい、だなんて」


ラヴィリアが全力でカルロスの言葉を疑っていた。

エドワードはぱちくりと何度か目をしばたいた。もしかして、と先日口走った自分の言葉を思い出した。


「……俺がラヴィの料理食べてない、って言ったから?」

「そうなんです。だから準備をしようと、近くの草原に罠を仕掛けに行こうと話しましたら」

「カルロスが、肉は肉屋から仕入れなさい、と」

「なんで分かったんですかっ?!」


エドワードは、う~んと唸りながら沈痛な面持ちで頭を抱えた。野生の姫は、肉を肉屋で買うことが贅沢だと思いこんでいる。そんな生活を今まで強いていたのは、この俺だ。



さすがにオーサ領を管理下において立て直しを計っているエドワードは、その財源から自分たちの滞在費を捻出するくらいの事はしている。というか、人の金であることもあり、カルロスはここぞとばかりに多めに分捕っている。そのあたりの細かい説明をラヴィリアにしていなかったのは、エドワードの不備だ。



こういった内情をラヴィリアに伝えるのはカナメの仕事だった。そのカナメは現在行方がわからなくなっている。ラヴィリアを追いかけて王都にまで行ったことまでは分かっているが、それから消息不明なのである。王都のブレイカー私兵団に探させているが、まだ見つかっていない。

状況の説明や様々な手配などはカナメに任せることが多かったので、ここで食い違いが起こってしまった。


「ごめん、ラヴィ。俺がちゃんと説明しなかったせいみたい」

「説明、ですか?」

「うん。ちゃんと話すから、座って」

「ではお茶を淹れますね」


まことにできた侍女である。



エドワードは、ラヴィリアにはラヴィリアに相応しい仕事を振らないと、とは思いつつ、常に傍にラヴィリアがいる幸福感にも浸っていた。


顔を洗って目を開けるとタオルを持ったラヴィリアが横にいたり、仕事中に目を転じてみると窓を拭いているラヴィリアがいたり、仕事が行き詰まって書類を睨みつけていると香り高いお茶をそっと差し出すラヴィリアがいたりする。


いるだけで絵になる婚約者が常にそばにいる。

はねとめはらいしっかりめの太文字で『眼福』という文字が、脳内に刻みこまれているエドワードである。 幸せすぎて最近口元がゆるゆるで締まらない。死にかけたんだからこれくらいいいじゃないか、と開き直ってもいた。



エドワードだってもちろんラヴィリアと、もっといろいろ、したい。触れたいし見たいし、その他もうちょっと踏み込んだ所まで、したくないわけがない。


この前のキスは、ブラッドのキスを上書きする、という理由があった。でも何も無い時に、なんの理由もなくラヴィリアにキスできるかというと、無理。まず、無理。


しかも初めてのくせに、激しくカマしすぎた気もしていて、ドン引かれてないかと心配もしつつ………………美しい所作でお茶をいれているラヴィリアを見た。そこにいるだけで高貴なオーラと清廉な空気が流れている。欲望にまみれたオノレを、ひた隠しにしたいと思う。


――こんな女性に、理由なく簡単に手なんか出せるかい。



エドワードは執務机から、ぎこちなく応接用のソファに移動した。意識しすぎで体の使い方に齟齬が出ている。怪我をした右足がまだ完全復活していない、というのもあるが。

流れるような優雅さで茶器をテーブルに置く、気品のあるラヴィリアが目の前にいる。

あー、もう…………

眼福。



「まずは、この前まで戦っていた、オーサ公爵の件からかな」

「はい」

「オーサ公爵は、ニセ金造りを主導し流通させた罪により、法務大臣を降ろされ、爵位を剥奪。違約金の支払いと領地の没収が決定した。一族は王都で国の管理下におかれている」

「ああ、それで。

オーサ公爵のご家族は王都へ旅立たれていましたね」

「うん。強制送還だね。

オーサ領の管理については、一時的に俺が担当する事になってる。オーサ領の民が疲弊していることをマフマクン伯爵が国に訴えてくれていたから、ここにある資金は自由に使えることになった。しこたま溜め込んでいてくれたおかげで、復興は順調だ」

「わあ」

「その資金の一部が俺たちの滞在費に充てられてる。おかげで、今俺たちは今までになく小金持ち」

「わああ」

「そういうことでラヴィ、もう狩りをしなくても食べていける」

「大金持ちじゃないですか!!!」


だから最近白パンばっかりなんですね、ラヴィリアはうっとりと呟いた。

エドワード小屋では黒パンメインで過ごしてきたラヴィリアである。白パンメインの今の食事は、夢のような食生活であった。


綺麗なうっとり顔を見せつけられて、エドワードは今までの生活を改めて反省した。食べるために狩りをしなくてはいけない生活レベレを強いていたのは、どう考えても自分である。狩りをしないイコール大金持ちと思ってしまう、ラヴィリアの庶民ぶりが悲しい。


この高貴な気配のする美麗な少女に、せめて毎食白パンを提供できる収入を得る。

王族の決意とは思えないほど低い所得設定に、エドワードは全力で挑むつもりでいた。




貧乏、脱出!肉は肉屋で!パンは白パン!

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