上書きしたい
エドワードはベッドサイドに座る、やたら清楚な侍女をチラ見した。肩までのアイスシルバーの髪を侍女用のカチューシャで押さえ、侍女服を綺麗に着こなした侍女は、見かけが侍女をはみ出していた。こんな豪奢な侍女見たことがない。
ラヴィリアである。
一ヶ月以上ぶりに会った婚約者である。
あれほど会いたくて仕方がなくて、会いに行けなくて、会いに来てくれなくて、やさぐれて周囲に当たり散らしていた原因の、ラヴィリアである。
自分は彼女が好きなんだと、やっと認識したラヴィリアである。
あれほど会いたかったのに……言葉が全然出てこない。
ラヴィと今までどうやって会話してたっけ?と考えている時点で正常ではない。エドワードはしっかりとテンパっていた。
「え、えーと」
声が上擦っているのが自分でわかった。とても格好悪い。格好悪いことはすでにバレているが、バツが悪い。
エドワードは必死で言葉をつむぎ出した。
「あの。えーと、だから、その……。
なんで、侍女服?」
「……騙されました」
ラヴィリアが俯いたまま話した。顔が上げられないようだった。
「……ナプルの町の避難所を出禁になって、領府の兵士食堂も出禁になってしまって。
わたくしがいると、なんだか大騒ぎになるみたいで」
「だろうね……」
「他にやれることが無いか、カルロスに尋ねましたら、お屋敷の掃除を提案されました。動きやすいようにこのお洋服を渡されまして、ついて来いというのでそのままついて来たら、ここへ」
「あのヤロー」
カルロスの奴、姫君になんてことさせようとしてる。
しかしカルロスから、ラヴィリアをここへ呼ぼうとしたがあれこれ理由をつけて断られた、と聞いている。騙し討ちでもしないと、ラヴィリアはここに来なかった。
ラヴィリアという人は、自分で洗濯も掃除もするし、自ら狩りをして自炊するような、逞しく生きてきた人だ。ラヴィリアにできる仕事がある、と聞けば喜んで参加するのは想像できた。カルロスの策略が、見事にハマったと見ていい。
エドワードは俯いたままのラヴィリアをチラ見した。なんだか見慣れないのは、短くなったアイスシルバーの髪。
「……あの、さ。髪、どうしたの?」
「あ、これは……この髪は、センラク港でいろいろありまして……」
「いろいろ」
「話すと長くなります。いろいろあったんです……」
「たぶん、そのいろいろについて、分厚い報告書が隣の部屋にあるんだろうね」
「あ、カルロスがいそいそと積み上げてる、あれ……」
「やっぱりな。見たくねえ……!」
エドワードが執務室に繋がるドアに嫌そうな顔を向けた。エドワードが想像しているより書類はうずたかく積み上げられている。
身体が完治したら、エドワードはあの山にうずめられるのだと、ラヴィリアは確信していた。
ラヴィリアは自分の短い髪に触れた。
「エディに、髪は大切にしなさいと言われたのに、申し訳ありません」
「ラヴィは髪を粗末にしたわけじゃない。髪を切る、必要があったんだろ?」
「……」
「謝る必要ない。こんな俺でも、それくらいは君のこと知ってるし。信頼もしてる。
それに」
エドワードは俯いたラヴィリアの、短い髪を見た。肩までのアイスシルバーの髪は青みが薄く見えた。三つ編みにしている時が一番青かったかな、と思いだす。
それでも目の前にいるラヴィリアが、エドワードにとっては一番価値があって――
「すごく、似合ってる」
「……え?」
「髪型。かわいいじゃん」
ラヴィリアは俯いたまま頬に血を上らせた。
そういう事をさらっと言ってくれるのがエドワードだ。「あれほど美しい髪を」「もったいない」「惜しい」とたくさんの人に何度も言われた。
「似合ってる」「かわいい」なんて、言ってくれる人はエドワードしかいない。本心がどうかはわからないけど、欲しい言葉をラヴィリアにくれる。エドワードはそういう人だ。
ラヴィリアは改めて思う。天然でズルい人。だからまた、好きになってしまう。
俯いたまま赤くなったラヴィリアに気づかず、エドワードは一人で安堵していた。少し会話が成り立った。大丈夫、普通に話せてる。俺、いけてる。
もう少し、踏み込んでもいいかな、と俯いたままのラヴィリアに尋ねた。
「……なんで、俺に会いに来なかった?」
「……」
「俺はほとんど身動き取れないから、君に会いに行けない。わかってたと思うけど」
「…………」
「こんなにあからさまに避けられると、さすがにキツイ」
「………………」
「俺のことは、もう嫌いになったかなって」
「ごめんなさいっ、そんなつもりなくて……!」
ラヴィリアが顔を上げると、チョコレート色の瞳とまともに目が合った。途端にエドワードはふわりと笑顔になった。素顔のエドワードの、素朴な笑顔だ。ラヴィリアが一番焦がれている笑顔だ。
「あ、やっと目が合ったね」
なんでこの人は、自分が嬉しい言葉を見つけてしまうんだろう。どうして微笑みだけで心を溶かしてしまうんだろう。
意固地になっていたラヴィリアの心が折れた。
こんなに好きになった人の、この天然な笑顔に、適うわけがないのだ。
「わたくし、エディに合わせる顔がないと思って」
「なんで? 上位精霊使って、俺を助けに来てくれたんだろ? カルロスに聞いてる」
「……わたくしは、一度見捨てたんです、エディのこと。
わたくしが到着した時には、エディは瓦礫の下敷きになってて。その時、空に浮かんでいる魔法陣がナプルの町を無差別に攻撃してて」
「ああ……」
「エディを助けるか、ナプルの町民を助けるか。どちらにしてもブラッドの力を借りなければいけなくて。どちらかしか選べなくて。
――エディを見捨てました」
見捨てる、という言葉が、これまでも何度もラヴィリアを痛めつけた。選択は間違っていなかったとは思うが、確かにあの時エドワードを見捨てていた。
エディのことが好きとかいいながら、好きな人を見捨てるような、薄情な女なのだ。そんな自分を好きになって欲しいなんて、とても言えない。
涙が出そうになるのを、ぐっと堪えた。酷いことをしたのはこっちだ。後悔して泣くような立場に、ラヴィリアはいない。
また俯きかけたラヴィリアの頤を、エドワードの手が止めた。その手がそのまま頬を包んでくれる。
真剣な目がラヴィリアを見つめていた。
「ラヴィの選択は、正しい。間違ってなかった」
「エディ」
「もし俺を助けてナプルを見捨てていたなら。
……そういう人なら、俺はあなたを求めない」
「!!」
「なぜなら、俺も同じ選択をする。
君と同じ立場なら、君を見捨ててナプルを助ける」
「エディ……」
「俺、優しくなんかないよ。王族の血は大っ嫌いだけど、王族であることに矜恃を持つくらいには、立場を理解している」
ラヴィリアはエドワードを見返した。
エドワードも同じだと思った。腹心にも晒したことな無い、自分の芯の部分。王族である事を疎ましく思い続けているにも関わらず、捨て去れないプライド。
それが、この人にも確かにある。
「……国民の上に立つ者の矜恃、ですね」
「うん。だからラヴィは、俺の中では正しいことをした。さすがだと思った。
そんなラヴィで、俺はよかった」
「そんなわたくし、ですか?」
「君が俺とおなじくらい、冷たい人でよかった」
そう言いながら暖かい笑顔を向ける。
この人は悪い人だ。揺るがない冷めた視点を持ちながら、優しさを躊躇無く広げられる人。みんな騙されている。本当のエドワードを見失っている。
そのエドワードの、冷たくて悪い所をラヴィリアは掴んだのだ。つられて笑いながら、わたくしの持つ王族の視点がエディの中心を捕らえた、とラヴィリアは思っていた。
実はここに来れなかった理由がもう一つ、とラヴィリアは上目遣いでエドワードを見上げた。
綺麗なアイスブルーの瞳での上目遣いは、エドワードの心を、どストーレトに撃ち抜いた。矢が的のど真ん中を貫く、タンッという音を聞いた気がした。
うっわ、何これめっちゃ可愛い……ホント可愛い…………抱きしめたい……
「……エディ、見てたんですよね」
「え? 何?」
「わたくしと、ブラッドの口付け」
心の奥の方にしまっていた記憶が、勢いよくエドワードの頭を殴りつけてきた。
瓦礫の隙間から、銀色の少女と上位精霊らしき黒い男が、キスしている現場は確かに見た。記憶が曖昧になっている所も多々あり、あれは朦朧としている時に見た幻か何かだと、記憶を誤魔化していた。
ラヴィリアがここで言い出したということは。
あれは現実? ラヴィとブラッドのキス?
俺やっぱり、二人のキスを見てた?!
ラヴィリアは目をそらせて唇を尖らせた。
その唇が……………あの時ブラッドに奪われていた。
「ブラッドを上手く使うには、ブラッドの気を惹くエサが必要なのです。山に穴を開けるだなんて仕事、ただお願いしてやってくれるわけがなくて」
「お、おお」
「わたくしも必死だったのです。
わたくしの魔力を唇から摂取、というエサで釣ってみたら、すごい勢いで釣れてしまって」
「おー……」
「しかも瓦礫の向こうから、エディが見てるって。わたくしが、エディじゃなくブラッドを選んだと思ってるって、そうブラッドに言われてしまって」
しょぼんとラヴィリアはその場で萎れた。小さな体がより小さくなった。
「それもあって、ここに来るのが躊躇われたのです……」
エドワードはここにいない黒い影のことを思った。
……あの、悪魔め!悪魔の仕業って、本当に悪魔的だな! 絶対叶わないけど、殴りてえ!
怒りが脳内を駆け巡ったが、一先ず抑えた。
消沈したラヴィリアがさらに一段落消沈していた。
「それに、エディが」
「お、俺?」
「わたくしとブラッドがお似合いとか言ってて。だから安心して死ねって言われてるって」
「俺そんなこと、言ったっ?!」
「わたくしを天使さまって呼んで、そう言ってました……」
「天使っ……」
エドワードはかなりあやふやな記憶を探る。
そんなことラヴィリアに言った覚えは無い。
ないのだが……だれかに本心をぶちまけたような感覚はある。
天使さま、とか、何度か口走ったような、気もする。
目の前の銀髪の少女を見た。
肩までの銀髪に覚えはないか。朧気ながらも、だれかに激似だと、思ったような記憶はないか。ずっとそばにいてくれた、誰かに似てると。
唐突にエドワードの中で、堪えきれない衝動が走った。
確かめたい。あの時の、あの感覚を。
あの幸せな感覚を。
自分の手で、確かなものにしたい……!
「……ラヴィ」
「なんでしょう」
「病気、出たらごめん……!」
エドワードはラヴィリアを抱き寄せた。
ぎゅっと抱き寄せて、細い肩を抱く。右手で肩までの長さのアイスシルバーの髪を撫でた。何度も撫でた。
覚えている。
薄い体躯と短めの髪。ほっとする体温。
あの時、抱き寄せて安心していた。会いたい誰かみたいだと思って、さらけ出した。
あの時の天使さまだ。
ラヴィリアだ。
記憶が混乱していたのにちゃんと覚えていた。
俺の好きなラヴィリアが、あの時もいてくれたのだ。
「……ラヴィ」
「はい」
「ラヴィリア」
「……はい」
目と目を合わせた。
チョコレート色の瞳と、アイスブルーの瞳が交錯した。
エドワードの顔がくしゃりと歪んだ。素顔のエドワードは顔を歪めるとみっともなくて、だけどすべてが本当だった。世間を騙して常に偽りを演じているエドワードが、ラヴィリアの前で自分をさらけ出していた。
「俺、まだちゃんと言ってない。君に伝えていない」
「エディ?」
「聞いて」
エドワードはラヴィリアのアイスブルーの目を見つめた。
清楚で可憐で気品のある少女に、冴えない自分をぶつけるのは勇気が必要だった。情けなくて格好悪くてみっともない自分が、大それた事を言おうとしていた。それでも伝えなければいけなかった。
だってもう随分前に、ラヴィリアは伝えてくれたんだから。
「ラヴィリア、好きだ」
「……以前に、天使さまが聞いてましたよ」
「ちがう。ラヴィリアに言いたいんだ。
好きだ」
「はい」
「ラヴィ、好きだ」
「はい、エディ」
「君が好きだ。
くっそ俺、気づくの、遅え!」
エドワードは強くラヴィリアを抱きしめた。
ラヴィリアは、密着したエドワードの鼓動がとてつもなく早いことに気付いた。
だけど多分、自分も同じだ。
どくどくした胸が弾け飛びそうだった。エドワードから、好きをもらえた。ずっと好きだったエドワードが、自分を好きになってくれた。
信じられない。信じられないくらい、嬉しい。
エドワードはラヴィリアに視線を向けた。激甘アイドル王子とは違う、新鮮な甘味を含んだ視線だった。
ラヴィリアの胸が高鳴った。こんな甘さと甘えを見せるエドワードに会ったことがない。誰にも見せたくない。わたくしだけの、エディ。
「ラヴィ、上書きしたい」
「上書き……?」
「君の唇に最後に触れたのは、俺にしておきたい」
「あっ……」
「思い出すなら、俺にして」
エドワードは再びラヴィリアを抱き寄せた。
ラヴィリアはエドワードの口付けを受けた。
いつも優しいエドワードが、この時ばかりは優しくなかった。反射的に反らせようとしたラヴィリアの後頭部を、エドワードの大きな手が押さえつけた。エドワードは奪うように、跡をつけるように、ラヴィリアに何度も深く口付けた。
ラヴィリアはためらいながらも懸命に応えた。このまま溺れてしまうかと思った。このままこの身は、唇から溶けてなくなってしまうのかと。
それでもいいと、エドワードの固い背中を強く掴んだ。ラヴィリアを抱くエドワードの腕が、さらに強く抱きしめてきた。
二人はラヴィリアの持つ病気を思い出す、そんな余裕を持たなかった。
やっと、ここまでこれた……。
ラヴィとエディのちゅーまで、79話。何しとんねん作者!長くかかりすぎじゃ!
と、私が一番思ってるからね。




