カルロスのひとりごと。2
――他にもいろいろとバタバタしてますが。
今速攻で解決したいのは、エディの方なんですよね。仕事、溜まってますし。
日に日に不機嫌になっていくエドワードを見ながら、カルロスは嘆息した。不機嫌の原因は分かっている。
ラヴィリアがエドワードに会いに来ないからだ。
ラヴィリアがブラッドに連れられてナプルの町に現れたこと。ブラッドの力によりナプル住民の避難ができたこと。
これらは、意識がはっきりしたエドワードに報告済である。
そのラヴィリアは、領府で治療に専念することになったエドワードについて行くと、誰もが思っていた。
ところがラヴィリアは、火事で被災したナプルの町の復興の手伝いをし始めた。町の有識者たちと共に、住民への炊き出しや怪我人の介抱をしだしたのだ。高貴な微笑みとともにスープを渡し、清廉な表情で包帯を替える、本物の姫がナプルの町に現れた。
何かに取り憑かれたように働く姫を、ナプルの町民は「ラヴィリア天使様」と呼んでありがたがっているという。見目麗しい王族の姫が庶民の怪我人に膝をついて介抱している姿は、何かしらの信仰心を芽生えさせていた。
ナプルに残してきたカリンの報告で、領府に戻ると連絡があったのが数日前。ラヴィリア信仰が激化して現場が混乱するという事態になり、領府に撤退することにしたという。
報告書にあるラヴィリア信仰という文字に、カルロスは軽く頭痛を覚えた。
ラヴィリアが領府にやって来る。
ついに会える、やっと会える、とエドワードの期待が高まったところで、ラヴィリアが行ったのは怪我をした兵士たちへの慰問だ。
領府の兵隊寮で静養している兵士たちへ、感謝と激励の言葉をかけに出向いた。清楚で可憐な姫君が一般兵士へ高貴な微笑みをたたえながら一人一人に感謝の言葉を伝え、怪我をした兵士には早く治るようにと祈りを捧げる。
オーサ領兵隊寮でも、小さな宗教が生まれそうだった。
エドワードの輝かしい期待が、真っ逆さまに不満に転落した翌日。
ラヴィリアは兵隊寮の食堂へ現れ、兵士たちに食事を振る舞い始めた。姫自らが調理してくれたとあって、食堂はいつも以上に混雑したという。オーサ領ではあまり見かけない煮込み料理は絶品だったらしい。
エドワードは、しれっと食堂へラヴィリアの手料理を食べに行っていたマシューから感想を聞いて、手にした離乳食を取り落とした。戦中からラヴィリアの手料理を熱望していたエドワードである。
なんで一般兵士がラヴィの手料理食べて、俺は離乳食。
もやあっとした暗いものが心を満たしたのを感じた。
エドワードの不満が完全に不機嫌に直結してから、カルロスに治癒魔法士の老婆から苦情が入った。
エドワードの精神が揺らいでいるせいで、怪我の治りが遅いという。イライラしているせいで老婆の言葉もまるで聞いていないらしい。
老婆の機嫌も悪く、カルロスは小一時間ほど老婆の愚痴を聞くハメになった。
エドワードは治癒魔法を弾くくらい、怒りや不満などの諸々が溜まっているらしい。
困った子ですねえ、とカルロスはとある手配を行った。
そして目の前にいる困った子(その二)、マシューに目をやった。
マシューは重たいとエドワードに押し返された金色の頭を、さらにぐりぐりと押し付けている。もちろんエドワードの腕に抱きついたままだ。
抱きついたまま「俺だって好きでやってんじゃねえからな」「だったら依存すんのやめろマシュー」「うるせえ、できるもんならやってる」と文句をつけ合っている。見かけだけなら仲が良さそうだが、本人たちは深刻に止めたいと思っている。
この男たちのイチャイチャをラヴィリアに見せるのもちょっと、とカルロスは思っていた。
そのために布石を打ちましたから、とカルロスはコホンと咳払いをした。
「マシュー」
「うるせーだまれ、カルロス。
俺は、ぜってーやらねえからな」
「まだ何も言ってません。……あなた、この状態になると本当にガラが悪くなりますね」
「エディの補充が終わるまで、俺は一歩も動かねーぞー」
「俺の補充ってなんだ、マシュー」
「ビタミンエディ」
「ねえよ、そんな栄養」
マシューはますますエドワードに抱きついた。やめろぉ暑いぃ、とエドワードも呻いている。
カルロスは完全に呆れているが口には出さなかった。おそらく、このくだらないやり取りがマシューの言う栄養素『ビタミンエディ』だ。マシューが幼い頃から摂取している必須栄養素なのだろう。
「マシューには、ノース港へ向かってもらいます」
「ふざけんな、馬鹿かテメエ。俺が行くわけねえだろ」
「ノース港には、ソーラ様がおいでになります。本日到着予定です」
「……母ちゃん」
「怪我をしたエディのお見舞いに参られました。ノース港からここまでの、ソーラ様の護衛が必よ」
「行く」
食い気味にマシューは答えた。
マシューの優先順位はエドワードより、エドワードの母のソーラのほうが上である。マシューの言う『補充』、つまり精神安定の度合いもソーラの方が断然上だ。
カルロスはエドワードの怪我という理由をこじつけて、ソーラをノース港まで引っ張り出すことに成功した。そこへマシューを送りこめば、あとはソーラが何とかしてくれるだろう。
マシューは抱きついていたエドワードの腕を「邪魔だ、どけっ」とポイ捨てして、そのままさっさと部屋を出ていこうとした。勢いでベッドに倒れたエドワードから「おいこらあ!」という声が聞こえたが、それどころではない。
ドアを開けたところでぴたりと動きを止めたマシューが、「あと、よろしく」と言って去っていった。
カルロスがベッドに沈んだエドワードを覗き込んだ。
「マシューが行ってしまいましたので、エディの世話をする者がいなくなりました」
「……カルロス、マシューの怪力でなぎ倒された怪我人の俺に、何か言うことはないのか?」
「はい、特に何も。
ということで、本日からの、エディの専属侍女を手配いたしました」
「あ、そー」
「お入りください」
控えていた侍女服の少女が静々と入室してきた。ぺこりとエドワードに頭を下げる。
肩までの、アイスシルバーの髪の少女である。
エドワードは目を見張った。
カルロスは穏やかな笑みを浮かべて侍女を紹介した。
「エディの専属侍女の、ラヴィちゃんです」
「…………ラヴィ、です…………」
今にも消え入りそうな声で、ラヴィリアは言った。
エディ専属侍女の、ラヴィちゃんwww




