カルロスのひとりごと。1
先日の戦いの行方について、ですね
カルロスは目まぐるしく動く状況に対応しつつ、エドワードの回復を待っていた。自分の性格上、すぐにでもエドワードを現場に突っ込んでキリキリ働かせたい所だが、周囲が思いのほか頑固に止めてきた。
治癒魔法士が現場にいなければ死んでいたくらいのダメージを受けて、すぐに回復できるわけが無いだろう、というのが周囲の意見だ。もう二週間も経ったのだからいいじゃないか、というカルロスの意見は封殺された。
エドワードはナプルの町からオーサ領役所のある領府へ移動してきていた。情報の集約や指示は領府の方が便利だし、身動きが取りやすい。
さらに治癒魔法士の老婆は領府の貧民街に自宅がある。エドワードの治療に必要な薬品などはこちらに保管していると言っていた。
魔法使いでありながら、魔法の力だけに頼らない姿勢は、信頼に値するとカルロスは思っている。見かけは非常に怪しい老婆だが、治癒魔法士としての腕は確かだ。ブレイカーがなだめすかして戦に連れていっただけのことはある。
今も毎日エドワードに様々な種類の治癒魔法をかけに来ている。命を取りとめたので、次は体の損傷を治す段階に入ったという。体内の火傷と右足の損傷が重いため、治療には時間がかかると言っていた。
老婆の様子を窺っていると、お気に入りのエドワードには必要ないくらいあちこちべたべたと触りまくり、治療が終わればブレイカー私兵団に混じって賭け付きのカードゲームに興じ、勝った金で大酒を飲みゲハゲハと笑っている。わざと治療を引き延ばしてるんじゃないかと疑いたくなってきていた。
先週までエドワードは、寝ている時間の方が多い介護が必要なおじいちゃんみたいなものだった。杖や手すりを使えば歩けるものの、長距離の移動は困難だ。座らせればいつの間にか寝ているし、注意が散漫になることが多い。
ハンコを押すくらいやらせようかと分厚い書類を持参したが、やはり周囲が止めてきた。こんな時くらい仕事から離してやれと口うるさく言う。全く、甘やかしたものである。
カルロスはエドワードのいる貴賓室を訪れた。重厚にできたドアをノックをして入ると、広い執務室がある。やたらと書類や資料が山積みになっているのは、カルロスの仕業である。体力が回復したら書類の山にエドワードを突っ込ませる気満々であった。
カルロスは書類だらけの無人の執務室を見渡して、ベッドルームをノックした。影のようについてきた人物に、目配せをしておく。
すぐにマシューが顔を見せた。マシューはナプルの戦いから、非常にガラが悪くなっている。黙ってカルロスを部屋に招き入れると、ドアを足で蹴り閉ざした。お行儀という概念をナプルの火災で燃やし尽くしたらしい。
ベッドルームにいるエドワードは食事の最中であった。ベッドに半身を起こしたまま、小ぶりな椀とスプーンを持っていた。まだ少量しか摂取できないので、一日五食与えられているのだ。内容はほぼ離乳食に近い。
「調子はどうですか、エディ」
「……肉が食いたい」
「元気そうですね」
「んなわけねえだろ。全身だるいし痺れはあるし、右足なんて動かせねえしちょっと刺激すると激痛だし」
「文句を言う元気が出てきてよかったです」
穏やかに微笑むと、エドワードはシラケたように目を逸らした。不貞腐れたように残りの離乳食をかきこんだ。
助け出されたエドワードは、全身の打撲と火傷、複数の切創・擦過傷に加え、右足がほぼ潰されていた。発見された時は死んだと思われたほどだ。
奇跡的に生き延びたのは、刺客の体がエドワードの腹に覆い被さっていたため、内蔵の損傷が少なかったからだ。さらにマシューの心臓マッサージと迅速な治癒魔法の効果がなければ、エドワードは確実に死んでいた。今現在文句を言いながら自ら食事を取っているエドワードは、やはり類まれなる幸運の持ち主なのである。
その奇跡のエドワードの機嫌はすこぶる悪かった。熱でぼんやりしている間はまだよかった。意識がはっきりし始めると、余計なことを考え始めたようだ。さらに思うように動かせない体、というのもある。
不機嫌なエドワードは、食事の膳を下げられ口を拭かれ水と薬を飲ませてもらい薄いガウンを羽織らせてもらって髪を梳かれている。
すべてマシューの仕事である。
マシューはエドワードが救出されてからずっと、エドワードの傍を離れたがらない。エドワードの世話をしに来た侍女を追い出して、侍女の仕事までしている。
意識が朦朧としていたエドワードに、「口開けろボケェ」と言いながらせっせとパン粥を食べさせていた姿は、『金髪の小悪魔』という国の英雄を崇めている兵士たちにはとても見せられなかった。
この人もまた困った人なんですよねえ。と、自分のことは丁寧に荷造りしてまるごと棚の上に放り投げ、カルロスはマシューに顔を向けた。
「マシュー、マフマクン伯爵が今回の戦いでの論功行賞を相談したいので、執務室まで来て欲しい、とおっしゃってましたが」
「行かない」
「あなた、エディに次ぐ戦の責任者でしょうが」
「やだ」
「これが終わらないと、いつまでもこの戦いは終わりませんよ」
「知らねえ」
ガラが悪い上に、子供化している。
マシューはエドワードの手を持ってカルロスに向けて払った。しっしっ、と口に出して言っている。そのままエドワードの腕を胸に抱え込んだ。さらにこてんと金髪をエドワードに預けている。
その一部始終を見ていたカルロスに、「ジロジロ見てんじゃねえ、ぶっ飛ばすぞ」と毒づいてきた。
されるがままのエドワードも呆れているが、諦めてもいた。マシューの何度目かの幼児返りだ。しかも原因は自分にある。
マシューは極端に、依存型の人間なのである。
エドワードとエドワードの母ソーラに依存して生きている。精神状態が乱れると、べったりくっついて離れなくなる。無理矢理引き剥がそうとすれば、暴れる。暴れるマシューを取り押さえられる人間はそういない。
エドワードが瓦礫から助け出された時のマシューは、半狂乱であった。泣き叫ぶマシューを数人がかりで取り押さえようとして、怪我人が出た。
「戦いが終わらないと、エドワード王子の治療ができません!」というカリンの悲痛な叫びで、マシューは唐突に我に返った。そこから猛烈に働き出した。
マシューはすぐにナプルの町の状況と、戦の状況を把握して、次の一手を模索した。
ナプルの町はブラッドの開けた大穴のお陰で、死傷者は少なく済んでいた。逃げ出した町民たちを穴の奥へ誘導したのだ。
一般人の安全を確保した上で消火活動を行ったため、町は全焼を免れた。
ナプルの大穴は、他にも利点を生み出していた。
穴を掘れば土砂が出る。ブラッドは山に穴を開けた際に出た土砂を、何も考えずにその辺にポイ捨てしたのだ。ちょうどナプルの町の南側、蛇行する川の上だった。川はナプルの町の脇をS字を描くように蛇行して流れている。土砂はS字の上部を塞ぐ形で捨てられていた。
――ちょうど、ダムが水をせき止めるように。
それを確認したマシューは、一度エドワード軍を城壁内へ撤退させた。数日かけて徹底的に土木工事を行った。
ミケントン軍はそれに気付かずナプルの町の城壁へ迫った。火矢を打ち込み、拙い魔法を放ちながら、城門を破る作戦を展開する。
状況が変わったのは突然だった。
攻勢を強めて、ナプルの町を陥とそうとするミケントン軍を襲ったのは、せき止められた大量の水だった。マシューはブラッドが偶然作った簡易ダムを補強し、存分に水を溜め込んだ後で、その土砂を崩して崩壊させたのだ。
水は高いところから低い所へ、勢いよく移動する。膨大な質量を持って。
ナプルの城門を攻めていたミケントン軍の一部は、崩壊したダムのすさまじい水圧を受け、押し流された。濁流に飲み込まれる人を目の当たりにした兵士たちは動揺した。後背の兵士たちが泡を食って逃げ惑う。
マシューは、混乱したミケントン軍に北門からエドワード軍をけしかけ、強襲をかけた。ミケントン軍は迎撃できる余裕を持たなかった。
ミケントン領主代理とオーサ領兵団団長が捕らえられ、スファルト王国旗と共にマシューとブレイカーの前に引き出されたのは、この直後のことだった。この戦いの首謀者を捕らえることで、ナプルの戦いはようやく終結した。
そのタイミングで、マシューもぶっ倒れた。
過労である。
数日間寝ずに状況を分析し軍の指揮をとり、ダムを補強し崩壊させる現場にも参加し、先陣を切ってミケントン軍を蹴散らしに行った男の、体力の限界であった。化け物じみた男の限界を眺めて、ブレイカーはこいつもちゃんと人間だったと、しみじみと思ったという。
カルロスは、ミケントン領主代理とオーサ公爵の罪と責任については、国に一任することに決めた。サミュエル王太子についてもだ。
ここまで事が大きくなれば国も黙っていられない。ニセ金の件も公になった。ニセ金が国外に流出などしていたら、国際問題すら引き起こしかねない事態だ。さすがに徹底的に調査するだろう。
マフマクン伯爵が世論を煽ったことも大きかった。地方の貴族からオーサ公爵の罪を明らかにするよう、いくつも国へ要請が入ってきていたのだ。国の信用も関わってきているのだ。どう対応するのか、見物である。
カルロスは他人事ながら、追い詰められたスファルト王国の困難な状況を見つめていた。巻き返すだけの方法が見当たらないまま、彼らはどう動くのであろうか。
もしかしてなんだけど、カルロスって割と悪魔に近い?穏やかな悪魔。怖ぇ……。




