天使さま、聞いて
ラヴィリアは開けていた窓を少し細めて、部屋に入る風の通りを調整した。さらさらと揺れていたチョコレート色の髪の動きがはらりと止まった。
指を伸ばしてエドワードの額に触れると、やはり微熱がでているようだった。微熱程度なら無理に下げんでいい、と闇の治癒魔法士が言っていたのでそのままにしているが、本当は氷枕でもあててやりたい。
辛くないかな、と手のひらでエドワードの額を覆う。素顔のエドワードはただこんこんと眠っているように見えた。まばらに無精ひげが伸びてきていて、エドワードが生きていると実感できる。
ラヴィリアはひげをちょんと触ってみた。やっぱりチョコレート色なんだな、とほんのりと笑みを浮かべた。
ここまでくるのも、大変だったのだ。
瓦礫からエドワードが救出された時、エドワードの心臓は止まっていた。マシューが絡みついていた刺客の体を引き剥がし、地面に寝かせたエドワードの心臓をグイグイ押しながら「目ぇ覚ませ、エディ!」と怒鳴っているのを、ラヴィリアは遠くなりかけた意識のまま聞いていた。
ラヴィリアを介抱してくれたのは、エドワードが埋もれた瓦礫を懸命にどかそうとしていた少年兵だ。泣きながらラヴィリアに、申し訳ありませんと何度も詫びていた。
後で聞いたら、エドワードの護衛を務めていた騎士だという。しかも女の子だというのだが……目が覚めたエドワードに色々と聞くしかない。
その後得体の知れない汚めな老婆が、ブレイカー私兵団に担がれてやって来た。老婆が怪しげな紙を取り出してエドワードの体の上にかざすと、綺麗な魔法陣が現れた。
ナプルの町を襲った奇っ怪な魔法陣ではなく、完成された美しさを感じる魔法陣だった。その魔法陣が華やかな光を放ちエドワードを覆うと、光がエドワードに溶け込んでいった。
そこでようやく、エドワードの心臓が動きだしたのだった。
エドワードの意識が戻らないまま二日が経っていた。水分しかとれていないエドワードはうっすら頬がこけていた。闇の治癒魔法士を名乗る老婆は、「こんだけダメージ受けた体では、わしの魔法は死なせねえとこまでしか治癒できん。このまま意識戻らなければ死んじまうからね」と言っていた。
昼夜問わず交代でエドワードの看病を行っているが、エドワードの意識はまだ戻らない。
無反応なエドワードを一度眺めてから、ラヴィリアはエドワードの耳に口を寄せた。もう何度もやっているが、全く反応は無い。それでも、語りかけずにはいられなかった。
「エディ、わたくしです。ラヴィリアです」
「……」
「エディとお話ししたいのです。いろんなことがたくさんあって」
「……」
「エディのお話も聞きたいです。あなたの口から聞きたいの」
「……」
「……エディ、あのね」
無反応なのは知っている。それでもエドワードと話したい。
ラヴィリアは根気よく話しかけた。
政治的には関係の無いことを選んで、なるべく明るい話をした。
センラクの町のボロボロだった工場のこと。
工場に託児所を作ったら、子供たちが可愛くて入り浸ってしまったこと。
センラクの町の名物料理が、豪快でとっても美味しいこと。
お魚料理ができるようになったので、冷蔵庫の魔道具を買ってもいいかという、ちょっと現実的な相談。
とりとめなく話していて、ふとエドワードの顔を見ると、エドワードの目がぽっかりと開いているのに気付いた。チョコレート色の目が、いつの間にかラヴィリアを見つめていた。
ラヴィリアは息を詰めた。
エディの目が、開いてる……。
「…………天使、さま?」
エドワードの掠れた声がした。
久しぶりに出した声が、喉に詰まっているようだった。急にエドワードが咳き込んだので、ラヴィリアは慌てて病人用の水差しをエドワードの口元に当てた。ゆっくりと水を飲ませてやる。
水を嚥下して、エドワードはじっとラヴィリアを見つめた。無言のままラヴィリアの顔を見つめ続けた。隅々までラヴィリアを確かめているようだった。
「……やっぱり、天使さまだ」
「エディ……」
「天使さまがいるってことは、俺はついに死んだんだな」
「エディ、違う……」
「ラヴィに激似の、天使さまが迎えに来た」
ふにゃっと笑ったエドワードが幸せそうで、ラヴィリアは息が詰まった。わたくしだと、気づいていない。天使だと思ってる……?
エドワードの両手が毛布の中からラヴィリアに向けて伸ばされた。そのままラヴィリアを抱きしめる。ラヴィリアの肩までの髪を何度も撫でた。
弾みで水差しが、かしゃんと落ちた。
「髪が長ければ、本物のラヴィみたいだ」
「……」
「俺、会いたかったんだよ。ラヴィに会えなくなってから、ずっと」
「エディ……」
「……天使さま、聞いて。
俺、ラヴィのこと、好きみたい」
「……!」
ラヴィリアはエドワードの腕の中で、エドワードの告白を聞いた。虚ろげな口調は、半分夢の中だからだろう。エドワードは夢の中で、天使にむけて告白をしている……
「ラヴィのことばっか考えてた。ラヴィの顔ばっかり浮かんできた。
それってもう惚れてるって、決まりでいいよね」
「エディ……わたくしも」
「ラヴィが好きだって、やっと気づいたんだ。ラヴィにも伝えたいんだけど」
エドワードはそこで言葉を切った。
ラヴィリアの髪を撫でる手が止まった。
「……でもね、最後に見たんだ。ラヴィが悪魔とキスしてるとこ」
「あ……!」
ラヴィリアはブラッドに唇を許可した瞬間を思い出した。
あの時は、必死だった。必死で考えた取引だった。
逃げ惑う人を避難させる場所を作るために。
だけど、ブラッドも言っていた。王子が見てる――
エドワードはほんのりと達観した顔で微笑んでいた。
「あの二人、美形同士だからお似合いだよね。これは安心して死ねって、ことかな」
「違う、エディ!」
「もういいや。多分俺はやりつくしたから。天使さま、どこにでも、連れていって……」
エドワードは語りながら、そのまま眠りに落ちた。
青ざめたラヴィリアを抱きしめたまま。
物音を聞きつけて駆けつけたブレイカーは、幸せそうにラヴィリアを抱きしめたまま眠るエドワードと、幸せそうでは無い青い顔をひきつらせたラヴィリアを目撃することになった。
ためらいながらも、どういうことか説明を求めたのは、致し方ないことだった。
ちゃんと起きて、エディ!!!




