見守る責任
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エドワード軍対、ミケントン・見習い兵士軍の戦いが始まっていた。
一方的に蹂躙しているのはエドワード軍の方だった。
先鋒に据えたジュード隊が切り裂くようにミケントン軍を蹴散らしていく。昨日の失態を挽回しようという気持ちもあるだろうが、ジュードは元々が力技で勝ち抜くタイプの指揮官なのだろう。調子に乗らせたら止めることは困難な部隊だった。
その後ろをじわりと追い詰めていく戦列。エドワード軍は数では劣性のはずだが、そうは思えないほど厚みを持ってミケントン軍を押している。
エドワードは城壁からその様子を眺めていた。身の安全を計るためにナプルの町に置いてけぼりにされたのだ。マシューの指示である。
エドワードの背後には、護衛としてカリンだけ付き従っている。実はこれも一悶着あった。マシュー自身が残ると、つい先程までゴネていたのだ。
軍の作戦指示に最も適した男が、戦いの現場から離れているわけにはいかないだろう。周囲の説得でしぶしぶカリンにエドワードの護衛役を譲ったが、マシューはずっとエドワードに言い聞かせていた。もっさり金髪をエドワードにギリギリまで寄せて、ひたすらくどくど言い募っていた。
曰く、町から一歩も出るな姿を晒すな一言もしゃべるな気配を消せできれば息も止めてしまえ。
息止めたら死んじゃうじゃん、と思ったがエドワードはなるべく神妙に見えるように頷いていた。ここでさらにマシューにゴネられると、戦いの火ぶたはいつまでも切って落とされない。身動き取れないエドワード軍が、わたわたうろうろしてしまう。
好戦的というわけではないが、さっさとこの戦いを終わらせたいエドワードだ。マシューには速やかに最前線に立ち、速やかに勝ってきて欲しい。
わかったわかったと、とにかくうんうん頷き続け、マシューを送り出した後、エドワードはすぐさま城壁へ上がった。マシューの言うことなんて始めから聞く気がない。お山の大将とはいえ、エドワードがこの戦いの責任者だ。見守らないでどうする。
カリンは戸惑っていたが、気持ちは分かってくれたのだろう。何も言わずに付いてきてくれた。
城壁の上から二人で、眼前に広がる戦局を見守っていた。
「勝てそう、ですね」
「ああ。ジュード隊は凄いな。まだ勢いが止まらない」
「……猪突猛進なんです。上手く手網を取ってやらないと、手酷く失敗する」
「あれだけポテンシャルを維持できる将は貴重だよ。マシューも使ってて楽だろうな」
「『失敗したら捨て駒にすんぞ』と、ジュードを脅している金髪の小悪魔を見ました……」
「わあ、殺伐としてそう。俺いなくてよかった」
あの二人仲はよくないもんな、とエドワードは苦笑した。
なぜこんなに穏やかでいられるのだろう。
カリンはチョコレート色の髪を見上げた。普段と変わらないエドワードの横顔があった。
カリンは実戦の経験が少ない。今回のように軍隊同士が戦う現場は初めてだ。
目の前で戦っている兵士たちのうち、どれほどが無傷で帰還できるのだろうと思う。それは相手の兵士も同様だ。怪我なく家へ帰れる者はいるだろうか。
多少の怪我があってもいい。……死んでしまっては帰れないのだから。
昨日ジュードが命令を無視してミケントン軍を追った時、ミケントンの援軍から弓矢による一斉射撃を受け、三人が犠牲となった。
カリンとよく話していた兵士もいた。
軍隊による戦いで人は本当に死んでしまう、と実感したのはこの時だ。
今も兵士たちは戦っている。すでに帰れない兵士も出ているのだろう。それを思うと、先程から手が震えて仕方がない。
「カリン、下がってていいよ」
エドワードが穏やかな口調でカリンに命じた。目は戦闘に注がれたままだった。
「俺に付き合って、戦いの現場を見る必要は無い」
「そうはいきません、王子。
私はあなたの護衛です。あなたをお護りするために、お傍におります」
「職種としては慣れていかなければいけないだろうが、今すぐにというのは難しい。見てて平気なわけないだろ、これは人同士の殺し合いだ」
「エドワード王子……」
「人が死んでるんだ。震えるのは当然だ」
私が震えていることがバレていた。
カリンは拳を握った。自分は騎士としてここにいるというのに。一人の戦士として情けない。
護衛対象のエドワードは平常通りで落ち着いている。
慣れているのだ。
戦うこと、人が傷つくこと、人が死ぬこと。すでに何度も経験している。
その過去がどれほど壮絶だったのか、想像もつかなかった。
「エドワード王子も、かつては震えることがあったのですか……?」
「初陣なんてブルブルだっての。役立たずは下がってろってブレイカーに蹴り倒されて、そのまま脳震盪起こして、起きたら戦いは終わってた」
「ブレイカー隊長なら、やりそう」
「今と変わんねえだろ? 俺にだって容赦ないから。
……で、起きたらすべてが終わっててさ。顔見知りが、何人も死んでた」
エドワードは目の前の戦いを真っ直ぐに見つめていた。過去の戦いも脳裏には浮かんでいるのかもしれない。
それでも静かな目で、じっと戦局を眺めていた。
「俺が連れてきたせいで、この人たちの命を奪ってしまっだんだなって。命をかけてくれていたこの人たちの戦いを、俺は見ないまま死なせてしまったんだなって」
「王子……」
「せめて目の前で戦っている人達は見届けようと思った。これは俺の責任。
マシューの立場からするとふざけんなって言われるけど。俺が死んだら全てが終わるから」
「……私もそう思います。エドワード王子は死んではいけません」
「カリンもマシューみたいになんの? やだなあ」
「あなたがいない世界に、価値は無いです!あなたがいなければ、私はどうしていいか……!」
カリンは本音がもれてしまった口を閉ざした。自分の気持ちばかり先走って嫌になる。懸命に次の言葉を探した。
「……みんな、そう思ってます」
「王子の俺に期待してくれてんだよね。責任重大。
大丈夫、今までも逃げきれてきたから」
城壁に上がって、初めてエドワードはカリンに微笑みかけた。アイドル王子の優しい笑顔が、カリンの目に染みる。ここでくれる微笑みは確実に心を抉った。叶わない恋に決定打を打ちたくなる。好き、と言葉にしたくなる。
どうしてこんな戦場で、こんな殺伐とした空間で、微笑むことができるのか。全てはカリンを安心させるためだ。またエドワードの優しさがカリンを守ろうとしてくれている。
わかりやすくきゅんと鳴る胸を静めて、カリンは自戒した。エドワード王子の優しさに包まれたい気持ちは、今すぐ蓋をする。甘えを許されるような立場に、カリンはいない。
私はエドワード王子の護衛だ。王子を護るための騎士だ。
カリンは立位で、エドワードに正式な礼をした。
「必ず、御身をお護りします」
「カリン? 急に、どうした?」
「決意を新たに致しました。私はあなたを、お護りするためにここにいます」
「わかってるって。頼りにしてるよ」
「だから、今からでも安全な場所へ参りましょう。ここは危険です。
できれば姿を見せず一言も発せず気配を殺して息も止めるように」
「うわ、カリンがマシュー化した。すごくやだ」
戦いは見届けるんだってば、と我儘を通そうとした時だ。
エドワードがふと空を見上げた。
カリンに向けていた表情が一変した。驚いたように上空を見渡し、チョコレート色の瞳を見開いた。
何事かと振り返ろうとしたカリンの手を取って、エドワードは走り始めた。
ナプルの町の、中心地へ。
つんのめりそうになりながらも体勢を整えて、カリンはエドワードに叫んだ。
「何事ですか、エドワード王子!」
「空を見ろ」
カリンは走りながら上空を見上げた。
いくつもの円形の模様が空に浮かんでいた。見慣れない複雑な模様。大きさはまちまちだが、数だけはたくさんある。
ナプルの空を埋めつくしたのは、見慣れない魔法陣だった。




