エドワードのやりたいこと
エドワードは城壁の歩哨に立って、遠くに見える見習い兵士たちの起こす野営の光を見ていた。日の落ちた平原で篝火がいくつかたかれ、焚き火がぽつんぽつんと見えていた。焚き火の周りには、味気のない携帯食を齧っている見習い兵士たちがいるのだろう。
明日には全面攻勢をして、見習い兵士を含んだミケントン軍を蹴散らすことが決まった。国営軍ではない彼らは烏合の衆でしかない。だが数だけはいる。
マシューは各部隊の隊長と、細かい打ち合わせをしに行っている。大まかな戦略を元に想定できる戦術を共有しているのだそうだ。
ここまでくるとエドワードは何も口を出せない。お飾りの大将は黙って、稀代の戦上手マシューの言いなりになるだけだ。
ふいにこちらに近づく足音が聞こえた。振り向くとブレイカーである。ブレイカーも打ち合わせに参加していたはずだが。
「どうした?」
「マシューがお前んとこにいろってよ。あいつはお前の護衛のことになると、妙にうるさいな」
「狙われた回数で言うと、手足の指の数じゃ足りないからね。信頼出来て腕が立つって言ったら、ここにはブレイカーしかいないから」
「ありがてえなあ、まったく。カリンやジュードは、まだ信用できないってか」
「マシューはあれで人見知りだし。信頼を得るには時間がかかる」
「見た目はぼーっとしてるようにしか見えんがな。
そのマシューからな、『エディがまた余計なこと考えてるかもだから、一発どついきて』と言われてきたんだが」
のんびりした口調ながらも、鋭い視線がエドワードに突き刺さっている。マシューの伝言がさらに刺さる。
マシューの渋い顔を思い出して、エドワードは脱力して歩哨にもたれた。
敏い人間ばかりがいて、ゆっくり落ち込んでいるヒマもない。なんだもうバレたのかよ、とここにいないマシューを恨んだ。
エドワードは遠くの焚き火の明かりを、ぼんやり眺めた。
「……サミュエルがさ、オーサに加担してるじゃん」
「そんなもん、ずっと前からじゃねえか」
「そうなんだけどね。別に義兄に対する情なんて持ってないし、どちらかというと面倒臭い相手だから近寄りたくもないんだけど」
「そうだろうな」
「今回、サミュエルがオーサの要望に応えたのは、ニセ金絡みで弱みを握られてたから、だけじゃないと思う。たぶんもっと直接的で」
「……ああ、そういうことか。ひっかかったのは、そこか」
ブレイカーはエドワードのチョコレート色の髪をわしわしと撫でた。出会った頃の、まだ十歳にも満たない頃のエドワードに、よくやっていたように。
子供のように頭を撫でられたエドワードは、歩哨の縁に置いた自分の腕に額を乗せた。別に隠す必要も無いが、情けない顔を見られるのはバツが悪かった。
「カリンもいたから言わなかったけど。生々しくて女の子には聞かせられないかなって」
「ああ」
「きっとサミュエルはオーサに、『今がエドワード王子を殺せる最大のチャンス』って唆されたんだな。俺を殺せる絶好の機会を、王太子が逃すはずない。今度こそ殺してやると息巻いて、オーサに許可を出したんだ。そう確信して」
「そうだな……」
「サミュエルは割と冷静な人なんだ。激情に駆られるのは、俺が絡んだ時だけだ。
俺にだけはむき出しの悪意をぶつけてくる。本気で殺しにくる」
「もういい、オージ」
「俺の方からサミュエルに、何もしたことない。俺はただ、そこにいるだけなんだよ」
ブレイカーはエドワードの頭を片手で抱いた。ぽんぽんとあやすように叩いてやる。
やるせない思いしかない。誰にもどうにもしてやることができない。こいつはどうして、ここだけは割り切れないんだと、側にいて歯がゆく思う。おそらくマシューはもっと歯がゆい思いを抱えてる。
ブレイカーの腕の中で、エドワードの微かな声が漏れた。
「なんで俺、殺したいほど嫌われるんだろ」
長い沈黙がおりていた。
ブレイカーはエドワードの頭をぽんと叩くと、腕を離した。
エドワードも顔を上げた。もう情けない顔は晒していない。
ブレイカーはエドワードと並んで、歩哨の縁にもたれた。敵方の焚き火の明かりに目をやって、お互いには目も合わせない。
一応言っておく、と前置きをした。
「嫌われない人間なんて、この世にいないからな」
「……ブレイカーは一部の人間にめちゃくちゃ嫌われてるもんね」
「女を取られたと勘違いした男にはとことん嫌われてるなあ。男の魅力の差だっての」
「あ、そー」
「気をつけねえと、オージ。姫さんが俺に惚れたらどうすんだ」
「それはない」
きっぱり断言するエドワードをブレイカーはしげしげと見直した。随分と自信があるものだ。
「ラヴィはものすごく変わってるから、いわゆるいい男には、絶対なびかない」
「……言ってて虚しくないか」
「うるさい。俺だってなんで俺なのかサッパリ分かんねえんだ」
「確かに物好きではあるな」
「だろ。アイドル王子だったらまだ分かる気がするけど、アイドル化すると敬遠されんだぞ。どこがラヴィのツボなのか、ツボの所在が不明なんだから」
「何にせよ、あの美貌だ。ちゃんと囲っておかないと攫われるぞ」
あーそういう問題もあったな、とエドワードは片肘で頬杖をついた。
そういう問題? とブレイカーはエドワードに尋ねた。話してなかっただろうか。
「サミュエルがラヴィを襲った件は話してなかったか」
「知らねえな。カルロスからも聞いてねえ」
「婚約式の晩だ。おそらくラヴィに一目惚れしたサミュエルが、ラヴィをバルコニーに閉じ込めたんだ」
「おい、姫さんて、やっかいな病を持ってたよな」
「サミュエルはゴリゴリの王族だからさ、『王族接触拒絶症』発症して大変だったんだから。
……あの時は間に合ったけど、サミュエルがラヴィを諦めたとは思えないな」
エドワードは、サミュエル王太子の姿を思い出していた。くすんだ茶色の髪の下の暗い光を湛えた瞳は、いつもエドワードに対する憎悪に染まっていた。
バルコニーでの出来事は、サミュエルがラヴィリアに一目惚れしたからだと思っていた。
しかし、考えてみればエドワードのものを奪いたいという衝動が、なかったとは思えない。エドワードに転がり込んだ美しい宝を、羨望の眼差しで見ているだけ。そんなことにサミュエルが耐えられるとは考えられなかった。
横取りしたい、奪い取ってやりたいと考えるのは、必然のことのように思えた。
エドワードの婚約者である限り、ラヴィリアはサミュエルに狙われ続けるとしたら……
「……ちゃんと守ってやれよ、オージ」
「……」
「お前が負けたら、姫さんがどうなるか、想像つくだろ。サミュエル王太子から姫さんを寄越せって命令がきたら、俺たちでは逆らえねえ」
「……」
「姫さんをちゃんと守ってやれんのは、婚約者で王子である、お前だけだ」
静かなブレイカーの言葉が、沁みた。
エドワードの中で明確な炎が生まれた気がした。小さな炎はあっという間に燃え上がった。燃え上がるだけの土台がエドワードの中にあったのだ。
想像したくないことを、あえて想像してみた。
ラヴィリアがサミュエルの手に落ちる。
サミュエルの手で奪われる。
ラヴィリアが、サミュエルの手で暴かれる。
嫌だな。
絶対に、嫌だ。
エドワードは目を閉じた。
自分がやりたい事がわかった気がした。
おそらく、途方もない事だ。
だけど、そうしたいと、思ってしまった。
守りたい者を守るためには、自分に力を付けなくてはダメだ。王族が相手なら、その王族以上の力を蓄えるしかない。有無を言わせぬ実力を見せつけるしかない。
キースとブレイカーに、自分がやりたいことを言え、と言われていた。何をしたいか分からなかった自分が、やりたいことを見つけてしまった。
これが答えになるだろうか。
「ブレイカー、俺さ。
サミュエルにラヴィ取られるの、だいぶ嫌なんだ」
「……ふうん?」
「もう、ホントにやだ。絶対やだ。マジで無理」
「おーおー」
「でも、ラヴィが俺の婚約者で、俺が王位継承権第四位を持っている限り、サミュエルはずっとラヴィを狙い続けると思う」
「まあ、そうだろうな」
「だからさ……滅ぼしちゃおっかな」
「……………あ?」
「滅ぼしちゃおっかな」
ブレイカーはエドワードを直視した。大それた事を口走った男の顔とは思えなかった。
いつも通り、なんだか困ってるんだよね、といった風情のエドワードがいた。
唐突にブレイカーは笑いだした。その太い笑い声は、周囲をぎょっとさせ注目させた。それでもブレイカーは笑い続けた。涙が流れるほど、笑った。
「お、おい、ブレイカー……?」
「……はは、はははっ!
………はあ。ああそうか、おもしれえ!」
「そんな、笑うようなこと?」
「当たり前だ。笑わずにいられるか。
お前がしたいこと、ってのは、それでいいんだな?」
「お、おお」
「俺もキースも、どんだけ待ってたと思うんだ。もっとかかると踏んでたんだ。全部無駄になるかと思ったぜ」
「待ってた……?」
「姫さんの存在はすげえなあ。
マシューとカルロスにも、それすぐに言えよ。カルロスなんか、光の速さで動き出すぞ」
「どゆこと?」
ブレイカーはいつものようにニヤリと笑った。
いつもと違うのは、目尻に涙が溜まっていたこと。ブレイカーの涙なんか初めて見て、エドワードは戸惑った。
ブレイカーはエドワードの肩を叩いた。強すぎてエドワードがよろける程だったが、ブレイカーは心底楽しそうだった。
「そうだな。滅ぼしてやろうぜ、大将」
滅ぼしちゃおっかな、と言わせたかったのです。エディっぽくていいなと。
70話までかかっちゃったね!




