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エドワードです、きらん

やっと王子のお出まし

集めた情報を元に思索に耽っていたラヴィリアの体が、ガクンと揺れた。馬車が突然止まったのだ。前方からざわざわとした気配が伝わってくる。

何事かとカナメと目を見交わしていると、馬車の窓が軽くノックされた。カナメが開けるとブラッドが顔を覗かせていた。


「ラヴィ、エドワード王子が迎えに来てる。どうする?」

「エドワード王子が! ラヴィリア様を王子自らがお出迎えにいらしたのですか! さすがは、弁えてらっしゃいますね」

「カナメ、なんだかはしゃいでる気配あるけど、普通にエドワード王子のファン?」

「何をおっしゃいます、ラヴィリア様。ラヴィリア様の婚約者様ですもの。お褒めするのは当然で」

「本当に?」

「……あの絵姿の王子様のご尊顔を直に見れるなんてマリ王国では考えられませんでした!どんな素敵な方なんでしょう。しかも礼節までわきまえておいででいきなり好感度爆上がりですわ! しかも侍女の特権とはいえ生で間近でお会い出来るなんてもう女子としては」

「あー、はい、うん。もういいわ」


思いの外ミーハーなのね、カナメ。

ラヴィリアはため息をついて、ブラッドにお会いしますと告げた。鼻で笑って了承するブラッドが腹立たしい。ブラッドのあの顔はラヴィリアもカナメと同類とか思っているんだろう。違うから。

別に挨拶なんてしたくない。できれば放っておいてほしかった。


……お会いするのは婚約者としてのお仕事ですから!

と言ってもやっぱり鼻を鳴らしたブラッドに笑われるんだろう。




馬車の扉が開けられた。急に差し込む光にほんの少し目をすがめて、ラヴィリアは表を見た。

三名の男性が馬車の傍で控えている。見慣れないスファルト王国の鎧を身につけた男性が一名と文官らしい装束の一名。鎧の男性は小柄な金髪で、前髪に隠れて顔は見えない。文官の男性は亜麻色の短髪で穏やかそうな風貌だ。先頭の男性の鎧は純白で金の装飾が施されている。高そうな鎧だしこの方が、とラヴィリアは見当をつけた。白い鎧を身につけたチョコレート色の頭がラヴィリアを振り仰ぎ、にこやかに微笑んだ。


そこだけが強い光を当てたかのように輝く人物だった。陽の光よりキラキラの濃いオーラが飛び出してきている。惜しげも無く自分の魅力を放ちその場を圧倒する力強い個性。

説明も紹介も不要だ。これだけのものを見せつけられればその人が誰かすぐに分かる。


(この方が、エドワード王子)


事前情報がなければその圧倒的なオーラに飲み込まれたかもしれない。だが、ラヴィリアとてマリ王国の姫君である。そう簡単に飲まれる訳には行かないのだ。


ラヴィリアは馬車の段差を降りる階段を、カナメの手を借りながらゆっくりと降りた。王族接触拒絶症を覚悟しているせいか、体は汗ばんで気持ち悪い。それを顔に出さないよう口角を上げて静かな笑みを作った。


「……スファルト王国第二王子殿下、とお見受けいたします。ごきげんよう」

「ようこそスファルト王国へ、マリ王国王妹姫。

いかにも、わたしがスファルト王国第二王子のエドワード・オグ・ヴィヴィンにございます。エドワードとお呼びください」

「では、わたくしのこともラヴィリアとお呼びくださいませ。

さっそくですがエドワード王子、自らのお出迎えありがとうございます。そのようなご予定は伺っておりませんでしたが」

「わたしの伴侶となられる方がいらしたのです。落ち着いてなどいられませんよ、ラヴィリア姫。

何より、王都の誰よりも早く、わたしがあなたにお会いしたかった」


エドワード王子はラヴィリアに一歩近づいて煌めく笑顔を全開にした。きらんと音を立てて何かが光った気がした。女性に息を飲ませる強烈な何かが出ている。何かというのは美形による洗練された雰囲気……というよりは、身に迫ってくる圧である。ほぉら格好いいだろぉう?という高圧的な圧である。

ラヴィリアの背が低いせいもあるが、王子の背が高く見上げてしまう。圧が全面に押し出されて圧迫死しそうであった。


「ずっとラヴィリア姫をお待ち申し上げておりました。突然の非礼をお許しください」

「……いえ」

「ですが、非礼を承知でお迎えにあがった甲斐はありました。実際にお会いすると、噂に聞くよりずっと可憐で愛らしい」

「……お上手ですわ」

「あなたのような方を妃として迎え入れることが出来るわたしは、この国一番の幸せ者です。本当に美しい方ですね」


エドワード王子はラヴィリアのすぐそばまで歩み寄り、片膝をついた。

ラヴィリアはエドワード王子が近すぎてドギマギする。もちろん病の発症の恐れがあるためだ。

エドワード王子は白い手袋に包まれた手をそっと差し出した。挑戦的で甘く彩られた視線がラヴィリアを射抜く。


「……あなたのその美しい手に、ご挨拶させていただいても?」


ひゃあっと声にならない声を上げたのはカナメだ。

手に挨拶、つまり手にキスをしてよいかと尋ねられたのだ。自信に満ちた甘い瞳はただラヴィリアだけを見つめていた。

ラヴィリアはエドワード王子の熱い視線を受けて。

先程から、にこやかな笑顔を形作り非礼のないよう深窓の姫君を保ち続けずっと耐えて我慢して平常心を全面繕い続けていたのだが。

ついに。



ぞわわわわわわわわっっっっ。



全身の毛が逆立つのを自覚した。


無理だ! 王族接触拒絶症の前に、こんなに自信満々のきらきら王子様のお相手とか、田舎モンにできるわけがない!そもそも美しい手なんて持ってないし!

ラヴィリアの持つ手はちょっと前まで泥にまみれてキノコの採取したり罠にかかった小動物を捌いたり薪割りのために斧を振るう生活感溢れる手であって、王子に挨拶ちゅーされるような手ではない。というか、手なんて取られてキスなんかされたら、さっき食べたサンドイッチが胃液と共に王子とご対面してしまうじゃないか。もったいないっ。


これは早々にものすごくピンチを迎えてしまった気がするっっっ!!!


顔は平静を保ったまま背中を滝のような汗が流れているラヴィリアの前に、すっと黒い影が入り込んだ。ブラッドが明らかな作り笑いを浮かべながらラヴィリアとエドワード王子の間に入り込んでいた。黒い影の背中にラヴィリアは身を寄せた。ブラッドの背中は高く広くて王族オーラ避けに丁度いい。


「主は疲れている。早々に城で落ち着かせたいのだが」

「……報告にあった護衛の精霊殿か?」

「ふん」

「無礼をお許しください、エドワード王子。人の世に慣れておりません()()()()()()ですので」

「いえ、構いません。上位精霊と契約を結ぶ姫の能力こそ尊く貴重なもの。わたしも精霊を見るのは初めてですが、本当に見た目は人と変わらないのですね」

「ええ。本当に」


……実際は尻尾と羽と角ついてますけどね。

ラヴィリアは苦い笑いを噛み殺し、なるべく清純そうな微笑みを浮かべた。本音などバレてはいけない。

演技! 姫とは演技ができてなんぼですわ!


ラヴィリアは固まった笑顔のままエドワード王子を見つめた。何も言わないけど分かってくれるよねさっさと城まで案内してこの緊張感から解放してもう長く持たないんですけど。

目は口ほどに物を言ったのか単なるエドワード王子の気のまわしようなのか、エドワード王子はニコリと微笑んで頷いた。


「ラヴィリア姫はお疲れのようだ。護衛殿の言う通り早めに入城し一息ついていただこう。僭越ながらわたし共が城まで先導いたします」

「お心遣い、痛み入ります」

「わたしの伴侶となる方のためです。お安い御用ですよ」


エドワード王子は最後までにこやかに爽やかにラヴィリアに笑いかけ、近くに繋いであった馬の方へ歩み去った。ラヴィリアは早々に馬車の中へ避難する。ブラッドが、空気読んで間に入った我を褒めろ催促をしていたようだが、見なかったことにした。


……ここまで噂どおりの完璧超人王子様かよおおお、とラヴィリアは頭を抱えていた。少しだけ図々しく前乗りで会いに来て待ちわびていた事を存分にアピールしてしかも無理強いせずに爽やかに去っていくとか、演劇のシナリオのような美男な振る舞いだ。

やっぱり無理だ。そう遠くない未来にあの完璧超人王子の前で、わたくしは嘔吐するのね。


憧れのエドワード王子本人を目の前で拝めてきゃっきゃしているカナメとは対照的に、ラヴィリアはずずんと精神が落ち込む音を聞いていた。

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