三角関係
ひと息つこうぜ、の回。
いくつかの天幕を張った外れに木立があった。鬱蒼としているほどではなく、陽の光が差し込むくらいのまばらな木立である。
狭い天幕に篭っていると気が滅入ってしまうエドワードである。エドワード用の天幕は個人用としては大きいが、それでも息が詰まる。余計な事を考えそうだ。
エドワードはマシューに居場所を伝えて、木立の方へ向かうことにした。気晴らしの散歩にはちょうどいいのだ。
マシューは部隊の指揮官と戦術の細かい内容を話し合っていた。実戦経験もあるマシューは、なんやかんやで忙しい。実質司令官のような立ち位置になっている。
エドワードと話す機会も少なくなり、マシューは最近ピリピリしていた。ボヤく暇もないほど頻繁に呼び出されるのだ。
どこかでマシューの息抜きもさせてやらないとなあ、とぼんやり思いながら足は木立の方へ向かう。
夕方に向かう、陽の光に茜色が混ざってくるような時間帯だった。
ここに布陣している兵士の中で、のんびりと散歩できるような者はエドワードくらいだ。カルロスがいたら容赦なく仕事を振ってくるが、今はいない。ブレイカーの仕事の割り振りは自分の部下に託すことが多いので、エドワードは珍しく手が空いていた。
またとない待遇だが、時間の使い方が分からなかった。そのため、エドワードは兵士の雑談に混じったり、今のように散歩をしたりしていた。
エドワードは木立の間をのんびり歩いた。木漏れ日は明るく差し込み、下生えまで照らしている。ラヴィリアがいたら食べられる草とか見つけるんだろうが、エドワードにその知識は無い。今度教えて貰おうかと思ったが、そもそもエドワードは調理がほとんどできない。採取した食べれる草は、調理しなければただの草だ。
ラヴィがいないとダメだよなあと、ボヤボヤしながら歩いていると、ふいに人の声が聞こえてきた。
聞き覚えのある男女の声だ。
太めの木に身を隠して覗き込むと、カリンとジュードの二人である。思わず身を隠してしまったのは、二人が言い争いをしていたからだ。
「……は、よくない。きちんと真摯に向き合うべきよ」
「向き合ってるさ。意見が合わないだけだ。あの甘さは最終的に無駄死にを量産させる」
「だからといって、ジュードみたいに特攻して戦端を開けば、一般人がたくさん犠牲になるの。それはエドワード王子が一番避けたがっていることでしょう」
「多少の犠牲より、短期決戦が最良だ」
「あの方はそれを望んでいない」
………………俺の話じゃん。
嫌なタイミングで出会ってしまった。そして出るに出られなくなった。
エドワードは木に背中を預けると、自分も木の一部になりきる事にした。
俺は、木。何も聞いてない、何も感じない。ただここに立っているだけ。だから早くどっか行け。
「カリン、やけにエドワード王子の肩を持つよな」
「……何よ」
「いつも王子を目で追ってる。時々話す時、顔が紅潮してる」
「…………」
「惚れたのか。エドワード王子に」
「あなたには関係ないでしょ」
「……本当に、惚れたんだな」
……ちょっと待てー!!!
エドワードは片手で口を塞いだ。思わず叫ぶ所だった。
なんつった、今。誰が誰に惚れてるって?
マシューやブレイカーが前から言ってた、「「 にっっっぶ 」」とはこのことか!
カリンが、俺を好き?
カリンには素顔も晒して、アイドル王子じゃないことバラしてるのに。イケメンのフリした偽物だって知ってるくせに。
なんで俺?
思い当たるフシは……あれか。
大怪我した時に声をかけたから。
そんなん、典型的な吊り橋効果じゃん。命がヤバいから手近な異性に惚れるやつ!
カリン、正気を保て!
今は生きてる元気、もう大丈夫!
ジュードの蔑むような声音がした。
「剣に命を捧げた女。そう呼ばれたカリンがな。お前、意外とミーハーじゃないか」
「……そんなんじゃないわ」
「よりによって、アイドル王子か。顔と雰囲気だけで女を魅了する軽い男。そういうのが好みかよ」
「ちがう!全然違う!」
「カリンは人を見る目はあると思っていた。カリンが惚れる男はどんな男か興味があった。
それが、見かけだけの軽薄な女たらしが好きだとか。見損なったよ」
「エドワード王子はそういう人じゃない!」
バチン、と派手な音がした。
カリンがジュードを平手打ちしたのだと思った。
エドワードは必死で沈黙を守る。
カリン~、殴るほどのことか~?
世間では割と軽薄に売ってるよ、俺。
ジュードの意見は正しいよ?
カリンの激情した声が聞こえた。
「エドワード王子はっ。
……軽薄じゃないの。見た目が整ってるだけじゃないの!
すごく普通の人なの。すごく普通で真っ当な人が、自分を殺して自分を晒して生きてるのっ」
「……なんだ、それ」
「煌びやかなフリして、高圧的な態度取って、後で後悔して縮こまってる。無理して笑顔振りまいて、無理して王族らしく振舞って、自分と自分の周りの人を守ってるの」
「おい、どういうことだ?」
「エドワード王子は、エドワード王子を完璧に演じてる。
エドワード王子は、表面を見るだけでは測れない人なのよ。それがわからない人に、彼を語る資格はないわ」
……いたたまれない。ものすごく、いたたまれない。
エドワードは逃げ出したかった。
なんか、すっごく美化された自分を話されている気がする。
そんなんじゃないよ、俺。
生きるために仕方なくやってる結果だから。
そんなに深く考えてないって。
ジュードが思いの外冷静な声で、カリンに語りかけた。
「カリンは、エドワード王子のどこに惚れたんだ。言ってみろよ」
「……あなたにはわからないわ」
「いいから、聞かせろ」
「……誰も太刀打ちできないほど、優しいところ。誰にでも優しいけど、その優しさが自分を傷つけていることに、気づいていなくて。なんとかしてあげたい、と思う」
「優しい、か」
………いや、違うって。
ただ小心者なだけなんだって。
カリンのエドワード王子像は、計り知れないほど懐が深いらしい。
本当に、誰だそれ!
少なくとも俺じゃない。
「他にもたくさんある。見てるだけでどんどん好きが増える。
こんなに好きになるなんて、思わなかった」
「身分違いだ。その恋は実らない」
「知ってる。いっそ、アイドル王子に憧れる女の子みたいだったらよかったよ。ただ明るい王子様を思って、心を焦がすのならよかった。
それにね……」
唐突にカリンの言葉に涙が混じった。
湿った声がカリンの心を表していた。
「エドワード王子の心は、婚約者様でいっぱいなの。彼の心は婚約者様にしか向いてなくて、心の隙間に入り込むことすらできないの」
「カリン」
「私はもう、失恋しているの。でもエドワード王子が好きなの。止められないの」
「カリンっ」
「だって、こんなに好き! エドワード王子しか好きなれない!」
激しい衣擦れの音がした。誰かが誰かを抱きしめたような音だった。
激しそうなリップ音も聞こえた。
時々カリンの「ん、んんっ」という声がしていた。
長い沈黙が長い行為を示していた。
エドワードは両手で口を押さえたまま、棒立ちになっていた。いつまで続くかも分からず、目だけを動かして待つ。
……これは、ジュードがカリンにキスしてる、ってことでいいのかな?
ジュードって、カリンのこと好きだったのか?
俺にやたら突っかかってきたの、恋敵みたいに思ってたから?
いや、やめてくれよ……。
八つ当たりかよ……。
ジュードのせいで、俺すっげー悩んだんだけど。
ジュードの、いつもに比べると糖分強めな声がしてきた。
「カリン、俺がいる」
「…………」
「俺はお前に惚れている。ずっと前から」
「……ジュード」
「俺はこの恋を叶えたい。お前と全てを分かち合いたい」
「そんなの……」
「必ず、俺を選ばせてやる」
「ジュード」
「お前が惚れるような、男を見せてやる」
ジュードが立ち去る音がして、しばらくしてカリンの遠ざかる足音が聞こえた。
二人が立ち去ったのを確認して、エドワードは背中を預けていた木から顔を覗かせた。誰もいないことを確認して息を吐いた。
エラい現場に遭遇してしまった。
カリンが俺を好きで、ジュードがカリンを好き。俺はラヴィにベタ惚れで…………って、俺たちそういう関係なの?
あれ? 俺はそもそもラヴィにベタ惚れなのか。そうなのか? いつの間にそうなった?
ラヴィのこと好き、だけど。
俺、そんなに惚れてるの? ベタ惚れって何?
いつもラヴィのことばっかり浮かんでくるのは、すでにベタ惚れ?
エドワードは無意識に声を漏らした。
「え? おお?
おおおおおお?」
「すっげ、面白かった」
「マシュー!!?」
いつの間にかマシューがエドワードの隣で、カリンたちのいた空間を見ていた。にやーりと唇が歪んでいる。
気配を殺して近づくのはやめて欲しい。
「最高。いやあ、傑作」
「何がっ?!」
「激しくキスするジュードと抗えなくなって無抵抗なカリンの背後で、木にへばり付いて目を剥いてるエディ」
「マシュー!」
「ゆがんだ三角関係。錯綜するこじれた関係。うけけけっ。
当事者のエドワードくん、感想は?」
「知らんわ!」
「モテ期到来だな、エディ」
「マシュー、他人事だと思って」
「他人事だもん」
ブレイカーにも言っとこう、話盛ろう。とマシューは天幕に向かって歩き出した。足取りが軽い。ものすごく機嫌がよくなっている。
「話は盛るなよ!」と声をかけながら、エドワードは他人事だったらどんなにいいかと嘆息した。
シリアス展開書いてると……ぬああああっ!ってなるので。
私のモチベを上げる回でした。




