大義名分
「そこでさ、マフマクン伯爵に頼みがあるんだけど」
改まってエドワード王子はマフマクン伯爵に向き直った。ジャレていた幼い雰囲気を剥ぎ取って、随分と真摯な表情で切り出してきた。
「俺が王都からここに来た理由って、マフマクン伯爵の反乱を確かめるため、なんだよね」
「……そうですね。オーサ公爵からの依頼でしたね。
ですが、私が反乱する意図はなく、自衛による兵の展開であったと知れたわけですが」
「そう。俺、大義名分失うんだ」
なるほど、とマフマクン伯爵はエドワード王子に頷いた。あくまでエドワード王子は国からの要請で動いているのであって、オーサ領領主を私的に制裁しているわけではない。
エドワード王子の立場を考えると、身動きが取れなくなってしまう。
「エドワード王子。大義名分がないために、このままこの件から手を引くおつもりは」
「ない。今手を引いたら、ミケントンは同じことを繰り返し、領民を疲弊させる。マフマクン領に、再び難民が殺到する」
「その通りでしょう。それでは私も困ります」
「うん。それに、オーサ公爵には遺恨しかないんだよね、俺。
王都で暗殺者向けられて、それをバラされた腹いせのように俺をマフマクン領へ向かわせて、あげく仕事をさせないよう屋敷で軟禁だ」
「……あの野郎、一発くらい殴っておかないと?」
「あ、マフマクン、話わかるね」
しししと歯を見せてエドワード王子は笑った。下町の少年のような笑顔だった。
まったくこの人は。王族らしくない表情をされる。
マフマクン伯爵の後ろに控えていたカリンが、少しふらついてソファに体をぶつけた。「かわゆ……」と漏れた声が切なかった。
なるほどな、とマフマクン伯爵は、自宅でよく娘が口にする言葉を正しく理解した。何を言っているのか意味不明だったのだが。
これが、ギャップ萌えか。
「つまり、私から王子へ正式に仕事を依頼をすれば」
「俺は大義名分を得て、好き勝手できるってこと」
「わかりました。正式に、マフマクン領の治安維持のため、オーサ領の秩序回復をお願いしたい」
「任された。
ただし、大貴族相手の事となる。場合によっては、マフマクン伯爵も泥を被ることになるかもしれないが。いいか?」
「あなたが来て下さらなかったら、この事態は何も変わらなかった。今は感謝しかないのです。
私としては、国とはある程度距離を置いていますから、多少の泥など屁でもないですし」
「……うーわ、かっこ良。
マフマクン伯爵みたいな人が上司だったらいいのになー。
俺、王族辞めたら、マフマクンちで働くわ」
「おや、私の部下にエドワード王子がおなりになると。
うちの娘の、婿になります?」
「あ、それはだめ。それはなし」
いきなり真顔で却下された。
ああ、そういえばとマフマクン伯爵は思い至った。エドワード王子には婚約者がいるのだった。美しい姫だとの噂があるが。
なるほど、ベタ惚れしているらしい。
二十歳の青年らしさを垣間見て、マフマクン伯爵は微笑ましく思った。
「懸念としては、情報を国が遮断してしまうこと、ですかね。
私が、マフマクン領主が正式に、オーサ領の治安維持をエドワード王子に依頼した、ということが広く知られなければいけません。そうでないと、エドワード王子がオーサ領を、私的に干渉しているように見られてしまいます」
「俺、中央に嫌われてるからね。悪役に仕立てたくもなるよね」
「オーサ領の治安について、私から国への申し立ては、取り上げられなかった。王都にいる大貴族にとって都合の悪い事案は、棄却されている傾向にあります」
「うん、議題にも登らない」
「それに対して、思うところのある地方貴族は大勢います。そちらを取り込んでいきましょうか」
エドワード王子は首を傾げた。
どういうことか分かっていないようだ。
自分がどれだけ地方からの期待を寄せられているのかも。できれば力になりたいと願っていることも。孤立無援の状態が長くありすぎたのだろうが、もっと広い視野を得て欲しい。
仕方の無い人だと苦笑いして、マフマクン伯爵は自身の構想を明かした。
「国には、私からエドワード王子へ正式な依頼をしたことを書面で報告します。オーサ公爵領の治安維持と、領民を窮地に陥れたミケントン領主代理の身柄拘束をお願いしたと。
同時に、地方貴族へも同じ情報を送ります。
地方の領主たちは沸きますよ。エドワード王子は辺境の貴族にも力を貸してくれると」
「お、おお」
「地方貴族には私からの手紙も添えましょう。エドワード王子は中央・地方分け隔てなく寄り添う、寛大で実行力のあるお人だと。
マフマクン領に手を貸してくれているこの事実を、大きく世間に喧伝してくれるように。
エドワード王子の行動は国中で注目の的となります」
「おー……」
「騒ぎが大きくなれば、国も無視できませんから。王都でも煽っておいた方がよろしいでしょうね」
マシューがツンツンとエドワード王子の肩をつついた。先程からなにかゴソゴソしていると思っていたが、何であろう。
マシューがエドワード王子に渡したのは一枚の絵である。
甲冑姿のエドワード王子が剣を抜いて戦っている姿。王子の背後で守られているのは、農民や町人などの庶民だった。
「描けた」
「お、新作」
「……エドワード王子、それは」
「俺の絵姿売ってるのは、知ってる?」
「はい。娘は新作が出る度に勇んで買いに行っているようですが。……まさか」
「絵師はマシュー。
言っとくけど、好きで売ってるわけじゃないからな。生活のために仕方なく」
「……ちょっと飲み込めないのですが。
『金髪の小悪魔』が絵を描いて、生活のために、王子がそれを売る?」
「いいよ、飲み込めなくて。でも事実。
マシュー、これは世論煽るための計画?」
「エディは庶民の味方。エディの敵は庶民の敵、ってなれば、わかりやすい」
「あー、確かにわかりやすい。でも俺のガラじゃないんだけど……」
「誰が味方か、子供でもわかる」
「必要ならしょうがないな……」
カルロスいないけど採用、清書して印刷回そうぜ、とエドワード王子は動き出した。ブレイカーがすぐに早馬の手配を指示し始めた。展開が早い。
手馴れた様子のエドワード王子たちを見て、マフマクンはまざまざと思い知った。
恐らく、自分の想像を超えて、エドワード王子は苦労して生き延びてきたのだろう。本来、庶子だったはずの王子だ。王妃や王太子からの風当たりは相当だったと思われる。
そのくせ本人には毒がなく、やたら幼いようでいて老獪な視点を持った人物。
これが、エドワード王子か。
マフマクン伯爵は、近隣の領主であるランドレイク伯爵に、エドワード王子に会ってみる事を勧められていた。「見かけだけでは判断できない、打てば思わぬ音で響くお人だよ」とは、このことか。
エドワード王子はマシューと何やら話していたが、意味ありげにマフマクンを振り返った。
「マフマクン、今度俺の副官と会ってほしい。多分、あなたと気が合う」
「黒さがそっくり」
「マフマクンの裏の読み方とか手配の仕方、カルロスみたいなんだよね」
「闇より真っ黒」
「……あれ。ちょっと待てよ、マシュー。
あの黒さに掛ける二乗で、俺に指示が来るんだろ。今よりさらに悪辣化しないか?」
「うん、応援だけはする」
絶対お前も巻き込むからなあ!とエドワード王子がマシューをがくんがくん揺らしていた。仲がいい。
今度はエドワード王子の副官に会え、か。
マフマクンは、反撃として絵姿のエドワード王子に、鼻毛を書き込んでいるマシューを「こらあっ」と慌てて止める王子を見ながら、エドワード王子の副官に会う時間を、喜んで作ろうと思った。




