エドワード王子という人
マフマクン伯爵視点。
視点を変えてみる、を実験してみました。
マフマクン伯爵は急がせた馬から飛び降り、町長の出迎えに手を上げて答えた。マフマクン伯爵の馬に付いてこられたのは護衛騎士が二名だけだ。町長の部下たちが、汗だくの馬の手網を引いて水場に連れていく。かなり無理をさせてしまった。
今来た道のはるか遠くに息子と部下たちの姿が見えた。乗馬に関しては、まだ自分の方が一日の長があるようだ。いずれたどり着くだろうと、目を転じて町長の屋敷に足を踏み出した。
エドワード王子と側近数名は、すでに町長の屋敷で一息ついているという。
護衛騎士団長の娘カリンが、エドワード王子との接触に成功したと連絡が入ったのは一昨日のことだった。さらにオーサ領との領境にある町にエドワード王子自らが向かう、と連絡が入ったのが昨日のこと。先程町に向かっている最中に早馬とすれ違い、すでに到着しているという連絡を受けた。
行動の速さが尋常ではない。これが二十歳という若さのせいなのか、培っている実践力なのかと、舌を巻く。
マフマクン伯爵はエドワード王子を、実績以上に評価しているつもりだ。もちろん、難所の砦修復や大々的な港修理など、誰にもなし得なかったことを成功させている手腕には、賛辞を惜しまない。
それ以上に評価すべきは、人心の掌握術であった。マフマクン伯爵はスファルト王国の北部を治め、自領から出ることはほとんどないが、その分国全体の情報は常に集めている。
各地の様子を窺うと、エドワード王子の人気の程が分かる。女性からの人気はもちろんだが、辺境の領主や役人からの期待値が高い。彼が関わった地域では、あの王子は何かやらかしてくれるんじゃないか、と思われているフシがある。
どんなことがあってもエドワード王子なら何とかするだろうし、必要ならば協力は惜しまない。そんな風潮の地域が、国の各所に点在していた。
マフマクン伯爵はエドワード王子と面識がない。王都へ滞在した時もタイミングが合わず、面会は叶わなかった。
王妃や王太子がエドワード王子を毛嫌いしているため、エドワード王子は公式の大きな行事への参加を妨害されているとの噂もある。
果たしてどんな人物なのか。マフマクン領の状況は伝えてあるとカリンは連絡してきたが、オーサ公爵の諫言を真に受けず公平に判断できる方なのか。
マフマクン伯爵の緊張が伝わっているのか、先行する町長の言葉は少ない。
町長に応接室へ案内をしてもらい、ノックのために片手を上げた。
応接室から荒らげた声が聞こえてきている。なだめる様な声音も漏れてきていた。
揉め事が起こっているのだろうか。いったい何が起こっている。
マフマクン伯爵は強くノックをして扉を開けた。
応接室のソファでは、自分の部下であるカリンが寝かされ、金髪の小柄な騎士にタオルで風を送られていた。カリンの顔が赤く上気しているのが見て取れた。
その傍らでガタイのいい兵士が、高位騎士服を着たひょろ長い青年に罵倒されている。罵倒されている兵士は反省した様子もなく、へらりと笑っているが。
ノックの音でぱっとこちらを向いた面々は、バツの悪そうな顔で目を逸らした。もっさりとした金髪の青年だけは、何食わぬ顔でカリンに風を送り続けていたが。
それがエドワード王子一行だった。
「タイミングが悪いことで申し訳ありません」
マフマクン伯爵が頭を下げると、エドワード王子はブンブンと手を振った。カリンは落ち着いたようで、申し訳なさそうにしながらマフマクン伯爵の後ろで控えていた。
どうやらさきほどの騒動は、あまりにも酷かった強行軍に、エドワード王子が部下に文句をつけていた、ということらしい。
オーサ領府のある町からこのマフマクン領の領境の町まで、馬車で二日ほどかかる。それを騎乗に変更し馬を乗り継いで、一日で駆けてきたという。彼らはほとんど寝ていないだろう。
「カリンは本調子じゃない上に、女子なんだから。それくらい考慮に入れて道程組めよ」
エドワード王子の怒りは、まだ収まっていないらしい。頬に傷のあるブレイカーという側近へ、まだまだ文句が続いている。
ブレイカーは顎を撫でながら答えた。
「カリンがいなきゃ領境はスムーズに通れないしよ。カリンは平気だって、言ってっから」
「そこは分かれよ。カリンの立場じゃ、体が辛いから無理、なんて言えるわけないだろ」
「少しでも早くマフマクン伯爵と合流したかったしなあ。カルロスも早ければ早いほどいいって言ってたし」
「そうだけど! 馬から降りたカリン、ボロボロだったじゃん。
俺が肩貸すって言っても、顔が真っ赤になって上手く喋れてなかったし」
「……いやー、それは」
「それはちょっとイミが違うというか」
「ぶっ倒れるような無茶をさせたってことだろ。だから、熱が上がっちゃったんだ」
「熱が上がったのは、エディがやたらカリンに顔近づけて額に手を当てたから」
「挙句、カリンを姫抱っこで運んだからだろが。発熱の原因がよく言う」
「??
ここ最近、お前らの言葉の意味が、よく分からんことがあるんだけど」
「「にっっっぶ」」
ブレイカーだけでなく、『金髪の小悪魔』であるマシューまでも突っ込んでいる。
マフマクン伯爵は背後に控えるカリンに目をやった。目に見えて真っ赤だった。
思わぬ病を得て帰ってきたな、とマフマクン伯爵は見ないフリをして前を向いた。さすが国中の女たちを騒がせている男だけの事はある。まさか自分の部下にまで影響が及ぶとは思ってもいなかった。
それにしても、とマフマクン伯爵はエドワードとその側近たちを見た。
エドワード王子は噂通りの美しい王子だった。華やかでありながら精悍で、ほのかに甘さを含んでいる。人の目を引く人物だ。
対してその側近たちは、エドワード王子に対して恐れ入る様子もなく、平然と対等に話していた。それどころかあからさまに呆れたような視線さえ向けている。
彼らは、王族に対する敬意をどこに置き忘れてきたのだろう。あまりにも自然にタメ口なため、口を出せないでいるマフマクン伯爵であった。
「ところで、我が領の状況ですが」
「ああ」
エドワード王子はマフマクン伯爵に向き合った。巷で騒がれているアイドル王子はさすがの造形美だ。疲れているだろうに、目の保養になるだけの美形を保っていた。
「カリンに聞いてる。マフマクンに反乱の意図はなく、自衛のための戦列だな」
「おっしゃる通りです」
「どちらかというと、オーサ領の統治の方に問題があることが良くわかった。
マフマクン領へ流れているオーサ難民への支援物資は、オーサ領府から運ばせてるよ。受け取りがスムーズに行くように、差配を頼みたい」
「すでに手配済みですか!」
「マフマクン領の負担は、相当でかかっただろ。オーサ領の阿呆な施政のせいで苦労かけたな。
今マフマクン領にいる難民は、故郷に戻れるようにしていくつもりだ。ミケントンが溜め込んでた備蓄食料は全部解放して地方に回す。とにかく畑を耕す農民を土地に戻さないと」
「……ありがとうございます。願ってもないことです」
「別に、俺の財産じゃないからさ。
ちなみに、俺からの面会要請はマフマクン領に届いていたのか?」
マフマクン伯爵の目が鋭くなった。
マフマクン伯爵は再三にわたって王子への面会の嘆願を出し続け、いずれも受理されていなかった。それどころか王子からもこちらに伝令を寄越していたのか。
その全てを遮断していたミケントンのやり口に、怒りが募った。
「エドワード王子からの面会要請は、一度たりとも来ていません」
「やっぱりな。ミケントンのやりそうな事だ。俺の所にも、マフマクン伯爵からの連絡は、届いたことがない」
「……私からの手紙は、すべて握りつぶしていましたね」
「だろうな」
「その、ミケントンは今はどうしてます?」
マフマクン伯爵の問いに、エドワード王子は肩をすくめてみせた。
「自宅で軟禁してる。オーサ兵の見張りをつけて」
「……それは随分と、甘い処置ですね」
「そう? 副官のカルロスも領府に置いてきてるし、領府役所は完全に俺の手に落ちてるように見えないかな」
「軟禁中のミケントンの見張りがオーサ兵なのであれば、甘いですよ。オーサ兵はミケントンの息のかかった者が大勢います。すぐにでも抜け出して、再起を計ろうとするのでは」
「それ。
そうやって舐めてかかってくれると、ありがたいね」
「……どういうことです?」
マフマクンは訝しげな顔を隠そうとせずエドワードを窺った。この王子の思惑はどこだ。何をしようとしている。
エドワード王子は組んだ足に肘を乗せて頬杖をついた。
「俺の副官の調べによれば、オーサ領の予算はオーサ領府が管理している分より、かなりの額が別のところに流れているみたいなんだ。
領府役所を俺が押さえている今、再起を計るには自由に動かせる金が必要だ。ミケントンが逃げ出す場所が、謎の金の行き先だと踏んでる」
「……ミケントンを、あえて泳がせようとしているのですか」
「焦ってたし、上手に泳いでくれると思うよ。
候補の地域はいくつかあるんだけど、手持ちの兵を分散させたくないからさ。向こうから教えてくれた方が、よくない?」
「オーサ領兵をミケントンが動かせば、少数のあなたがたに勝ち目はないですよ」
「そこはさ、ブレイカー……この傷の男に、内部工作してもらった。オーサ領兵の七割はこちらの手の内だ」
「……!」
ミケントン伯爵は目を見張った。この短期間で、この王子は何をしてきたのだ。
エドワード王子はなんでもない事のようにブレイカーに目をやった。
「兵士って、徴兵されている地方出身者がほとんどだ。オーサ領の地方の農村は、搾取されて疲弊している。自分の故郷から搾り取った税金で、ミケントンやその親族たちがどんな贅沢をしているか知ったら、どちらにつくかはおのずと知れる」
「それは……」
「って、ブレイカーが言うから。
じゃあオーサ領兵掌握しろよって言ったら、本当に七割落としてきた。ブレイカーは口だけのおっさんじゃないから、すごくいい」
「オージ。次に俺をおっさん扱いしたら、その美味そうな色の髪ひん剥いて、豚に食わせるぞ」
「ブレイカー兄さんはかっこよくて仕事できる人だと思う」
調子よく言い直したエドワード王子の頭をブレイカーが小突いた。頬杖をついていた王子の顔がかくんと落ちる。
まるで下町の、よくある光景のようだった。若手とベテランの職人同士が、仕事のことで言い合いになったり、じゃれあってみたり。
そんな気取らないやり取りで、彼らは大貴族の領地を翻弄しようとしていた。
「すごい。やっぱ、かっこいい……」と、カリンのささやくような声が背後でしていた。
他人目線だと、エディってちょっとすごい奴のように見えるかな?と。




