加勢
騒ぎが酒場の方へ近づいてきているようだった。遠くに剣戟の音も聞こえている。
叫び声は通行人の女性だ。巻き込まれないよう、逃げ出している男女が何人もいた。
エドワードの目にも騒ぎの中心が見えてきた。髪の短い少年兵が一人、それを追い詰めている兵士が数名。
少年兵は何本もの剣を掻い潜り、逃げ惑っている。動きはいい方だろうが、多勢に無勢だ。遠目でも傷だらけなのが分かる。あとどれだけもつだろうか。
「M」
「Eに害はない」
「……あるか?」
「一人の方」
「確保で」
短いやり取りだった。
マシューはエドワードをブレイカーに押し付けると、凄まじい勢いで走り出した。手にはブレイカーの手下から抜き取った短剣を持っている。ブレイカーの手下が「いつの間に」と呆然とする速さだった。
マシューを見送ったブレイカーが、エドワードにしかめっ面を寄越した。エドワードはブレイカーに抱かれる形になっていた。
「お前を抱く趣味はないんだが、E」
「Mが、ブレイカーの傍が一番安全と判断したんだ」
「ああ、『金髪の小悪魔』のお眼鏡にかなって光栄だよ。だが、むさ苦しい」
「俺だって、好きでやってんじゃない」
ブレイカーが乱雑にエドワードを押しのけた。マシューが押し付けたせいで、ブレイカーの肩に頭を預ける形になってしまった。甘えっ子エディだった。
「で、なんだって?」
「Mのカンが、少年兵は味方になり得ると判断した。だから助けに行った」
「……お前らの、そのカンだけで動く判断、何度見ても腑に落ちねえ」
「でも、間違ったことないじゃん」
「ますます腑に落ちねえ」
エドワードだって、普通に考えればおかしな事をしている、とは思っている。敵か味方か、カンだけを頼りに決めに行くことがある。ただの博打だ。
だが、今回のように切羽詰まった判断で、マシューのカンが外れたことは無い。状況判断を魔力を使って行う『索敵』、それの上位の力なのだとエドワードは思っている。
マシュー自身も、なんで分かるのか疑問らしい。狙って魔力を使っている訳では無いのだ。「こいつは大丈夫」と感じたら、味方につければいい。今までそうしてやってきた。
マシューは怒涛の速さで騒ぎの中心にたどり着くと、少年兵へ剣を繰り出していた兵士を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた兵士は地面にバウンドしながら転がり、動かなくなった。とんでもない脚力だ。
突然の加勢に兵士たちはたじろいだ。傷を負った少年兵も、唖然としている。
加勢してきたのが、金髪で目のぱっちりした女の子だったからだ。見かけは可愛らしいが、動きがキレキレだ。短剣を構える姿は堂にいっている。
兵士たちはすぐに体制を取り直した。剣を振りかぶり、雄叫びを上げながらマシューへ振り下ろす。ギラついた剣がマシューに迫っていた。
マシューの目には、それは酷く遅く見えた。手馴れた剣先ではない、と判断した。
自分に降りてきた剣を短剣で受け止め、薙ぎ払う。その流れで兵士の腕を切り付けた。利き手を再起不能にすれば、戦意はかなり喪失する。
ぎゃああという叫びと共に倒れ込んだ兵士を放置して、背後を狙っていた男の足を目掛けて仕込んでいた長針を投げた。そのまま地面を蹴り横っ飛びに飛んで、攻撃を避ける。
足に針の刺さった男は、一歩を踏み出しかけて、そのまま膝をついた。三本中、二本命中。針には、即効性の麻痺薬が塗られている。しばらく動けないはずだ。
次にマシューに斬りかかってきたのは長身の男だ。力強く剣先を繰り込んでくる。リーチを活かした戦い方だった。マシューは一歩引いて短剣を握り直した。こいつが一番手強い。
相手もすっと剣を構える。立っているのはマシューと男の二人だけだ。マシューの出方を窺っているのだろう。
……好都合だ。
マシューは自分のスカートの裾を、思い切り持ち上げた。
突然スカートの中身を見せつけられた男は動きを止めた。男として瞬間的に見たいと思ってしまうのは、仕方の無いことだ。マシューだって、よく分かる。
男で悪かったな、と心の片隅で謝っておいた。同情はカケラも入っていない。
隙をついてマシューは男の間合いに入り込み、短剣を横になぎ払った。男の腹が裂け鮮血がほとばしる。絶叫を聞きながら首筋に鋭く手刀を入叩き込んだ。ガタイのいい兵士が、がくんと倒れ込む。水たまりに勢いよく倒れ、泥水が飛び散った。
これで終わり、とマシューは少年兵を振り返った。
少年兵がどんな奴か、正直わからない。カンだけで助けた相手だ。
怪我をしていたが、どの程度か。どういう素性のヤツなのか、確かめなければ。
そのマシューの目の先で、襲われている少年兵がいた。マシューが初めに蹴り倒した男が、脳震盪から回復したようだった。背を向けて走り出す少年兵と、剣を振りかぶる兵士。
なんでまだそこにいんだよ!、とマシューは少年兵を怒鳴りつけたかった。同時にエドワードじゃないからだ、と思い直した。
エドワードなら加勢できる時には加勢し、適わないなら全力で逃げるように仕込んである。とにかく生き延びることが第一なのだ。手負いのエディなら、安全な場所までひたすら逃げるはず。
だが、そこにいたのはエドワードではなく、見知らぬ少年兵だった。
マシューが放った短剣が兵士の胸を貫くのと、兵士の剣が少年兵の背を切り裂くのは、ほぼ同時だった。
逃げを打つエディは、本当に速そう




