オーサ公爵領にて
お待たせしました、連載再開します!
よろしくお願いします。
エディの回です。バタバタ、ガタガタ、する予定です。
ラヴィリアの工場が軌道に乗った、一ヶ月ほど前に遡る。
エドワードはカルロス、マシューに加え、ブレイカー私兵団の精鋭と共に、オーサ公爵領に滞在していた。オーサ公爵の訴えによる、マフマクン伯爵反乱疑惑の調査のためである。
現在はマフマクン伯爵へ面会要請を出し、同時にオーサ公爵の持つ兵士達との共同訓練を行っているところだ。
エドワードの滞在先はオーサ公爵の邸宅の、貴賓室があてがわれている。贅をつくした広い執務室とベットルームは派手な彫刻と装飾で覆われ、金をふんだんにつぎ込んでいると強い主張を感じた。
ペンキも塗っていない簡素な木造の小屋で暮らしているエドワードには、落ち着かないことこの上ない部屋である。
そんな不相応な場所で寝起きをしているのだが。
◇ ◇ ◇
マシューは顔にかかった金髪を軽く払った。戦闘中、視線の流れで攻撃を読まれないようにするために伸ばしている前髪だ。実生活ではもっさりと目の上にかかり、実は邪魔くさいものである。
エドワードとは別に部屋を与えられたマシューである。エドワードが滞在している貴賓室の護衛は、オーサ領主代行の命令でオーサ兵に任されることになった。
マシューがエドワードと離されることは実に稀だ。
誰かしらの意図が働いてんだろうなと思いつつ、様子を見ている状態だ。いつもいじって遊んでる……いや、今後の事を打ち合わせをしているエドワードがいないため、暇を持て余しているマシューである。今は体のあちらこちらに隠し持っていた暗器を取り出し、机に並べてチェック中だ。
『金髪の小悪魔』と呼ばれ、真っ当に戦って敵無しのマシューである。そんな彼が、身体中に暗器を忍ばせていることを知っている人間は少ない。
机の上には多種多様なナイフ、鎖、吹き矢、毒針、各種害のある薬と解毒薬、などが次々と並べられていた。これらは姑息な手段でエドワードの命を狙う連中を返り討ちにしたり、尋問したりする時に使うものだ。残念ながら暗器の出番がいまだにあるため、手放すことは出来なかった。
暗殺者に対抗するには、暗殺者の手口を知った方がいい。
まだ少年だったマシューにそう告げたのは、カルロスだ。
エドワードが王族からの暗殺対象者となることを予想していたのだろう。そして、マシューが護衛として、エドワードになくてはならない存在になることを予見してのことだった。
マシューが、エドワードと共にリュタ城へ入って、すぐの頃だ。
引退した暗殺稼業のじいさんを紹介されて、マシューはしばらく弟子入りして通ったことがある。見習い騎士の訓練も同時並行で行っていた時期だ。かなりキツかった。
そもそも、寝てなかった。寝る時間は暗殺技能の研鑽に充てられた。じいさんは教え方は丁寧だが、実践訓練は容赦なかった。割と本気でマシューを殺しにきた。エディの護衛の前に俺が死ぬかも、と何度も思った。
日中に行われる、騎士に必須という座学では、目を開けて寝る技を身につけた。何を聞かれても「分かりません」を繰り返し、教室中の失笑をかっていた。嘲笑われてもけなされても、一分一秒の睡眠が重要だった。
おそらく人生で一番しんどい時期だったと思う。
マシューの、もともとの底なしの体力と耐久力と腕力、戦闘中にだけ発揮される鋭いカンがなければ、乗り越えることはできなかっただろう。
騎士団内の模擬戦では他者の追随を許さなくなり、じいさんの「参った」を何度か勝ち取り、エドワードの専属護衛という立場をもぎ取ってから、ようやく熟睡できる時間がもらえた。
眠るだけでだるさが消えて血が止まって骨もくっついてお肌ツヤツヤ睡眠てすげえ、と感動したマシューである。もちろんそんなはずはなく、プラシーボ効果だ。
しかしながら眠るだけで、治癒魔法かけてもそこまで復活しない、くらいには復活してくるマシューである。カルロスは前日立ち上がれもしなかったくせに、翌朝エドワードを叩き起して元気に走りに出るマシューに、呆れたように「人外」と呟いていた。マシューの特異体質の一つなのだろう。
暗器を一つ一つ手に取り、異常ないかを確かめ、さらに研ぎをかけている時だった。
突然窓が「コン、コン、ココココン!」と鳴った。事前に符号させておいたノックでの合図であった。意味は「ねえ、おい、たすけて!」である。
マシューが窓を開けると、すぐにひょろ長い体が飛び込んできた。焦り顔のエドワードである。マシューが仕えている、スファルト王国の第二王子であった。
最上階の五階の貴賓室から三階のマシューの部屋まで、窓をつたい壁に貼り付き、たどり着いたようであった。「怖えぇ」と呟きが漏れたのは、かなり危険な体勢で渡りきったからだろう。落っこちなかったことは褒めていい。
外をちらりと見れば、見張りらしき人物が走り去るのが見えた。作戦失敗でも伝えに行くと見える。もう少しこそこそ行動しろよ、と護衛職のマシューは思った。
「エディ、またか?」
「まただよ! マジで勘弁してくれ」
エドワードはチョコレート色の頭をマシューのベッドに預けた。少し息が上がっている。
マシューは窓を閉めて水差しの水をコップに注いだ。ん、とエドワードに差し出す。
それを受け取り、エドワードは一気に飲み干した。このような事態は、オーサ領に来て五度目のことである。
「今日はどんな子?」
「……脂の乗った巨乳の熟女」
「おー、そうきたか。
エディの好みが分かんねえから、手当り次第ぶっこんでくるな」
「ふざけんな! 勝手に余計な想像膨らましてんじゃねえ!」
「つーか、ハニートラップ、まだ有効だと思ってんだね」
「いい加減諦めろ、あのハゲ!」
エドワードはコップを放ってベッドに倒れ込んだ。マシューは放たれたコップを掴んで水差しの脇に置いた。備品を壊されてはたまらない。
ただ、エドワードがやさぐれるのも無理は無いとも思っていた。
オーサ領に入った初日、あてがわれた貴賓室からエドワードがダッシュでマシューの部屋に駆け込んで来た。全力で閉めたドアに張り付いたエドワードは、顔から血の気が引いていて、何事かと焦ったものだ。
訳を聞くと、ベッドルームのドアを開けたら、ベッドの上に半裸の美女が二人いて、妖艶に微笑んでいたそうだ。
あからさまなハニートラップだった。仕掛けた方は、エドワードなら引っかかると思ったのだろうか。
見たらわかる雑なハニートラップはその後も続き、二度目の時には美女が三人になり、三度目はいたいけな少女がやって来て、四度目はなぜか美少年が送り込まれてきた。
好みを模索するにしたって、迷走するに程があんだろうと、エドワードはげんなりした。カルロス経由でその都度苦情を申し立ててはいるが、先方は諦める気はないらしい。
マシューは備え付けの椅子に腰掛けて、ベッドに転がっているエドワードに目をやった。
「何も窓から逃げてくることないのに」
「入口のドア封鎖されたんだよ!そしたら熟女が服脱ぎながらべったり絡みついてきて」
「へーえ。よかったな、おいしいじゃん」
「ふざけんなっ!あんなシチュ、恐怖でしかないわっ」
「カルロスなら引っかかったかもな、巨乳トラップ」
けけっとマシューは笑い声をあげた。カルロスの奥方は爆乳だ。顔よりも何よりも、まず目に入るのは乳である。何度か顔を合わせたこともあるが、あいさつしながら(でっけえなあ)といつも思っている。
エドワードが顔を両手で覆って、縮こまっていた。
「こんなん、ラヴィにバレたら、ヤバいじゃん」
「なに? 姫さんに報告の義務でもあんの?」
「ないけどさっ。ないんだけど」
「だけど、何さ」
「……俺はラヴィから、ラヴィ以外の女と話すことを禁じられてる」
「おお。巨乳に裸で抱きつかれました、はマズイな」
「マズイよ! マシュー、絶対言うなよ!」
本気で慄いているエドワードは見ていて飽きない。子供の頃から、こいつおもしれーと思っていた。いじり甲斐がある個性は、周囲を巻き込んでよく愉快な場を作った。
エドワードという男は、昔から色々と体当たりしてよくつまずきよくぶち当たる奴だった。本気で落ち込むし本気で調子に乗るし、それを見た周囲が何事かと集まってくる。エドワードが無意識に行っている、人心わし掴み術である。
全く変わんねえなと、はばかることなくマシューはケラケラ笑った。
「しかし姫さん、かわいーな」
「え?」
「牽制してんだろ、エディの周り。遠距離で太刀打ちできない分、エディ自身に自覚させようってんだから」
「うーん……」
「そういうの、可愛いじゃん」
ふいにエドワードはチロリとマシューを睨みつけた。マシューはおや?とエドワードを見返した。
理由も分からずエドワードから睨みつけられることは珍しい。何か余計な事言ったか?
「どした、エディ?」
「……なんでマシューが、ラヴィのこと可愛いとか言うんだ?」
「あ?」
「ラヴィって、見かけからして清楚とか可憐とか気品に溢れてる子だけど。どっちかってーと『美人』であって、『可愛い』じゃないじゃん」
「あー」
「もしかしてラヴィって可愛いんじゃないかって思い始めてるところを、ドツボにハマっちゃうから待ったかけて避けて通って今に至っている俺を軽々超えて、ラヴィ可愛いって言う、マシューは何者? なんでマシューが分かったような口きくの?」
「ぶーーーーーーっっ!!!」
マシューは盛大に吹き出した。
だめだ、こいつおもしろ。気づいてねえんだ馬鹿だなー、とは口に出さない。その分笑いが止まらない。
エドワードは、なぜここまで笑われるのか分からず、不服そうだ。
「俺、変なこと言ったか?」
「いや、いい。お前はそのままで、いい」
「なんだよ」
「王子稼業のときにそのニブさはヤバイが、姫さん関連なら別にいいだろ。エディってもともとそういう奴だよな」
「だから、それがわかんねえって」
「いいよ、わかんなくて」
「やだ。マシューだけわかった気になってんのがムカつく」
「あー………そう。
まー、分かりやすく言うとな。
エディはね、姫さんのこと好きっぽいんだけどそれを認めるには踏ん切りがつかないところに、俺から『姫さん可愛い』って言われて、ジェラってムカついた。
そんなとこだろ」
淡々とマシューに諭されて、エドワードはたじろいだ。
確かにマシューの口から『かわいいじゃん』が飛び出した時に、イラッとした。なんでマシューが言うんだよ、とは思った。
それが自分の中の嫉妬からくる感情だとすると、心がザワつく。少なからずラヴィリアに対して、独占欲のようなものがあるということだ。
あの、清楚で可憐で気品の具現化みたいなお嬢さんを、独占したいと思っている。他の男には近づいて欲しくないと思っている。少なくとも、俺よりラヴィのことを分かっている男がいるのは、嫌だ。
そんなことを思う、冴えのなさと頼りなさ、バツグンの俺。自他ともに認める、ミスター・ジミ男。
「……ないわー」
「お?」
「嫉妬とかないわー。
俺、ちゃんと鏡見てるし。手持ちの財産把握してるし。ヘタレの自覚あるし」
「うんうん」
「どっかのいい男に取られたら、しょうがないやっぱりなって思うし。その方がラヴィにとってはいい事なんだろうと思ってるし」
「でも自分以外の男が、姫さんのこと『可愛い』っていうのは、腹立つんだよな」
「…………」
返す言葉が見つからなくて、エドワードは首を傾げたまま沈黙した。
マシューはニヤニヤ笑っている。
エドワードの心の中のもやもやは、晴れる気配を見せなかった。
まだ自覚甘々なエディくん。




