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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第五章 働く姫君

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そんなに器用じゃなかった

ケビンの父が操る船がセンラク港に戻り、控えていた漁船が調査のため海に向けて出航した。問題の海域とさらにその周辺を念入りに調査し、海に異常がないことが確認された。

戒厳令はただちに解除され、港近くの人々は帰宅し、町は急に活気づいた。



誰もがケビンの父たちの勇敢な行動を讃え、サクタの迅速な行動を賛美し、ラヴィリアの献身的な振る舞いに、賞賛の嵐が起こった。

その活気はまるでお祭りのような騒ぎに発展し、町をあげての宴会が行われていた。


ケビンの父やサクタは、どこからも引っ張りだこで宴会に参加させられていた。町中の人間から、感謝と感動が伝えられ、英雄に祭り上げられている気がした。笑い声が弾け、楽器の演奏が始まり、誰かが伸びやかに歌っている。

誰も彼もが顔をくしゃくしゃにして笑い、泣き、歌って踊っている中、立役者の一人である、一人の少女の姿を見ることはなかった。



ラヴィリアは一人、ランドレイク家の客間に閉じこもっていた。



◇ ◇ ◇



また見てしまった。

ラヴィリアは、仏頂面で覗き込んでいる手鏡の中の、短い髪の自分に苛立ちを覚えた。鏡の中の自分が、ぶすっと自分を見返してくる。目も当てられない自分の顔、というのをもう何度見たことだろう。


何度鏡を見ても、ラヴィリアの髪は肩までの長さしかなかった。青みがかったアイスシルバーの髪、などと言われてきたが、これほど短いとそれほど青みがかったように見えない。単なる銀髪だ。

ラヴィリアの象徴とまで言われて、マシューには青い鳥としてエドワードの隣に描いてもらったのに。絵の中で、優しい顔して手を伸ばし、青い鳥に触れようとしているエドワードの手の先に、自分はいない。



ずーんと、音を立てて精神が陥落した。パラパラと破片が落ちる音までした。


髪を切るくらいなんてことないと思っていた。エドワードに髪を欲しいと言われた時には「根元からバッサリどうぞ」くらい言っていたのに。

実際にバッサリやったら、ここまでメンタルやられるなんて。



わたくし、自分の髪にそこまで自信があった、のですね。



無くなってみて初めて気付く、というやつだ。

そういえばエドワードからも、「女の子なんだからもう少し髪は大事にしなさい」と言われた記憶がある。少なからず、エドワードもラヴィリアの髪は気に入っていた、ということで。

ラヴィリアを必ず思い出すからと、アイスシルバーの長い髪をエドワードに渡してなかったか。今もエドワードは、北の大地でラヴィリアの長い髪を持っている。アイスシルバーの長い髪のラヴィリアを、今思い出してくれているかもしれない。


再びずーんと、ラヴィリアは落ち込んだ。今度は巨大な岩が背中にのしかかっているような気がした。岩には『エディの思いぶち壊し』と書かれていた。


エディと再会した時に、短い髪に落胆されたらどうしましょう。わたくしだって気づかれなかったらどうしましょう。というか、これを理由に偽装結婚に逆戻りしたらどうしましょう。

よそよそしいアイドルフェイスで、「あなた本当にラヴィリアさんですか?」とか言われたら、立ち直れる自信が無い…………



ラヴィリアは、さらに膨大な数の人々に迷惑をかける可能性に気付いた。すーっと血の気が引いていく。


青い髪を元にピアスやネックレスをたくさん販売してきた。その企画を一緒に進めてきたエドワードとマシューとカルロス、彼らを裏切ってしまった感が、半端ない。さらにそれを買ってくれたお客様にも申し訳が立たない。

カナメに言わせれば、『婚約者の青を身につけているだけで幸せになっているエドワード王子、を見てるだけで幸せな私』がお客様なわけで。婚約者が青くない時点で設定ぶち壊しである。罪悪感という固いツブテが、満遍なくラヴィリアに降り注いできた。


ものすごく、胃が痛い。


カナメ、胃薬をと言いかけて、「胃が痛いので休ませてください」と下がったカナメを思った。ラヴィリアの髪を切ったプレッシャーからの胃痛だろう。体調不良で休むカナメなんて激レアである。ラヴィリアは右を向いても左を向いても逆さになっても、謝るしかない。



もう、見ない。

と決めて、引き出しの奥に手鏡をしまい、手前に書類をがっつりと置き鍵をかけ、机から小走りに遠ざかり、入口の脇で三角座りをした。

ただし、これも本日三回目の行動である。しばらくすると巻き戻したように行動をなぞり、手鏡に辿り着くのだ。


進歩しません、わたくし。


ラヴィリアは膝に顔を埋めた。アイスシルバーの髪は、顔の脇でさらりと流れただけだった。




どれほどの時間そうしていただろう。

ノックの音がしたので、ラヴィリアはすぐにドアを開けた。ドアの隣で三角座りだったので、本当にすぐである。

あまりの反応速度に慄いたのは、ノックをしたサクタである。上半身が斜めに反っていた。


「……サクタ殿。どうしました?」

「いや……ドア開けるの早くないですか……?」

「すぐそこで三角座りしてたので……いえ、なんでもないです。

何か御用ですか?」

「あの、ラヴィリア様にお会いしたいという町民がたくさんいまして。少しでも顔を出していただけないかと」

「そうですよね。

わたくし、作戦立案に関わってますし、作戦の要である魔力提供もしてますし、サクタ殿と漁労長とわたくしが揃わないと、形にならないことは重々分かっているのです」

「ですよね。だから、ほんのちょっと顔を見せるとか」

「無理ですね」

「そこをなんとか、ラヴィリア様……」

「……今日は無理。絶対、無理」


下を向いて食い気味に言い切るラヴィリアは、いつものラヴィリアではなかった。

いつものラヴィリアであれば、無理な誘いは適当な言い訳をして柔らかにお断りするだろう。外面を美しく保つことも、ちゃんと教育されている。絶対無理だと、断定するタイプではない。



サクタは自分より下の位置にある細い肩と、繊細そうな銀髪を見つめた。こんなに華奢で脆そうな子が、この町のために頑張ってくれたのだ。改めてラヴィリアの小柄な姿を認識した。


いつもは凛とした佇まいで、自然体で威厳を感じるラヴィリアである。何があっても寛大に受け止め、不備があればきちんと指摘し、大人と対等に渡り合う人物だと思っていた。

躊躇いなく自分の大切な髪まで提供すると言われた時には、驚いて息が止まったかと思った。同時に領主として心底助かったと思った。作戦の成功率がグンと上がる。


ラヴィリアの犠牲の上で成り立った作戦だった。ラヴィリアの髪は想像以上にシーリザードを泥酔させた。興奮したシーリザードが暴れ狂い、離脱するのにかなり危険な操舵をしたと、ケビンの父が語っていた。魔鉱石とラヴィリアの髪は、それほどに魔獣を酔わせたのである。


その魔力を帯びた長い髪を失ったラヴィリアは、いつもよりずいぶん儚く見えた。

昼間、漁労長の船を追うように海を見つめていたラヴィリアは、そのまま消えてしまうのではないかと思うほどに静かだった。気になって、サクタは何度もラヴィリアを盗み見ていた。


長い髪を失って平気でいられる女の子はそういないのだ。ましてや誰も持たないアイスシルバーの美しい髪だ。髪を失った衝撃を、たった一人で耐えようとしているのだ。自分と同じ十七歳の少女が。

その健気さが、愛しく尊い。



サクタはラヴィリアの肩を優しく抱いた。下心などなく、感謝の気持ちで溢れてしまった。その他に気持ちを伝える手段が分からなかった。言葉だけでは自分の思いを伝えられないと、体が勝手に動いていた。


「……ありがとう、ラヴィリア様。本当に、町を救ってくれてありがとう」

「……」

「あなたがいなかったら、何一つ上手くいかなかった。漁師たちのわだかまりも解けなかったし、生活を向上させる手段もなかった。シーリザードについて古い文献を紐解くこともなければ、対策に具体的に乗り出すこともなかった。

全部あなたのおかげだ。この町の領主として、感謝しかない」

「……わたくしは、わたくしの都合があったからです」


ラヴィリアはサクタに肩を抱かれたまま、ポツリと答えた。抵抗する気力すら持てなかった。どうにもならない虚無感だけが、ラヴィリアの身のうちにわだかまっていた。早く引きこもりたい。もう帰ってくれないかな、と本気で思っていた。



表情の動かないラヴィリアを見て、サクタは片方の眉を上げた。

サクタの言葉が聞こえていない。

文献を紐解き、童謡の謎を解いた同一人物とは思えなかった。あの時のラヴィリアは相手の言葉を飲み込み、咀嚼して自分の言葉にする力があった。

今のラヴィリアは定型文を暗唱するだけの、人形だ。


サクタはラヴィリアの耳元で囁いた。


「あの、ラヴィリア様。僭越かとは思いますが」

「はい?」

「一人になってからの事なんですけど」

「はい」

「その…………泣きました?」

「いいえ。何故です?」

「何故ですって。泣かなかったんですか?」

「泣く理由がないからです」


気づいていないのかと、サクタは腕の中の不器用な女性に呆れた。自分の行動に対する責任と、建前を重んじる王族の偏った教育が、影響しているのかもしれない。


しっかりしているように見せるのも、彼女の仕事のうちなのだろうが。それでは吐き出すことができない。

サクタは重ねてラヴィリアに囁いた。


「理由はちゃんとありますから。存分に泣いてください」

「どうして?」

「前に進めないでしょう」

「わたくしは大丈夫です。明日には元気になります。放っておいて……」

「女の子が長い髪を切られるのは、すごく辛いことなんです。悲しいことなんですよ」

「そんなこと……!」

「あなたは一人の女の子です」


サクタはさらに囁く。

やっとラヴィリアに言葉が届いた気がした。

ちゃんと向き合って欲しい。自分の気持ちと向き合って、ポッキリ折れてから立ち直って欲しい。


「辛いのが普通です。ましてや、化け物に自分の髪が食われるなんて。耐え難い事なんです。苦しくて悔しくて辛いんです。泣きわめいて当然なんです」

「……」

「我慢しなくていいんです。ぶちまけちゃってください」

「…………」

「俺、誰にも言いませんから」


サクタは少し強めにラヴィリアの肩を抱いた。

躊躇っていた様子のラヴィリアが、耐えきれないようにことんと、頭をサクタに預けるのが分かった。

もう一度、サクタはラヴィリアに囁いた。


「誰かに頼っていいんです。恥ずかしくないし情けなくもないです。

俺の胸貸します。今だけです。これをネタに、強請ったりもしません。

全部吐き出して、すっきりしちゃってください」


サクタの胸にある重みが、少し増した気がした。

少ししてから「ひぃん……」という声が聞こえた気がした。何度も喉の奥で噛み殺して、漏れだした嗚咽だった。


声なんて、我慢しなくていいのに。

俺なんかに、気使わなくていいのに。

不器用な子なんだなあ、とサクタはじっと立ち尽くした。



サクタはこの町の領主だ。

ヴィヴィン商会から工場の打診を受けた時、どんな人物が責任者として着任するか、きちんと報告を受けている。それ故に、ラヴィリアの本当の身分を知っていた。

自分との身分がとんでもなく離れているために、婚姻なんか結べるはずもないことも理解している。

普段はそんなことまるで気にしないことにして、猛烈にアタックしているが。


ラヴィリアが誰か知っているので、ラヴィリアの婚約者があの有名な王子だということも知っている。貴族として、王族の婚姻関係は把握しておかなくてはならない。派閥争いに巻き込まれないように、もしくは派閥をうまく利用できるようにするための、基礎知識である。


というか、そもそもセンラクに仕事で来たエドワード王子に会ったことがある。センラクの領主になる前だったので、父親の後ろで挨拶をしただけだったが。

背の高い、きらびやかで甘いオーラを纏った男だと思った。受け答えも感じがよくて、常に爽やかな印象が残った。妹たちがその日から、エドワード王子の推し活を始めた。

――あんな男に敵うヤツいないじゃん、とその時は思っていた。



あの、全方位無敵に違いないエドワード王子と、ラヴィリア姫の二人だろ。お似合いすぎてムカつくわ。



だけど、とサクタは少し震えている小さな肩をしっかりと抱いた。あまりにか細くて、抱いているサクタの方が心配になった。



あの王子、この子がこんなに脆いこと、知ってんのかな。普段がしっかりしてるから、わかんねえよな。

今どこにいるのか知らんけど、こんな辺境に姫一人で向かわせるとか、大丈夫なんかねえ。




サクタは余計なことだよね、とラヴィリアの嗚咽を聞きながら、暗くなった窓の向こうの海を眺めた。魔獣のいない穏やかな黒い海が、ずっと広がっていた。



ちゃんと傷付いてたんです。

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