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降嫁、それは腹を括ること

自分に理があり、さらに利があり、ブラッドの興味と好奇心を満たす何か良策を考えなければいけない。


ラヴィリアは立ち上がってブラッドの座るソファに近づいた。そのままブラッドの黒い角に触れた。

ブラッドはビクリと身体を震わせた。

ブラッドは自分からラヴィリアに触れることはできない。命の危機がある時以外触れることは禁じる、とラヴィリアから命令を受けているからだ。契約の際にやたらと触りすぎたのが原因だ。


触れられた角から伝わるラヴィリアの体温にブラッドはゾクゾクした。ブラッドにとって角は力の象徴である。ラヴィリア以外には触らせない。そしてラヴィリアに触れたい、という飢餓感が煽られた。


「ブラッド」

「ラヴィ……」

「しゃんとしてください。聞いてます?」

「ラヴィ、おまえに触りたい」

「ダメです。

あなたは今日から私の専属護衛とします」

「ふうん?」

「人ではないことも、マリ王国王宮に報告を入れます」


これにはカナメも目を剥いた。まさか王宮にブラッドの正体を報告するのかと。

ブラッドはさらにゾクゾクする感情を抑えかねた。

何を言い出すのかこの主は。赤い目が爛々とラヴィリアを見据えている。


「そんで?」

「ブラッドは上位精霊ということにします。そうですね、闇の上位精霊ですわ。わたくし、この別邸で上位精霊と契約を致しましたの」

「……ふぅん、面白い」

「ラヴィリア様、そんな無茶な話……」

「それを真実にしていくんです、カナメ。

わたくし、王宮で魔力検査をした時にわずかに魔力ありと診断されています。魔法使いになれるほどの魔力ではないみたいですけど。その事実が信憑性に箔をつけます」


カナメは確かにと過去の記憶を掘り起こした。ラヴィリアが十歳の時に魔力検査を行った。その際ラヴィリアは魔力有りの判定を受けていたのだ。ただし上手く使えたとしてもロウソクに火をつけるとかペンを触らずに転がすとか、その程度の魔力量である。しかしながら確かにラヴィリアには魔力がある。

ラヴィリアはグルグルと思考を回す。


「恐らくスファルト王国へ向かう際も、従者は多く連れて行けないはずです。でしたらブラッドとカナメの二人だけにします。カナメ、それはなんとかゴリ押ししてください。この二人でしたらブラッドの秘密は漏れませんから」

「……かしこまりました」

「ブラッドはその赤い目をなんとかできませんか。それと角です。角も無くすことはできますか? できる限り人外な要素を無くしたいんですけど」

「やってもいいが、条件がある」


ブラッドはうっとりとラヴィリアを見上げた。血のような赤い瞳がラヴィリアを見つめている。ラヴィリアはすっかり見慣れてしまっているが、初めて見る者は見たことのない瞳の色に異質なものを感じるだろう。そして目立つのはその黒い二本の角だ。目立ってしまう角はなんとしても隠したい。


「条件というのは?」

「ラヴィの魔力を喰わせてくれ。主の魔力は我に力を与える」

「わたくし、与えるほど魔力量はありませんよ」

「どうせ全く使ってないんだ。今ある魔力を全てくれ」

「その……魔力をあなたに与えて、わたくしは死んじゃったりしませんの?」

「主を殺すような真似を我がするか。少し疲れを感じる程度だろう。寝れば魔力も元に戻る」

「なるほど」

「いいか?」

「……わかりましたわ」


ブラッドはぱあっと輝くような笑顔を作り出した。この男がこんなに感情露わに笑うのは珍しいことだ。美形が眩しい。

ラヴィリアは眩しさに目をすがめながら、はたと思う。魔力を食べるって、どうするんだろう。魔力を取り出してお皿に盛る? そもそも自分の中の魔力のありかがわからない。


「……わたくし、自分の魔力がどこにあるのかわからないんですけど」

「そうだな。まずはラヴィに触れる許可を」

「いいですけど。魔力をあげる時だけですよね?」

「えー。触るの解禁にしようぜ」

「魔力をあげる時だけですっ」

「くっそ、固ってえな。

それから、キス」

「……は?」

「喰うんだよ、魔力を。口からに決まってんだろ」

「はあああ?」

「ラヴィリア様になんてことを! 控えなさい、ブラッド!」


思わず叫んだ瞬間に、カナメは激しく後悔した。ブラッドが瞬時にカナメの喉笛を掴んだのだ。容赦ない圧迫に激痛が走り息が詰まる。

カナメは目の前に、表情のない赤い目が真っ直ぐに自分を見据えるのを見た。踏んでは行けない地雷を踏んだことを理解した。


「……ラヴィがくれた我が名を、侍女風情が呼ぶことを許した覚えは無い」

「かっ……はっ……」

「我の名はラヴィのもの。二度と呼ぶな」


そのままブラッドはカナメを投げ捨てた。カナメは床に倒れ込み激しく咳き込んだ。ラヴィリアの前で大人しくしていたから油断した。理不尽だろうが関係なく、ブラッド(あれ)ブラッド(あれ)のルールで存在している。殺されなかったのは、カナメがラヴィリアの腹心だったからにすぎない。


咳き込むカナメに駆け寄ろうとして、ラヴィリアはブラッドに抱き止められた。力強い腕はラヴィリアの抵抗を無効にする。満面の笑みを浮かべた人外の男がそこにいた。


「ラヴィ、まだ魔力を喰ってない」

「ブラッド! カナメになんてことするの!」

「どうでもいい。

が、焦るラヴィの声が唆る。もっと我が名を呼べ」

「ちょっと待って! 話を聞きなさい、ブラッド!」

「ああ、いいぞ、ラヴィ。ゾクゾクする。

どんな味か楽しみだ。キスは初めてか? 優しくしてやるからほら顔を見せろ。その小さな唇、うまそうだ。食べ尽くして舐め尽くしてやるから……」

「待ちなさいってば!!!」


ラヴィリアは渾身の力でブラッドの顔面に手のひらを叩き付けた。バチンと割といい音がした。ブラッドの動きがピタリと止まった。

ラヴィリアの小さな手のひらの隙間から、ブラッドの赤い瞳が覗いていた。


「手っ!」

「……ラヴィ?」

「手からっ!

ブラッドは口で魔力を食べるってことでしょう? わたくしの手から魔力を食べなさい!」

「えー……」

「調子に乗ってキスしようとしたわね?! 別に魔力は口移しで食べる必要はないんでしょうが!」

「ラヴィ、なんで……。

……なんでそういう所は、この上なく聡いかな」


ブラッドは残念そうに呟くと、押し付けられたラヴィリアの手のひらを、本当にチュウチュウと吸い始めた。

大の男が可憐な少女の手のひらを吸っている絵面というのは……はっきりとした変態だった。目が穢れる。

蠢く唇のくすぐったい感覚がラヴィリアの手のひらを襲う。しばらくしてくらりと貧血のような感覚がやってきた。これが魔力が無くなった状態だろうか。


ブラッドは魔力を食べ終えるとラヴィリアをソファに座らせた。そしてラヴィ、と呼びかけた。


「どうだ?」

「……大丈夫です。少し頭が変な感じはしますけど」

「魔力ゼロになったからな。しばらくしたら治るだろう。

角は……ないと不便だし、我の力が半減するんだが」

「でも、あると困ります」

「しゃあねえなあ」


ブラッドは両方の角を頭に押し込んだ。彼の象徴のようだった角がなくなった。こんなに簡単に収納可能なのかと、驚くほどだ。


「目は……こんなもんか」


ブラッドはラヴィリアの顔の前で目を見開いて見せた。

髪と同じ、夜色の瞳がそこにあった。

ラヴィリアは角がなく黒い瞳のその顔を見て、思うところはあったが言わないでおいた。

ブラッドのくせに爽やか好青年な雰囲気が出ているなんて、本人にはとても伝えられない。人外の矜恃を傷つけてしまうかもしれない。


「……いいですわ。違和感ありません」

「ん。

では、我は少しの間離れることにする」

「どうしました?」

「他国に行くのだろう。情報はあったほうがいい。我の知識は古いから」

「偵察に行ってくれますの?」

「ラヴィの欲しい情報かどうかはわからんがな。ないよりマシだろう。角を封じたからあんまり大したことはできないがな。ラヴィに危険がないか確認する」

「ありがとう、ブラッド」

「いやあ……」


ブラッドはラヴィリアの顔に触れるギリギリまで頬を寄せた。闇色の髪がラヴィリアの額に触れる。ニヤリと笑うと好青年から下心しかない男の顔に早変わりした。


「先ほどのラヴィは非常に美味だった。ああ、余韻がたまらん。最後まで舐め尽くしたくなる。

また美味しくいただくぞ、我が主」

「……魔力の話でしょうけど、言い方がイヤラシイのです! 変態ですか!」

「嬉しいくせに」

「ブラッド!!」

「ラヴィ。もっと我が名を呼べ」


ブラッドはそのまま姿を消した。


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