うぬのおーしゃ 1
推理もの風にお送りします。
かなり古びた資料だった。
あちこち破れ擦り切れ、インクも掠れた古い文献に、それはしたためられていた。
要約するとこうだ。
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ある時、海の一部にヘビのような生き物が棲みついた。ヘビに見つかれば船はことごとく沈められ、人を食った。
困り果てた村人の元に、徳の高いお坊様が訪れた。お坊様は神の使いがいると言った。お坊様は聖なる石を村人に授けた。
村人は神の使いの元へ船で向かい、聖なる石を海に投げた。聖なる石を追って、ヘビは海の底に消えて行った。
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ラヴィリアはサクタと、サクタの秘書オーメイと、額を合わせて話し合っていた。一週間かけて探し出した文献が、これだった。思いの外時間がかかってしまった。
「大体、こんな意味で書かれてますわね」
「似たような記述がもう一つの文献にも載ってましたし、昔から伝わる伝記ではあるのでしょう」
「ヘビのような姿の神の使い、がシーリザードだとして」
「ポイントは聖なる石、ですかね」
「なんですかしら、聖なる石って」
「聞いたこともない」
サクタが癖のある黒髪をくしゃっと混ぜた。あらぬ方向に髪が靡いたが、くせ毛アレンジとして成り立っている。
「徳のある坊さんってのも、怪しいんだけどな」
「伝説性を高めるためにお坊さんにしたのかもしれません」
「坊さんじゃないとすると、誰なんだ?」
「村の人間じゃなさそうだ。村から村へ渡り歩く人、となると…………商売人とか?」
オーメイがなるほどと頷いた。
「今でもそういう行商人はおりますね。山の方で商品を揃えて海辺で販売し、海の商品を揃えて山側で売る。離れた土地の商品は手に入りにくいですから、よく売れます」
「昔からいただろうな。
その行商人がたまたま仕入れていた、村には無い何か貴重な物を、神の使いに与えてみたら」
「物の見事に食いついた、と」
「ストーリーには当てはまりますが、具体性には欠けますね」
うーんと、三人が頭を悩ませている時だった。
来客があると、サクタに連絡が入った。
そんな予定はなかったようで、訝しげにサクタが退出した。
しばらくして、サクタが来客を伴って戻って来た。
漁労長のケビンの父と、元漁労長のケビンの祖父であった。
昨日の酒場での一件以来、ラヴィリアはケビンの父に会っていない。漁師たちがどのような反応をするのか、じっと待っていた。
ラヴィリアは、今日は攻撃的なドレスでは無いが、威厳を備えてケビンの父を見据えていた。
ケビンの父は、入室するなりきっちりと身体を折って、ラヴィリアに頭を下げた。その潔さに少し驚く。
ケビンの父は漁師らしい太い声で謝罪した。
「申し訳なかった。俺たちは意固地になっていた」
「…………」
「海の男の下らないプライドが、陸で働くことを無意味に蔑んだ。何よりも優先すべきは、家族の生活だってのに」
「…………」
「すまなかった。あんたの言う通りだ。子供に格好悪い所を見せちまった」
ラヴィリアは黙って下げられた頭を見つめていた。
一つ小さく息を吐いて、ケビンの父に問いかけた。
「……いちばん最初に謝罪しなければいけない人には、頭を下げてきましたか」
「 ! 」
「最も迷惑を被ったのは、わたくしではないですよね。身近にいた方が一番大変だったはずです」
「……謝ったよ。真っ先に謝った。
うちの嫁だ」
「なんとおっしゃってました?」
「『男って、面倒臭いわね』と」
ぷっ、とラヴィリアは吹き出した。
平謝りするケビンの父と、もうすぐ子供が生まれるお腹の大きいケビンの母が、素っ気なく夫を許す姿が目に浮かぶようだった。漁労長も形無しだ。
ラヴィリアは立ち上がってケビンの父と祖父に椅子を勧めた。口元には笑みが浮かんでいた。
高かったプライドをなんとか曲げて、ここへ謝罪に来た。これにてご破算、でいいだろう。
ケビンの父は大きく息をついて椅子に座った。緊張していたらしい。
「……姫様。なんであの時、あんなにトゲトゲしいドレスで来たんだ? 似合ってないこともなかったけどよ」
「今身につけているような簡素な衣装では、あなたはわたくしの話を聞いてもくれなかったでしょう?」
「あー、……そうかもな」
「舐められては負けと思っていましたので、『貴族の権威を最大限に引き出す威圧的なドレス』とオーダーして、お借りしてきました」
「ぶっ」
ケビンの父は思わず吹いた。
見かけは清楚で可憐な姫だが、姫様の言葉とは思えないほど、目的が明け透けすぎる。言葉がお姫様らしくない。
「おかげで会話が成立しましたので、選択は間違っていなかったようですわ」
「会話っつーより、一方的だったけどな」
「聞き耳を持つ方がいらっしゃらなかったので」
「じゃあ、あの赤いど派手ドレスは、姫様の趣味じゃねえんだ」
「やめてください。
あんな、『あたくしの機嫌を損ねたら、どうなるのか分かってるのでしょうね』みたいなドレスは好みません」
「でも、世間じゃ需要があるんだろ? だから手に入ったわけで」
「パーティであのドレスを身につけている方がいらしても、お友達になれる気がしませんわ。気が強そうで。
わたくし、どうしたって控え目なタチですから」
つんとそっぽを向くラヴィリアを見て、ケビンの父は笑いを噛み殺す。控え目なタチのお嬢様は、大人の男相手に喧嘩を売りに来たりしないはずだが。
妻と子供が噂していた姫様は、こういう人か。見た目は貴族らしい人だが、フランクで柔軟だ。貴族に対する認識すら、変えることになりそうだ。
ところで、とラヴィリアは真面目な顔でケビンの父と祖父に向かい合った。
「わたくしあの酒場で、わたくしだけが魔獣の情報を掴んでいると、あなたがたを颯爽と煽ってみたのですけど」
「姫様、言い方」
「魔獣らしき出来事の文献を見つけたのですが、内容について行き詰まっております。
あなた方のお力をお貸しいただきたいのですが」
「学のない俺たちに、文献の内容なんてのは、荷が重いんじゃないか?」
「文献は過去の出来事を書き記しているだけです。この土地この海で生きている方の知識が、必要になってくるのではないかと思います」
「ほう」
ラヴィリアは文献の物語を話した。細かいところはサクタが補足してくれる。
ヘビに似た海の魔獣が神の使いと呼ばれていること、聖なる石という謎の物を使って神の使いを海の底に誘った、そんな伝記だ。
内容を聞いて、ケビンの父は腕を組んで背もたれに背を預けた。
「確かに、今起こっている事態に似てはいるな。シーリザードはヘビに似た魔獣だし、船を見つけては体当たりする性癖も、まんまだ」
「聖なる石というものに、心当たりは?」
「ないな。海の神を祀る風習はあるが、石は出てこない」
「海の神を祀る儀式は、どんなことをするのです?」
「藁束を白い布で包んで、祈りを捧げてから海に流す。豊漁祈願でもある」
「石の出番はないですね」
うーん、と一同は頭を悩ませた。
そう簡単に解決する内容ではないみたいである。
ケビンの祖父が首を傾げた。元漁労長だが、まだ現役で海に出ている古参の漁師だ。日焼けた肌に深い皺が刻まれていた。
「話からすっと、わらべうたにもちこうな」
「わらべうた、ですか」
「ここいらの子ぉが、よう歌っとるじゃいの」
「わらべうた……童謡ですね」
「よく歌っている童謡といえば」
「「「 うぬのおーしゃ 」」」
いくつもの声が揃った。
『うぬのおーしゃ れんこした
つくのようさに れんこした
すいたあ つくのようさ かって
うぬのおーしゃ おいなとさ』
その場の誰もが思い至った。
ラヴィリアも楽しく聞いた、子供たちの『おうた』である。
歌の内容はこの辺りの伝説で、海の主の恋物語だったはずだが。
「海の主が月の妖精に恋をして、月を飲み込んで海に沈む、というお話でしたよね」
「神の使いは聖なる石を追って海の底に消える。確かに似ているな」
「歌に合わせると、海の主は神の使い、神の使いはシーリザード、となるのでしょうか」
「そうなる可能性が高い」
「シーリザードの好物で、石のように重たいもの、ってありますか?」
「なんだそれ」
「そもそも、シーリザードって、何が好物なんですか?」
「知るか」
「ですよね」
一同は揃って頭を抱えた。また行き詰ってしまった。
一人だけさらに首を傾げている人物がいた。
ケビンの祖父だ。
ケビンの父が、気が乗らないように祖父に話しかけた。
「なんだ、じいさん。なんかあんのか?」
「おめえ、知らねえか。うぬのおーしゃは海溝の下にいんだわ」
「祀りの話な。祀りの主は海溝にいて、人は祈りを込めて主へ供物を捧げるって話」
「だっけえ、うぬのおーしゃがシーリザードちゅうのはおかしいろう。うぬのおーしゃは海溝から出てきよらん」
「それ言い始めたら、辻褄合わなくなんだろが」
「辻褄は合わなくていいんです。」
ラヴィリアがケビンの父を止めた。
なんだか、たくさんパズルのピースが揃ってきているような気がしていた。でも、まだ足りない。
「とにかく情報が足りないので、何でもいいから海に関すること、海の伝説の情報が欲しいんです。そこから真実と思われるものを探したいのです」
「……そうなのか?」
「お爺さんのお話も、とっても大切です」
「ほれな」
「年長者の言葉は深いです」
ケビンの祖父が父をニヤリと見下した。年配のドヤは見ていて気分がいい。
ケビンの父の渋い顔が、なかなか見ものだった。
謎解きは明日。




