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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第五章 働く姫君

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武装準備

ラヴィリアとて、漁師たちを煽りに行くために、なんの準備もせずに向かった訳では無い。どちらかというと鉄壁の武装をして赴いたに近い。

話は一週間ほど前に遡る。



◇ ◇ ◇



ケビンから父親の話を聞いた後、ランドレイク家に戻ったラヴィリアは、自室でイライラとソファに座っていた。姿勢はいいが目つきが剣呑である。

脳裏には、ラヴィリアに涙を見せようとしない、小さなケビンの背中が焼き付いていた。切なさと共に、めらめらと蒸気に似た怒りが再沸騰する。

カナメはお茶の準備をするため出払っていた。こうなったラヴィリアは面倒くさい、と早々に悟ったに違いない。

とりあえず、ラヴィリアは身近にいたブラッドに当たり散らしてみた。


「この町の漁師たちは何をやってますの!子供をあんな風に泣かせるなんて最低ですわ!」

「悪魔的には、素晴らしく正解だけどな」

「海の魔獣が手に負えないにせよ、生活を支える手段は他に考えるべきだとは思いませんか? お金がなければ食べていけないのです。最低限の生活は徐々に心を蝕みます! わたくし、マリ王国の山奥でじっくりと体験しました!」

「ほおお」

「どんなに立派な漁師だったとしても、今は昼間っからお酒飲んでるだけじゃないですか! わたくしの工場で働きたい奥様たちの方が、よっぽど腹の座った使える人材です!」

「ほうほう。ほほーん。まあ我は、どうでもいい。

ところで、ラヴィよ」

「なんですかっ?!」

「海の魔獣って、今あそこでうねうねしているヤツ?」


ブラッドが窓の外の海を眺めていた。ランドレイク家の上階からは海が望める。ラヴィリアからは海面と水平線しか見えない。ブラッドの言ううねうねしてるもの、は見当たらなかった。


「……あなたには何が見えてますの?」

「ヘビみたいな魔獣だな。海中にいるが、あまり深く潜ろうとはしないみたいだ」

「あなた、海の中まで見えますの?」

「我は悪魔だぞ。魔属性の生き物は、よりよく見える。あれは……シーリザード、とか言ったかな。デカいがデカいだけの魔獣だ」

「! ! !

なんで魔獣が見えること黙ってたんですか!」

「聞かれなかったし。

我は掃除と修繕の方が面白かったし」


ラヴィリアはブラッドをぐーで殴ろうと拳を上げ、止めた。やったとしてもノーダメージだし、どちらかというと「やん、ご褒美♡」とか言ってくるに違いない。

そして確かに、ラヴィリアは魔獣についてブラッドに尋ねていなかった。


もっと有益な情報を引き出した方がいい。ラヴィリアはかたわらに立つブラッドをじっと見上げた。


「どういう魔獣かは知ってます?」

「うーん。海に住んでるヤツ」

「それは、なんとなく分かります」

「気に入った場所を縄張りにして、縄張りに入ったモノは食い殺すか叩き殺す。知性は低いから意思の疎通はできない……それくらいしか知らん」

「お願いして出て行ってくれるよう、仕向けるなんて」

「無理だわな。バカだから」


バカだから、で片付けられる魔獣。

そんなバカに手が出ない人間。歯がゆい。


「悪魔の力でなんとかなりませんの?」

「殺してこいってんなら、やるけど。

ただし、大型魔獣の血で穢れた海は、しばらく小物の魔獣を引き寄せるぞ」

「なんでっ」

「簡単に魔力上がるからな。んで、小物同士の諍いが頻発してさらに穢れる。向こう百年くらい、魔物による愉快なドッグファイトの聖地になれる」

「ダメです、却下です!」

「うん。我もやりたくない」

「……意外ですね。あなたの事だから、ノリノリで殺戮に行くかと思いました」

「だってそうなったら、我があのうねうね殺しに行くことになるんだろ?

我、海に入ると濡れるじゃん」

「……は?」

「海水だから、ベタベタするじゃん。髪とかバリバリになるし。あれ嫌いなんだよね」


さらさらの黒髪をかき上げながら呟くブラッド。そういえばブラッドは、いつも清潔感には溢れている。掃除好きな綺麗好きだ。

そんな悪魔も、過去に海水に浸かったことはあるらしい。


「あー、そういえば」とブラッドがポンと手を叩いた。


「昔さあ、この辺で同じようなことあった気がする」

「魔獣が海で暴れるようなこと、ですか?」

「うーん、なんだったかなー。三百年以上前のことだしな。

もうちょっと、何か違うカンジのさ。わかる?」

「いえ、全然」

「だよなー。でも、海で魔獣で、どうのこうので、ああだこうだなんだよ」

「海と魔獣しか符合してませんが」

「あんまり興味なかったから、覚えてない」


使えない悪魔である。

しかも大分古い記憶である。ブラッドが何歳なのか、聞くのが怖い。

ブラッドはラヴィリアに顔を寄せてきた。にやーりと良くない顔をしている。


「我ならば、調べられないことも、ないんだけどお」

「……なんですの」

「ご褒美として? 久々に?」

「……あー」

「勿体ぶらずに、どう?」

「もしかして、わたくしの魔力ですか」

「ラヴィの魔力、久しぶりに食べたいの。

すっごく、おいちいの」


町の幼子の真似をされても可愛くは無い。というか真似だけに明確に腹が立つ。

だが、情報が欲しいのは間違いない。それが見当違いのことかもしれないが、今は何としても欲しい。漁師の現状を変える手段になり得る。その情報を元に漁師と交渉できるかもしれない。



「……わかりました。魔力全部はダメですよ、わたくし、身動き取れなくなりますから」

「わかってるって、任せとけ」

「その軽い言葉、不安しかない」

「一応な、ラヴィはソファに座ったままで、背中と脇にクッション置いて……それともベッドで寝たままやる?」

「加減する気なんて欠片もないじゃないですか!」

「まあまあ。

さあ、唇よこせ……」


おもむろに斜めに顔を近づけてくるブラッドを、ラヴィリアは手のひらで遮った。ばちんと、いつものようにいい音がした。ラヴィリア、よい反応速度である。


そのままちゅうちゅう音を立てて、ブラッドはラヴィリアの手のひらから魔力を味わった。片膝をついて、両手でラヴィリアの手を掴んでいる。

変態が女性にかしづく絵画のような光景である。決して清く正しい青少年に見せてはいけない。


そういうタイミングで、ノックは鳴った。


「ラヴィリア様、サクタです。工場の職人追加についてお話が……」

「ちゅう……お、領主か。後にしろ。

今、我のおいしいごはんのさい、ちゅう」

「な、何やってんですか! むしろ何やったらそんなご褒美もらえるんですか? ええっ、俺もやりたい!」

「……サクタ殿、色々誤解です……ブラッド、もうやめて。魔力なくなる」

「ラヴィ、魔力量増えたなあ。まだ出てくるもん、美味いたまらん」

「目が回ってきたのよ、ブラッド。クラクラしてきて」

「だからさ、何をしたらラヴィリア様の手、吸えるの? 何のプレイ? 俺も役に立ったら、ラヴィリア様に踵で踏まれながら、手のひら舐めていいの?」

「サクタ殿、あなたこそ何言ってるの?

嘘つき、ブラッド、 もう限界――」


魔力を失って限界を突破したラヴィリアは、スコンと視界が暗転した。





目が覚めた時、ラヴィリアはベッドに寝かされていた。すぐ側に心配そうに歪んだサクタの顔があった。真顔以外は珍しい。

ラヴィリアは瞬きをして辺りを見回す。すぐにカナメの姿を捉えた。見慣れたカナメの姿に安心する。


「ラヴィリア様、大丈夫ですか?!」

「……サクタ殿、わたくしどれだけ気を失ってました?」

「ほんの数分です。精霊殿がベッドまで運んでくれました」

「ブラッドは?」

「すぐにスキップしながらどこかに出かけましたが」

「ブラッド、逃げたわね……それと、サクタ殿」

「なんでしょう」

「手を離していただいてよろしいですか」


サクタはラヴィリアの片手をしっかり両手で握っていた。じっとりと汗ばんでいる。

サクタは上目遣いでラヴィリアを見上げた。上目遣いの真顔である。癖のある黒い前髪がはらりと額に落ちた。


「もう少し、ダメ?」

「ダメです。離してください」

「ラヴィリア様と公然と手を繋げる上にここまで間近に美しい寝顔を眺められる幸運は一生に一度のことだと思って、つい!

物差しで測りたいくらい長い銀髪のまつ毛と張りのある滑らかな白い肌に映える桃色の唇が俺の欲望という油に火を灯し……」

「今すぐ離さないと、二度と口聞きませんからね」


サクタは渋々手を離した。

ラヴィリアはサクタに握られていた手を軽く眺めた。白い手は当然の事ながら、発疹もなく気分の変化も無い。



これが、王族ではない人と接する安心感か、とラヴィリアは実感した。『王族接触拒絶症』が発症する心配がないというのは、こういう事だ。

エドワードに触れる時は、『王族接触拒絶症』を覚悟の上で触れている。幸い最近は発症していないが、いつ現れるかわからないのもこの病だ。


以前に、エドワードがラヴィリアを遠ざけ、王族以外の人物に嫁がせようとしていた考えは、理にかなってはいるのだ。身体の事を考えれば、それが一番いい。



『できれば、君を好きになれるように。なりたいとは…… 俺も思ってます』

エドワードにそう言わせたのはラヴィリア自身だ。ラヴィリアの気持ちを汲んでくれての本心だとは思っているが。


ラヴィリアでなかったら訪れる未来があるのではないか。エドワードの可能性をラヴィリアが潰してしまっていないだろうか。

――後継者が作れない、という一点で。



王族の血を憎んですらいるエドワードだが、彼の実績は他の誰も真似出来ない。人を巻き込み、人に好かれて、人に出来ないことを可能にしてきたエドワードだ。彼の遺伝子を残せないのは、とても惜しいことなのではないか。

少なくともラヴィリアは、エドワードの血を引く誰かが、エドワードの影響を受けて成長する姿を見てみたい。


それが自分ではなくて、他の女性が担うとしたら。

エドワードの血を引く小さな誰かを、ラヴィリアの知らない女性が抱いている。その肩を優しく抱いて、女性と子供にほほ笑みかけるエドワードがいる。そんな未来に、自分は耐えられるのだろうか…………



「ラヴィリア様?」


サクタに名前を呼ばれてラヴィリアは我に返った。

嫌な想像をしてしまった。普段は考えないようにしているのに、サクタの存在で掘り返してしまった。ラヴィリアの叶わぬ未来の姿。



やめよう。今は、今の現状に集中しましょう。



「怒りました? 怒っちゃいました?

お願い、嫌いにならないで~! 俺何でもしますから!

ランドレイクの全財産さしあげます。領地も建物も現金も、子供の頃の宝物のヨウム貝の化石も差し上げますから~」

「いりません」

「本当に? 領地も、石も?」

「特に石はいりません。あなた、石好きなブラッドの一味ですわね。

もうわたくし怒ってませんから。

わたくしが欲しいのは、あなたの持つ知識、情報です」

「……………………へ?」

「この辺りの古い伝承や、伝記などはありませんか? この辺りではなくとも、海辺で起こった古い事件などを纏めている書物などはございませんか?」

「古い書物……」


サクタは顎に手を当てて考え込んだ。真面目な顔をしていれば、真っ当に映える男子である。社交界ではそれなりに人気があるだろう。あの超絶な語り口の、口説き文句さえなければ。


サクタがおそらく、と口を開いた。


「当家の書庫に古い文献が収まっている棚があります。書物の保存状態がよくないので、処分するかどうか検討していて、今保留になっているはずです。そこを探せば、もしかしたら」

「閲覧の許可をいただけますか?」

「もちろんです。必要でしたら人も用意しましょう」

「ありがとう」

「お役に立てるのでしたら、これに勝る喜びはありません。

役に立った礼をいただけるとしたら」

「はい?」

「あなたの手を、ぺろっとひと舐め、してもいいですか」

「ダメに決まってます」


やっぱ駄目か精霊さん羨ましすぎたよお、と嘆くサクタを、ラヴィリアはアイスブルーに光る氷点下の視線で一瞥した。


次回はこの話の一週間後、漁師に喧嘩売った後に繋がります。

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