姫、啖呵を切ってみる
ラヴィリアは高位貴族のお嬢様風のドレスを身につけた。
普段は身につけない、赤い光沢のある生地に黒いレースを施した、かなり派手めのドレスである。髪は下ろしてつばの広い宝石を散りばめた黒い帽子をかぶり、赤いレースの扇を手にした。ヴィヴィン商会お勧めの、赤い小さな宝石を散りばめた羽根の形のピアスを揺らし、フルメイクを施した顔で嫣然と笑ってみせると、かなり攻撃的な印象となった。
ラヴィリアは棒のように突っ立ったサクタに、優雅に手を差し伸ばした。
「サクタ殿、エスコートをお願いしても?」
「……は、ハネムーンは海の見える温泉で貸切露天風呂付きエグゼクティブルームを一週間貸切、にしましょうか」
「……あなたと結婚しませんよ?」
「えげつない! 露骨に男心をそそる攻撃力高めのそのドレスは、どうしましたっ?」
「勝ち衣装を届けて欲しいと、ヴィヴィン商会に依頼したら、これが届きました」
「普段の清楚で可憐な姫からの、小悪魔的な陰謀策略女子へのギャップ、エグい! そんで、口元がエロい!」
「カナメが見たことない鮮やかなリップを持ち出してきて」
「食べられたい! 貪り食われたい!
というか、絞って踏んづけて痛めつけて欲しい!」
「……あなたの性癖のこと、色々疑いますわよ?」
ラヴィリアはサクタから軽く距離を取った。興奮が治まるまで近寄らない方がいいかもしれなかった。
ラヴィリアだって、好き好んでこんなドレスに着替えた訳では無い。メイクだってここまで塗りたくったことは今まで無いのだ。鏡の中で自分のありかを探してしまった。鏡の真正面に映っているのは、共通点が一個もなくて同席してもお友達になれそうもない女性だ。それが、戦闘モードのラヴィリアだった。
メイクで変身するエドワードの気持ちがしみじみと分かったラヴィリアである。仕事とはいえ、これはもう別人だ。
全ては舞台装置、ラヴィリアの持つ最大級の武器、王族としての権威を可視化するため、の衣装とメイクであった。
◇ ◇ ◇
興奮冷めやらぬサクタと馬車に同乗し、向かったのは町の酒場だ。昼にも関わらず、男たちが数名酒を飲んでいた。
ラヴィリアから目の離せないサクタのエスコートで、ラヴィリアはゆったりと入店した。
ラヴィリアを目にした男たちの視線が釘付けになった。場違いな好戦的淑女が、この場の空気を完全に支配した。
以前訪れた時の清楚で気品のあるお嬢様が、氷のように凍てついた美貌に、威厳と貫禄を添えて佇んでいた。彼女の存在そのものが、とんでもなく上位の身分であると示していた。
ラヴィリアはここまで、とエスコートしていたサクタの胸に軽く手を添え、口元だけで笑みを作った。それだけでハートを射抜かれ瀕死のダメージを受けたサクタが、よろりとテーブルに手をついた。膝が笑っているので座った方が賢明だろう。
姿勢を正し、優雅な足取りで、ラヴィリアはゆっくりと漁師たちの元へ近づいた。表情の読めない顔からは、ラヴィリアの目的は想像もつかないだろう。
男たちの中心に座っているのが漁労長、ケビンの父親であるとラヴィリアは目星を付けた。ケビンのような吊り気味の目がよく似ていた。
完全に感情を殺したラヴィリアは、威厳と威光に溢れていた。表情がないだけに美しさは際立ち、目を離すことができない。人を寄せつけないほどの美貌の貴人が、小さな町の小さな酒場にいるだけで、非日常な光景となっていた。
ラヴィリアは立ち止まって漁労長に目を向けた。感情の色を表に出さない訓練は、幼い頃に何度も叩き込まれ、習慣化するよう言われてきた。為政者になり得る者への、特殊訓練である。
「わたくし、苦情を申し上げに来ましたの」
ラヴィリアの澄んだ声が響いた。何を考えているのか読めない美貌の顔から発せられた言葉は、鋭く漁師たちに刺さってきた。
漁師たちは一言もない。完全にラヴィリアの空気に飲まれた。
「わたくしがアクセサリー工場を稼働していることは、皆様ご存知ですわね。工場の作業員を募集していることも」
「……」
「幸いにも、この町の皆様に合った働き方を提案できたおかげで、たくさんの方にお仕事を手伝っていただけました。感謝しかありません」
ラヴィリアはここで一つ呼吸を整えた。
言いたいことはこれからだ。
手にした赤い扇を、パチリと手のひらに打ち付けた。
「ですが、働きたいのに夫に止められて働けない、というご婦人が複数おられました。生活は楽では無いので収入は欲しいが、夫にバレてはいけないのだと。工場で働くことを禁じられている、と。
そう仰られる方々のご主人が、ことごとく漁業関係者、なんですよね」
「……それは」
「ご主人に内緒で働いている方もいらっしゃいますけど。それくらい生活が困窮しているということでもありますわね」
「……」
「漁師さんは、ご家庭の生活を省みずに、何をなさっているのですか」
「……あんたに、何が分かる、貴族さん」
ケビンの父親がじろりとラヴィリアを睨みつけた。ラヴィリアの高貴な呪縛から、いち早く解かれたのは彼だった。
「漁場にとんでもない魔物が現れ、何隻か船が沈んだ。できる限り魔物と出会わないよう魔物の出現時間や、とくにうろつく場所を特定しようとしたが、何度かに一度はあの巨体にやられて、破損して帰ってくる。その船の修理に時間と金もかかる。そもそも、漁に出れないから修理代も渋らなきゃなんねえ。生活のために小さな漁は行っているが焼け石に水だ。そんな状態がずっと続いているんだ」
「存じてます」
「八方塞がりなんだよ。漁師を続けるためには小魚を採って細々生きるか、町を出て他の漁港で雇われるか、そんな選択肢しかなくなってくる。生まれ育ったこの町で漁師を続けたい気持ちは皆強い。よその漁港で雇われ漁師もできるが、慣れない土地で今より稼ぎも少なくなって、家族を養っていくのはかなりきついだろう。
あの魔獣一匹のせいで漁師はそこまで追い詰められてんだ。部外者のあんたに、とやかく言われたくねえ。出てってくれないか」
「……漁師として仕事をする能力は充分あるのに、仕事の場を奪われ先行きが不透明。魔獣の対策はやればやるほど赤字になり、遅々として進まず」
「そうだ」
「その結果、昼間からお酒を飲んで、騒いでいるのですね」
漁師たちは自分の目の前のジョッキに目を落とした。このジョッキ数杯で、何時間もこうして愚痴を語り合っている。それが何日も続いていた。
ラヴィリアはレースの扇で口元を隠し、気高い雰囲気のまま言葉を紡いだ。
「信じられないくらい、格好悪いですわね」
「……!」
「見ていられないわ、見苦しくて」
「おまえっ……!」
「控えなさい。あなたがわたくしを『おまえ』と呼ぶ資格はありません」
ぴしゃりとラヴィリアは漁師たちの口を封じた。
王族の威厳を全面に押し出したラヴィリアに反論できる人間は、この世に数える程しかいないだろう。エドワードだって無理である。
黙り込んだ漁師たちを一瞥して、ラヴィリアはわざと聞こえるように呟いた。
「自分の子供にこんな情けない姿さらして、親として恥ずかしくないのかしら」
「……」
「わからないわ、庶民のことは」
ラヴィリアは颯爽と漁師たちに背を向けて、カウンターにいた酒場の店主に近寄った。にこりと微笑みながら、ラヴィリアは事態を目撃して硬直している店主に告げた。
「ご店主殿、以前お話に出ていましたこのお店の豪快なオーブン料理ですが」
「は、はい」
「今晩、ランドレイク家に届けてくださる? 以前から気になっていましたの」
「……それはもう、喜んで。魚介料理ですが、大丈夫ですか?」
「この町に来てお魚料理に感動していたところです。わたくし山育ちですので、海のお魚は馴染みがなくて。
本当は、もっと大きな魚が手に入ればと、ランドレイク家の料理人が、残念そうに言ってましたが」
「そうですね。大物が取れる海域が魔物の縄張りになってから、難しいですね」
「それなんですけど。どうやら大昔に、同じような魔物がこの海に現れたことがあったとか」
ぴくり、と漁師たちの気配が変わった気がした。ちらりとラヴィリアを伺う視線を感じた。
ラヴィリアは気付かないふりをして、店主との歓談を続けた。
「ランドレイク家の資料室を、拝見させていただいたのです。古い資料に残っていましたよ。今と似たような魔物が暴れたようです」
「そうなんですか。俺、生まれは他所なんで詳しくないですが」
「青い蛇のような巨体に手足が生えた魔物のようです。ずいぶん暴れ回ったようですが、昔の人は何かしらの手段で撃退したようですよ」
「今より船の精度も高くないでしょうに、すごいことですね」
「本当に。まあ、素人の私が少し調べただけで手に入る情報ですから、今魔物対策を担っている方はとっくに知っていることでしょうけど」
では夕食を楽しみにしております、とラヴィリアはサクタを伴って酒場を出ていった。「ラヴィリア様、格好良すぎ。メロメロのメロも溶けちゃう……しゅき」とヨダレを垂らして目をハートにしたまま動かないサクタを、少し引きずることになった。酒場に女一人では入りづらいため同伴したが、取り扱いが面倒臭い。せめて一人で歩いて欲しかった。
ラヴィリアが立ち去った後、呆然とお互いの目を見交わしているのは、センラクの漁師たちであった。
おのおのひかえい、ひかえおろー。




