格好悪いんだ
やることがなくなって、ひたすらご褒美をねだるブラッドの頭をぐりぐり撫でながら、ラヴィリアは工場前の広場の、粗末なベンチに座っていた。よくお茶会を行っていた場所である。ブラッドは地べたに座ってラヴィリアの膝に頭を預けていた。ご褒美おねだりスタイルである。
気が抜けて、はみ出しかけるブラッドの角を強めに押し込んでやると、「ああん、強くしないで。ラヴィの馬鹿ぁ」と気持ちの悪い言葉が帰って来た。見ると無駄な美形が幸せそうに蕩けていた。
今回はたくさん働いてくれたから、この程度は我慢しましょう。気持ち悪いけど。
ラヴィリアはおざなりにブラッドの頭を撫でていた。
ラヴィリアの工場は口コミで奥様方に広まり、仕事をしたい主婦が多く集まってきていた。小さな子供を持つ主婦が、空いた時間に託児室に子供を預けて働ける、というのはこの町では画期的で、希望者が殺到した。
託児室の保育担当のおばあ様おじい様も数多く応募があり、交代制で働いてもらうことになった。それどころか、託児室で子供が多すぎて面倒がみれない、などにならないよう、お母様方のシフトを調整するところまでやってのけている。「あなたは子供一人? 午前中でお願いね。そっちのあなたは子供三人でしょ。午後二時からよ」といった具合である。町の長老たち、恐るべしである。
子育てを終えた主婦や町の未婚の女性の中には、一日中働きたいという人も現れた。日給制希望だ。
ラヴィリアは9時から6時と時間を決めて働いてもらい、時給制の作業員より少しだけ給料に色を付けることにした。安定してその時間働いてくれる作業員は、やはりありがたい。能力によってはその場の責任者を任せてもいい。
給料が安定して支払われていることが判明したせいか、男性で日給制希望の作業員も増え始めた。漁師以外の仕事をしていた人達である。以前の仕事より少しだけ給料がいいとか、若い女の子もいる職場、のせいかもしれない。
ほとんどがおばちゃんなのだが、重いクズ石を大量に軽々と運べば「すごーい」「さすがねー」「力持ちー」と褒めてもらえるので、彼らの気分はよさそうだった。
宝石研磨・カットの職人とピアス作製の職人は、まだ予定の半数しか呼んでいない。だがこのまま順調に分別作業の作業員が増えてくれれば、予定の人数を揃えてもいいかもしれない、とラヴィリアは思い始めていた。
ふと気配を感じて目を転じると、少し離れた所で立っていたのはケビン少年である。漁労長の息子だ。
何かを言いたいが言い出す踏ん切りがつかない、ような顔をしている。怒ったような不貞腐れたような、曖昧な表情だった。
ラヴィリアはベンチの隣をぽんぽんと叩いた。どうぞ、と手のひらで隣を指し示すと、ケビンはおずおずと近づいてベンチのほんの端っこに腰を下ろした。背中をラヴィリアに向けた形だ。
特に声をかけず、相変わらずブラッドを撫でくりまわしていると、ケビンがボソッと呟いた。
「あんたが撫でてるそいつ、気持ち悪い」
「わたくしもそう思います」
「あんたもかよ。じゃあなんで一緒にいるんだよ」
「ブラッドはちゃんと働きましたからね。今のこれはご褒美です」
「なんだそれ」
「ブラッドは……悪、えーと。上位精霊なので、人間が大切にしているお金や宝石などは興味ないのです。わたくしと契約してますから、契約者からのねぎらいが、報酬となります」
「その、髪ぐっしゃぐしゃにするのが、報酬なの?」
「お前もやってもらえ、少年。たまらんぞ」
ブラッドが蕩けきった顔をケビンに向けた。「きもっ」と普通にケビンに引かれていたが。
ブラッドは構わずラヴィリアの膝に顔を擦り付けた。ついでに匂いを嗅ぐのはやめてほしいとラヴィリアは思っている。健全な青少年に見せる姿では無い。
「その人……じゃなくて精霊?
町の子供使って働かせただけで、何もしてないよな」
「屋根の穴と壁の穴は塞いでいました」
「あの仕事だって、大工の子供使ってた。こいつの手柄じゃない」
「そうですか?」
「人を顎で使っておいて、自分だけ報酬もらうって、なんだよ」
「そういう風に見えるのですね」
ラヴィリアは前と違って、話を聞く体勢を取るケビンを見た。以前は全く聞く耳を持たなかった。
何かしら心境の変化が起こるようなことがあったのかもしれない。ちゃんと会話してくれるなら、とラヴィリアはゆっくりと話した。
「あの大きな工場の中に、どれだけ瓦礫があったか知ってますか?」
「まあ……だいたい」
「すごい荒れてましたよね。一人でお片付けしていたら、何日もかかったに違いありません。
それを見てブラッドは、子供たちに仕事を持ちかけたのです。タダで働かせた訳ではありません。報酬をつけて」
「報酬って言っても、ただの石じゃんか」
「そうですね。それでも子供たちは、その六角形の黒い石がとても魅力的で、手に入れる価値があると感じたのですよね」
ラヴィリアは六角形の石を、キラキラした目で見上げる子供たちを脳裏に浮かべた。貴族のご令嬢が、カラフルできらびやかな宝石を見る目と、大差はないと思った。
「ブラッドは労働力を提供してもらって、価値あるものを渡した。大人だって、お仕事をしてお給料をもらっていますよね。
大人がやっていることの、子供版をやってみせただけですよ。おかげで瓦礫は一日でほとんどなくなりました」
「でもさ、なんか、ずるいじゃん」
「では、今回働いてくれた子供たちの中で、やらなきゃよかったと言っている子はいますか? ブラッドの働かせ方が酷くて、泣いちゃうような子はいましたか?」
「……」
「需要と供給を見極めて、ブラッドはできることをやりきりました。だからブラッドも報酬を貰うのは当然です。
しかも、翌日もたくさんの子が、他にやることないかって、来てくれました。ブラッドが提示した報酬欲しさだけではなく、手伝えることがあるならやりたいと、自主的に来てくれたんです。前日のお仕事が楽しかったんですね。
とても嬉しかったです」
ラヴィリアはケビンに笑いかけた。
不意をつかれてケビンが慌てて目を逸らした。
話しかけている人物はとんでもない美形だった。笑うと光が目に刺さる気がした。
「それに、わたくしもブラッドと同じことをしましたよ。
女の子たちにお茶会という報酬をもちかけて、たくさんお掃除してもらいました。皆さん喜んで働いてくれたと思っていましたが、わたくしの勘違いでした?」
「いや……まあ」
「お茶とお菓子を提供するだけで仕事させるなんてズルいと言われたら、返す言葉はないんですけど。わたくし本当に困っていましたし、あれがあの時にできる精一杯だったので、後悔はしていません」
「……貴族なんだから、金ばらまいてなんとかすればいいじゃん」
「お金をばらまきに来たんですけど、受け取ってくれる人が、この町には誰もいなかったんですよ」
「う……」
漁師たちの、貴族のお遊びにつきあうな、という通達はケビンも知っている。おかげでしばらくこの工場の作業員は集まらなかった。
貴族のやることはズレてんだよなざまあ、と思っていたのはケビン自身である。
「なんだかんだで漁師の奥様たちと仲良くなれて、お話しているうちに奥様たちの貴重な時間を少しずついただけることになって、工場は稼働できるようになりました。まだ予定より小規模な稼働なんですけど、動かないよりずっとマシです」
「……あのさあ」
「なんですか」
「俺の中で漁師は一番で、漁師よりすげー仕事はないと思ってるんだ」
「命懸けで働く漁師さんは、格好いいですもんね」
「そうなんだ。そうなんだよ。
だからあんま、言いたくないんだけど。認めたくないんだけどさ」
「 ? 」
「……あんた。あんたも、格好いいよ」
ケビンはラヴィリアを見ずに遠くを見ていた。灌木の手前で毛繕いする三毛猫を見ているのかもしれない。
ラヴィリアは自分に背中を向けた小さな背中を見ていた。ラヴィリアの膝でごろごろしていたブラッドも、頬は膝に擦り付けながらもケビンに目をやっていた。
「誰も見向きもしなかった工場に入ってきて、すぐ逃げ出すかと思ったけど踏ん張って、町の女の人が喜んで働ける場所作った」
「だと、嬉しいのですけど」
「みんな収入が増えて喜んでる。俺みたいな子供でも、生活に余裕が出来て町が元気になってきたのは、あんたの工場のおかげだって分かる」
「みなさんが頑張ってくださるからですよ」
「だからさ。この町に頑張ってない人がいるって、気付いちゃって。自分でやれることあるのにやろうとしないのって、すげえ格好悪い」
ケビンのそばに三毛猫がやってきていた。警戒心の薄い猫のようで、ひょいとケビンの膝に乗った。少し驚いたようだが、ケビンはすぐにその背を撫で始めた。
「格好悪いのってさあ……それって、うちの父ちゃんたち。
魔獣のせいで海に出られないからって、昼間っから酒飲んで、騒いで愚痴って」
「ええ」
「酔っ払って機嫌悪くて、母ちゃんに当たり散らしてる。母ちゃん、もうすぐ赤ちゃん産まれるから大事にしなきゃいけないのに、家のことは任せっきりで、たまに叩いたりしてさ」
「……」
「父ちゃんが、すげえ格好悪いんだ」
ケビンはずっと下を向いて喋っていた。鼻をすする音がした。三毛猫は気怠げに顔をケビンに向けだが、そのまま気にせず頤を落とした。
ケビンはこんなことを言いたくないはずだ。格好良くて尊敬する父だったのだ。漁師が一番格好良いと断言していた子だ。
それなのに、ケビンの目に映る漁師の父は、今現在格好良いところがない。仕事をしない父親は、子供に見限られようとしていた。
ラヴィリアは項垂れて猫を撫でているケビンを見つめた。見つめながら、身の内からフツフツとしたものが沸き起こるのを感じていた。煮えたぎる鍋から湯気がとめどなく立ち上っているかのようだった。
ラヴィリアは怒っていた。
ケビンの父と、父と共に酒場にいた漁師たち、全てに対してだ。
あんなに尊敬していた父親を「格好悪い」と子供に言わしめた漁師たちに、真剣に腹を立てていた。
漁師たちは、工場にもラヴィリアにも近づいてこようとしていなかった。あからさまに避けられている気配があった。
避けた挙句に遠目で工場を見て文句ばかり垂れ流して子供を失望させている。そんな格好の悪い大人に、誰か文句を言ってやれ。
誰もいない?
この町に彼らに文句を言える人は誰もいない?
そうか、それならば。
それならば…………!!!
目付きがどんどん不穏になっていくラヴィリアを膝の位置から見上げて、ブラッドは「わくわく、きゅん」と、心底嬉しそうに呟いた。
ラヴィちゃんの怒り、からの攻撃。
てことで、次回は深窓の姫君の攻撃です。




