お ・ も ・ て ・ な ・ し
ラヴィちゃん、女子トークに挑戦
「だからあ、ジョンみたいに運動神経よくて一見格好よさそうに見える男でも、ズボンからシャツが出てた時点で、台なしなのよ」
「わかるう!」
「身だしなみは大事ですわね」
「だからといって、レオンの蝶ネクタイはないよね」
「ないない。ないわー。
あれなんなの? 都会のおじさんからもらったって自慢してたけど」
「センス疑うわよねえ」
「やっぱり、ジャックが一番まともじゃない?」
「やだ、マークよお」
「あんたそれは、自分の彼氏だからでしょ」
「えへ、バレた」
惚気けてるう、と女の子たちの軽やかな笑い声が響いた。
ラヴィリアは手伝いに来てくれた年長の女の子たちに混じって談笑していた。十二歳から十五歳の女子たちである。小さな焼き菓子と薄い色のお茶が置かれた粗末なテーブルで、一番盛りあがっている話題は『恋バナ』であった。
ラヴィリアは若い女子たちを取り込むために、お茶会にお誘いしてみたのだ。予算がないので大したものは出せないが、清楚で気品のあるラヴィリアが、高貴な笑みを浮かべながら「わたくしのお手伝いをしていただけましたら、ささやかながらお茶会にご招待したいと思っています」と誘ってみたら、女子たちは食いついてきた。お姫様みたいな綺麗な女性と優雅にお茶ができる、という未知との遭遇に、色めき立ったのである。
瓦礫を除いた工場はどこもかしこも埃と泥で汚れている。女子たちはほうきやモップや雑巾などを自宅から持参し丁寧に掃除を始めた。「七歳以下は戦力外」とブラッドに宣言されてきた小さな男の子たちも、できる範囲で掃除に参加していた。それどころか、年長の女子たちは瓦礫運びを終えた男子たちを顎で使い、家からハシゴを持ち出して高いところの壁なども拭かせ始めた。
集団の女子は強いのである。
もう三日にもなるので、工場の清掃は半分以上終わろうとしていた。
お茶会は全員で開催するわけにもいかないので、年齢別に何人かに分けて行っている。男子たちに至っては、ブラッドが鯉にエサを与えるかのごとく、焼き菓子をぽいぽい投げ与えていた。群がる様が、正に鯉のようだった。
今は最年長グループの七人でテーブルを囲んでいる。おしゃべりは尽きないが食欲も尽きない女子たちである。ラヴィリアが早起きしてカナメと作った焼き菓子は、素晴らしいペースで着々と数を減らしていた。
「ねえねえ、姫様」と、そばかすのある栗色の髪をした少女かラヴィリアに話しかけた。ラヴィリアは身分を伝えていないが、なぜか自動的に「姫様」というあだ名がついていた。なぜだろうと首を傾げまくったラヴィリアであるが、カナメもレイモンドも、まんまだなと、子供たちの素直な視線を評価していた。
気品のある仕草でアイスシルバーの髪をかき上げながら、話しかけた少女に目をやると、「うわ、めっちゃ姫」という言葉が漏れた。今の何が姫なのか、ラヴィリアにはよくわからない。 好奇心が溢れまくった女子たちの視線が、一点集中でラヴィリアに集まっていた。
「ええっと。姫様って、やっぱり婚約者とかいらっしゃるんですか?」
「わたくしに、ですか?」
「高貴な身分の人は、小さい頃から婚約者が決まってるんですよね。そう聞いたことがあって」
「そうですね。幼い頃に婚約者が決まることは、よくありますね」
「姫様の婚約者様って、どんな人なんですか?」
「あ、聞きたい聞きたい」
「王子様みたいな人ですか?」
「エドワード第二王子様みたいな?」
「何年か前に、センラクにいらしたよね、エドワード王子」
「ノース港工事の関係でしょ。海に強い人材が欲しいって」
「あたし、手を振ってもらったもん!」
「格好良かったよねえ」
「「「 ねえ!!! 」」」
「エドワード王子様と姫様のカップリング、最高すぎるんだけど」
「もう、夢みたいなペアよねえ」
……偶然だけど、この子達正解引き当ててる。
ラヴィリアは一瞬頬が引きつるのを覚えた。
町の女の子たちとしては、素敵な王子様と言えばエドワード王子、と思いついたままを言っただけのことだろう。エドワードは実際にセンラクに足を運んだことがあるようだし、彼の絵姿はセンラクの町でもよく売れているようだ。
カルロス、さすがやり手である。
本当にそのエドワード王子が婚約者なんですけど。
という真実は腹の底にしまいこんだ。ラヴィリアは否定も肯定もせずに、にっこり笑ってやり過ごした。
「わたくしの婚約が決まったのは、事情があって三ヶ月ほど前です。小さい頃から婚約者が決まっていたわけではありませんね」
「そうなんだー。でもやっぱり婚約はしてるんですね」
「どんな人? イケメンですか?」
「イケメン……いいえ。あの方はイケメンではありません」
ラヴィリアはエドワードの素顔を脳裏に浮かべた。うだつの上がらなそうな冴えない顔の男である。化粧したアレは、エドワードであってエドワードではない、とラヴィリアは認識している。
らぶきゅんエドワードは見た目はキラキラで良いとはいえ、甘み成分が強すぎてラヴィリアの中では価値が低い。できれば接触は避けたい個性だ。
女の子たちはええーっと声を上げた。
「こーんな綺麗な姫様の婚約者が、イケメンじゃないのー?」
「なんか、がっかりです」
「世間は美男美女の熱愛物語を求めてるのに」
「期待に添えなくて申し訳ございません」
「マジで期待してました~」
「政略結婚でイケメンでもないなんて、姫様が可哀想です」
「そうですよ。愛のない結婚なのに、見てくれもよくないなんて、ねえ」
「貴族様の冷たい結婚は、義務でしかないですもんね」
「姫様にも、恋愛する楽しさを知って欲しいじゃない」
「フツメンの婚約者じゃ、姫様がっかりですよね」
「そんなこと、ないです。
わたくしは自分の婚約者に、がっかりしたことはないですから」
ラヴィリアは咄嗟に口を開いていた。
こんな所で本音なんて漏らさなくてもいいのに、つい口を挟んでしまった。
愛がないとか義務でしかないとか、ラヴィリアの婚約は全然そんなんじゃない。
そりゃあ、エディはちっとも格好良くないしオシャレじゃないし後ろ向きがちな暗い性格で、よく悲鳴とかも上げてる軟弱者だけど。
ラヴィリアの中で大事にしているエドワードは、そういうんじゃない。もっとなんというか、ほんわかしてて温かくてとても癒される、そういう……
「……よい人、ですよ」
「よい人?」
「よい人って、どんな男の人なんですか?」
「……どんな人。どんな人か、ですね。
そうですね。わたくしの婚約者、は。
……底のしれない優しさと、思いやりと……ほんのちょっとの照れ屋さん、でできているような人です」
「うわぁ……」
ラヴィリアは常に極限の状態に置かれているエドワードを思う。命を狙われ、言葉の刃に貫かれ、過剰な蔑みと、過剰な期待に晒されることを日常としているエドワードが。
ラヴィリアの嗜好を垣間見て、ラヴィリアの将来を懸念しつつ、ラヴィリアの期待に応えようとして、いろいろと抱え込みすぎの婚約者。
いつも全力で何かに応えてあげようともがいているように思えるのに、誰にも気づかれることなく諦めたような笑みを浮かべている婚約者。そんなエドワードをラヴィリアは、とても愛しく想うのだ。
女子たちが目を丸くしてラヴィリアを見ていた。
凛とした佇まいで、少し近づき難い印象のラヴィリアだったのだが。
エドワードを思い出しているラヴィリアの雰囲気が、ほんのり柔らかくなったのを感じたのだ。柔らかさはそのまま女性らしさに繋がった。
今のラヴィリアは、小さな幸せを糧に、大事な恋を守る、ひとりの女性にしか見えなかった。
「いつもわたくしを気遣ってくださいますし、優先してくれる人です。自分のことよりわたくしを優先するのが、とても歯がゆいことがありますが」
「はわああ」
「そして照れ屋さんなので、わたくしと目を合わせてもすぐ逸らしてしまいます」
「ええっ……何それ」
「可愛ゆ」
「エスコートはしてくれますけど。自分からは接触してこないんです。それも、もどかしいというか」
らぶきゅんエディはひたすら触ろうとしてくるけど、あれは別人。そもそも本当に触れてきたら、正気に戻った時に土下座案件となる。
本当のエディは、あんな風に自分の気持ちを押し付けてくるようなことはしない。
素のエドワードが触れてきたのは、サミュエル王太子が触れたラヴィリアの髪を、「上書き」と言って優しく撫でてくれたくらいだ。それだって、ラヴィリアが後々不快な記憶にさいなまされないようにするため、である。
よく考えたら、ほかの接触は全てラヴィリアから行っている。触れにいってるのはラヴィリアの方が圧倒的に多くて。
……あれ、もしかしてわたくし、大胆なことしてる?
病気が出ないか確かめるためにエディの手を握ったり、サミュエル王太子から庇ってくれたエディの背中にしがみついたり。思い切って告白した時エディの頭を抱きしめたし。この前エディの髪を鷲掴みにしたのはノーカンとしても……!
改めてぶわっと恥ずかしさが込み上げてきた
ラヴィリアである。思わず頬を赤らめた。
わたくしったら、ちょっとじゃなくて大っぴらに、はしたなくないですかっ?!
そんなラヴィリアを女子たちがキラキラした目で見ていた。全員前のめりである。どちらかと言うと、ちょっと殺気立っていた。
「姫様、真っ赤。かわいい~」
「それって、すごい『好き』じゃん」
「ああ、はい、ええと」
「『好き』というか。もう、恋じゃんか」
「ゴリゴリに、恋してんじゃん」
「あの……」
「ていうか、貴族様の純愛って、初めて聞いたんだけど」
「触ってくれない不満なんて、もう惚気じゃんね」
「めっちゃ熱すぎ。火傷上等」
「優しくて照れ屋とか。相手の男、キャラおいしすぎ。ツボんだけど」
「マジで見てみたい。萌えるわ~」
「姫様と目も合わせないって、どんな顔して目ェ逸らしてんのよ」
「こっちが恥ずい」
「超、うずくよね」
「つか、ウチらでデートセッティングして、最高の状態に仕上げたい」
「触れずにはいられない姫様、作り上げるっしょ」
「この世で最強のキュート女子ね」
「いいねー!」
女子たちの盛り上がりについていけないラヴィリアである。口を挟む隙が全くない。
女子たちは、デートの服装は露出多めで、貴族なんだから胸寄せチラ見せ谷間推しだの、好き勝手な事を言っている。寄せてもささやかでしかないラヴィリアの体型は置いてけぼりだ。
ラヴィリアは勝手に作り上げられる自分のドレスと、勝手に強制執行となった男を惑わす煽情的仕草に目を回していた。わたくし、それ本当にやるんですか……?
女子トークが最高潮に盛り上がった時だった。
カツン、と水差しを置く高い音がした。
無表情に怒りのオーラを貼り付けたカナメが、ぐるりと女子たちを見渡していた。
「あ、ヤバ」と誰かの漏らした声がした。
カナメの硬すぎる声が、女子たちに突き刺さった。
「時間は過ぎてございます。仕事にお戻りいただけますか、お嬢様方」
「……はい。すみません……」
「それと……!」
カナメの纏う空気はあくまで重かった。黒黒とした煙を纏っているかのようであった。
煮えたぎる怒りを押さえ込んだ声音で、カナメはぶっすりと女子たちに釘を刺した。
「不敬罪、という罪があります。あなたがたの年齢でしたら、どういう罪か分かっていらっしゃいますね」
「…………はい」
「普段でしたら、声もかけられない貴人、という方がいらっしゃいます。気さくだからと言って甘えていいわけではありません」
「…………」
「次からは、わきまえるように」
明るく爛漫な女子たちは、黙って一礼してそそくさと仕事に戻って行った。「侍女、こっわ」という声は、きっと風に流されてカナメには届いていないはずだ。
それを見送ってラヴィリアはカナメに目を向けた。顔に不満と書かれていた。
「カナメぇ」
「ラヴィリア様がいけません。仲良くするなと言っているのではないのです。きちんと線を引きなさい、と言っているのです」
「うう……」
「庶民の、それも同世代の女の子たちとおしゃべりするような、こういう機会はありませんでしたから、はしゃいでいらっしゃるのはわかりますが」
「……あの子たちのためにもならない、ということね」
「気位の高い貴族にあのような口をきいたら、どのような処分を受けても文句は言えないですからね」
「……はい」
難しいな、とラヴィリアは落ち込んだ。仲良くなりたくても身分が邪魔してしまう。自分の身分がかなりの上位であることを、あらためて突きつけられた気がした。
立場が違っても仲良くなれるように、こちらから仕向けていく。立っている場所が違っても、手を繋ぐことはできるはず。それならなんとなくできるような気もするのだが。
物思いにふけっていると、カナメが持参した大きな布を地面に広げ始めた。ラヴィリアも慌てて手伝いに入った。うきうきとカナメに問いかける。
「カナメ、このシートを広げるってことは、次は……!」
「はい。ラヴィリア様お待ちかねの、三歳から七歳までの会になります」
「ピクニック形式の会ね! 今日は何人来るかしら?」
「来たようですよ」
工場の方からラヴィリアに向けて進む集団があった。三歳から七歳のお茶会には男子も含まれている。
総勢十人ほどの小さな影たちが、ラヴィリアに向けて手を振っていた。
「ひめしゃまー」
「あしょんで、ひめしゃま!」
「きたよー」
「カナメ! 可愛さがとどまることを知りません! どうしましょう!」
「接待してくださいませ」
「それはもう、全力で接待させていただきます」
「……俺も来てやった。せいぜいもてなせ」
ひとりの少年が、偉そうにラヴィリアの傍に立った。
この年代のお茶会は幼い子供たちなので、できるだけ年長の兄弟や保護者の参加を促していたのだが。
弟の保護者だと言い張って、毎回参加してくるこの少年。
センラクの漁師を束ねている漁労長の息子で、ケビンと名乗っていた。
なぜかラヴィリアを目の敵にして、あれこれ口出してくる。ちょっと面倒くさい男子だった。
ラヴぃちゃん、女子トークで惨敗




