小さな労働者たち
翌朝、ラヴィリアは工場予定地へ向かっていた。
昨夜は頑張ろうと気合いをいれたが、現状を認識するとそこはかとなく胃が痛い。
昨日の酒場での様子からすると、工場の人員は確保出来る気がしなかった。そもそも漁師のネットワークで今頃工場への不参加通達が伝達されていることだろう。レイモンドが手配した宝石加工の職人たちが来るまでに、宝石選別の作業員は多めに確保したかったところだが。
「なんだかもう、大変すぎだと思うのです、カナメ」
「……そうですね」
「海の魔獣の情報とか、お義母様ならとっくに得ていたと思うのですけど、レイモンド」
「……そうですね」
「情報を渡してくれないことに何か意義があるのでしょうか。それともこれは、お義母さまによる試練ですの?
エディと結婚したいなら、『これくらいのことは、軽々とこなしなさいねえ、お嫁ちゃあん♡』とか言われてる気がします」
「ラヴィリア様、ソーラ様のモノマネが絶妙にお上手ですね……」
「お義母様の魂が降りてきた気がしますわ」
「……長らくソーラ様にお仕えしている私の見解では、『細かいことは、気にしなあい♡』が発動しているかと思われますが」
「あらレイモンドも、お義母様のモノマネお上手」
「ヴィヴィン商会員幹部の、必須スキルでございます」
――ソーラに対する愚痴大会が、幹部内で盛大に行われていることが示唆されている。
ラヴィリアは見えてきた巨大なボロ工場を目をすがめて見た。あの大きな工場を三つも、人員を揃えて稼働させなくてはならない。クズ石から宝石を探す作業は、特に多くの人手が必要だ。それが一人も確保できないとなると……。
ラヴィリアは巨大な工場で、一人ポツンとザルの中のクズ石から、懸命に宝石を探す自分を想像した。なんだか寒くて心が痛かった。
いけません!
何事もポジティブに。昨日の夜のように気合いを入れ直しましょう。
それに暗い想像をすると、悪魔に魂を食われるって幼い頃神父が言っていました。
うちの悪魔なら「どうしたラヴィ、へっへっへ」とか言いながら体をまさぐってきそうですが。嫌です、それも気持ち悪いです!
ラヴィリアはいやらしい顔をしたブラッドの幻想を振り払った。あながち的はずれな想像ではないのが痛いところだ。
その悪魔が工場の前で仁王立ちしていた。黒い燕尾服と白いエプロンドレスは健在だ。ただし、いやらしい顔ではなく、やたらときりりとした表情で何事か指示をしていた。無駄なイケメンはこういう時映えて見える。
はて? と、ラヴィリアは工場を改めてよく観察した。
ブラッドの指示を受けて、いそいそと動いているのは……大勢の子供たちだった。
「持てる瓦礫は全て外に出せ。大きいものは無理して出さんでいい」
「エプロン親方、おれたち二人でなら持てるヤツある!」
「よし、できるのならやれ。怪我はするな。怪我しても我は手当などできんからな」
「わかった!」
「エプロン親方、うちのトミーがどうしても一緒にやるって聞かないんだ」
「トミーはいくつだ」
「五歳」
「七歳以下は戦力外と言っただろうが。不可だ。去れ」
「でもぉ」
「逆らうならお前も外すぞ」
「わかったよぅ……」
「こらぁっ! そこの殴り合いしてるガキ共! 殺し合いなら他所でやれ」
「エプロン親方、殺し合いじゃなくて、ただの喧嘩だよう」
「喧嘩なら本気でやれ。ただし、ここでやるな迷惑だ」
子供を軽くいなす悪魔。そしてエプロン親方と呼ばれて返事している悪魔。
ラヴィリアは初めて見る光景に呆気にとられていた。ブラッドの指示で動く子供たち。二、三十人はいるだろうか。見る限り全て男子である。
ブラッドの隣に立つと、悪魔はラヴィリアを一瞥してまた子供たちに目を向けた。
「何が起きてますの、ブラッド」
「このでかさの建物の掃除となると、我が一人でやるより人海戦術が一番早かろう。昨日ガキ共をスカウトしてきた」
「どうやって……」
「この辺では手に入らない宝を報酬とした」
「宝って……宝石はあげられなくてよ?!」
「そんなもんやるか。ガキ共が欲しがる物を用意した」
ブラッドはラヴィリアの目の前に手を差し出した。ブラッドの手の中にあるのは、角張った黒い石。
角張ってはいるが、ただの石だった。
「……石ですわね」
「石だ」
「これが報酬になりますの?」
「ただの石では無い。見てわかる通り、綺麗に六角形を成した石だ」
「そのようですが、それに何の価値が」
「これは大量のマグマが急速に冷えることによって柱状に固まった石。冷え固まる際に中心に向けて均一に圧迫されることにより、安定した六角形の亀裂が入る。柱状節理と呼ばれる現象だ。
これぞ、大地の産んだ物理法則の証明。地上のロマン」
「「「「「「 かっけえええ!!! 」」」」」」
作業をしていた子供たちがキラキラした目で、ブラッドの手の中の石を見つめている。
ふふんとブラッドは石をつまんで空に掲げた。
「貴様らには作業が終わり次第、これをくれてやる」
「おおー」
「さらに、一番よく働いたヤツにはこれだ! 手のひらサイズ柱状節理!」
「おおおおーー!」
「ちと重いが、これぞ大地の重みだ」
「すげえ!」
「かっけえ!」
「欲しい!」
「よし、仕事に励め」
子供たちは喧嘩していた子供たちも含め、嬉々として働き出した。子供には動かせないような瓦礫はブラッドがなんとかするとして、この人数が動けばほとんどの瓦礫の撤去は今日中に終わるだろう。
ラヴィリアはブラッドを見直してしまった。
子供とはいえ、これほど上手く人のやる気を上げ動かせるとは。しかも報酬はただで手に入るもの。さらに報酬に差をつけ競争意識を煽り、作業をはかどらせている。
ブラッドへ、尊敬の眼差しを向けるラヴィリアの袖を、カナメが軽く引いた。レイモンドに聞こえないようそっと下がり、ラヴィリアの耳元へ口を寄せた。
「なんですの、カナメ」
「……どちらかというと、あれは詐欺とかペテンみたいな手法ですからね。尊敬するに及びません」
「そうですか?」
「お忘れにならないでください、ラヴィリア様。あれは悪魔です。悪魔の仕業ですよ」
「そうですけど。とても有効だと思うのです」
「姫さま!」
「ラヴィの従者は、頭固えなあ」
ブラッドが小さな柱状節理を弄びながらボヤいた。
ラヴィリアはいそいそと瓦礫を運ぶ小さな労働者を見つめた。みんな男の子だ。女の子を誘わなかったのはブラッドの気遣いか。
……いや。どうやら違うみたいだ。
ブラッドの報酬が、女の子には魅力がなかったからだ。黒い六角形をした『地上のロマン』をもらって、はしゃぐ女子はあまりいない。
ラヴィリアはちらりと町の方向に目を向けた。
こちらのことは気になっているようで、遠巻きに女の子の姿がちらほらと見受けられる。何をしているのか偵察に来て、ブラッドの視線を受けて逃げ出している子もいる。中には「イケメーン」「でもダサイ」と囁いて笑っている子たちもいる。
潜在的小さな労働者、発見。
ラヴィリアは自分より小さな女の子たちの趣味嗜好を思い描きながら、遠目で眺めている女子の集団に足を向けたのだった。
エプロン親方になってしまった、ブラッド。
初期設定ではそんな子ではなかったのに。




