漁師町で情報収集
ラヴィリアはサクタを伴って、町の一番大きな酒場を訪れていた。古びたレンガの、年季の入った酒場である。サクタが生まれる前から営業しているらしい。
中は薄暗くだだっ広い。まだ照明に火を入れていない時間帯だ。それにも関わらず、日の差す窓辺では三・四箇所で数人の男が固まって酒を飲んでいた。入店したラヴィリアたちに気づくと、がやがやした喧騒がすっと静まった。男たちの訝しげな視線がラヴィリアに向かった。
注目されている、と感じながらラヴィリアはつばのある帽子を深く被って、目立たないようにサクタに続いた。サクタは目礼する数人に軽く手を上げ挨拶を返している。領主として顔は知られているようだ。
サクタはカウンターに近づくと、丸坊主のガタイのいい男に声をかけた。彼がこの店の店主のようだった。
「やあ、昼間っから景気がよさそうだね」
「そう見えんならあんたの目は節穴だよ、領主さん。なんせここ最近、安酒しか出ませんからね。たまには俺自慢の、豪快なオーブン料理でも出したいもんだが」
「今度そのオーブン料理を食べに来るよ」
「約束だぜ、領主さん。
ところで後ろに別嬪さん連れてるが、あんたの彼女かい?」
「……彼女」
「違うのかい?」
「彼女!」
サクタは凄まじい勢いで店主に詰め寄った。勢いのままカウンターを乗り越えるかと思った。当然の事ながら店主は大きく仰け反ることになった。
「彼女!この人が俺の彼女! そう見えるのか店主、良い目を持ってる最高の目利き!
やっぱりお似合いなんだ俺たちそうじゃないかと薄々思っていたけどこれで第三者からの確証まで得ちゃった公認カップル、マジ照れる。
そうなんだ店主、正に俺の愛しきラブラブ彼女……!」
「ではありませんの」
ラヴィリアは真顔でくるくると踊り出しそうなサクタの横で、帽子を取った。アイスシルバーの髪が薄暗い店内でも輝きを放つ。店主に軽く会釈をした。
ラヴィリアの身分が王族であることは伏せておこうと、事前に打ち合わせ済みである。どこぞの貴族の娘、くらいに思われたら上出来だ。
店主は真正面に現れた類を見ない美形の少女を前に固まっている。町で評判の女の子とは桁違いの容姿である。透き通るような白い肌も、光を発するようなアイスブルーの瞳も、艶やかに流れるアイスシルバーの髪もお目にかかったことがない。清楚で可憐を具現化したような少女が、こんな古臭い酒場になぜ現れたのか、理由が皆目見当つかなかった。
ラヴィリアは気品のある面持ちで微かに笑みを浮かべた。
「わたくし、ラヴィリアと申します。ヴィヴィン商会から派遣されて参りました。
近く、アクセサリー工場を立ち上げ、稼働するつもりでおります」
「……お嬢ちゃ……あなたが……あの噂の、工場の責任者ですか……?」
「工場の話はご存知なのですね」
「ご存知も何も、最近の話題はそればかりで。
まさかこんな……若くて別嬪な女性が来るとは」
「お上手ですね。さすが客商売をなさっているだけありますわ」
「いや、あんた目の前にして他に言葉見つからんがな」
言葉を取り繕うことを忘れた店主に、ラヴィリアはニコリと笑いかけた。ますます動揺している店主に持参したチラシを手渡す。
「サクタ様よりご紹介いただきましてこちらに参りました。
わたくし、工場の作業員を募集してますの。立ち上げている工場で、砕石から宝石を見つけ出すという、力と根気のいるお仕事です」
「……はあ」
「宝石の加工についても職人を育てたいと思っております。加工の職人は王都から呼び寄せていますから、職人について技術を学んでくれる方も募集します」
「……ははあ」
「つきましては、この店に作業員と職人募集のチラシを貼らせていただけないでしょうか。長い間とは申しませんので」
「……構いませんが」
「ありがとうございます。大変助かります」
ラヴィリアは再度店主に微笑みかけた。店主は魂が抜けたような顔をしている。微笑むラヴィリアと店主をサクタが何度も見交わして、「微笑みかけられてるの、羨ましくなんかない。羨ましいと思ってるなんてバレてない。あーくっそ店主羨ましいな、いいなー」とぶつぶつ呟いていた。
◇ ◇ ◇
酒場を立ち去ったラヴィリアであったが、そのまま辺りをくるりと散策すると、レイモンドを連れて再び酒場を訪れた。ただし、正面からではなく、外壁の方だ。
髪をひっつめて三つ編みにし、カナメと交換した帽子の中にしまい込んだ。肩には薄いショールを羽織ってワンピースの色を隠した。軽い変装である。
唖然としているサクタとオーメイ、諦めきったカナメをその場に残し、ラヴィリアは酒場の窓の下へこっそり中腰で近付いた。同じく中腰になりながら、レイモンドはなんとなく察してきていた。このお姫様は王族だと思って、接してはいけない。
ラヴィリアの目的はズバリ、盗み聞きであった。こっそり中腰など、王族の取る姿勢では無い。変装まで用意するとは用意周到なことである。絶対に王宮で習った知識では無いはずだ。
窓辺に近付いて壁に張り付く。すると中の会話がよく聞こえた。もともと声を加減するような男たちでは無い。
特に窓辺の真ん中で話していた人物が一番ふんぞり返っていた。ラヴィリアは漁師の中でも地位の高い男なのだろうと推測していた。
「……しだな。サクタの坊ちゃん、ありゃあ骨抜きだな」
「違いねえ。完全に手玉に取られてやがる」
「あんな美人、滅多にお目にかかれねえからな。甘ったれ坊ちゃんじゃ仕方ねえ」
「だな」
太い笑い声が起こった。
現領主が、甘ったれ坊ちゃん扱いだ。若くて実績も少なければ仕方がないのだろうが、そもそも領主を敬う気質も低そうである。
「それにしてもあの貴族のお嬢ちゃん、よくもまあ大胆に働き手を探しに来たもんだな」
「魔獣の噂でも聞き込んできてんだろ。仕事のない漁師の足元見て、安く働かせようってんだ」
「そう考えると腹立つなな」
「センラクの漁師ナメんじゃねえよ」
「陸でなんか働けるかってえの」
全くだその通りだと、同意する声が複数聞こえた。ラヴィリアは窓を見上げた。中は見えないが、イラついた声からして自分たちが歓迎されてないことはよく分かった。
陸で働くことが不満? それが漁師の矜持?
「どうすんでぇ、お頭」
「……必要はねえだろうが、通達しておけ。貴族様の娯楽に付き合うんじゃねえ、ってな。まともな仕事とも思えねえ」
「分かりやした」
「アクセサリー工場なんぞ、どうせすぐ頓挫する。海の町で海に頼らん仕事は長持ちしねえ。放っておけばいい」
「そうっすね」
「あのお嬢ちゃん、泣いちまうな」
「構うもんか」
「でも美人だったなあ。慰めてやったらおれに惚れるかな」
「鏡でテメエの顔見直してから言え」
「まったくだ」
弾けるように笑いが起きた。「酒だ、店主、酒持ってこい」という声もする。
その声を聴きながら、ラヴィリアはそろそろと後退した。ゆっくり中腰で後ずさり、かなり離れたところで、たったか走ってサクタたちの元まで走った。レイモンドも歳の割に軽やかに続いた。
肩のショールを取って、手にしたそれでパタパタ顔を扇ぐ。暑い時期である。こめかみから汗が伝っていた。
気を利かせたレイモンドが冷たい水を調達してきた。できる副官である。自分も背を向けて飲んではいるが。
サクタは爽やかに汗を流す盗聴娘を見ないようにしながら(見ると好きがダダ漏れてしまう)、酒場を親指で指した。なにか新しい情報でも手に入ったのか。
「……いかがでしたか?」
「漁師さんたちのお話が聞こえました」
「それで?」
「ちょうどアクセサリー工場の話をなさっていたんですけど」
「ええ」
「従業員募集は、完全に詰んでることが分かりました」
爽やかにきっぱりと、ラヴィリアは言い切った。
あの低い姿勢で盗聴した挙句に、分かったのはそれだけかい、とサクタは口を真一文字に引いた。
ラヴィちゃん、ほっかむりでもよかったかな? 案外似合うかも。




