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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第五章 働く姫君

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センラクの町の事情

硬直した真顔のまま、えっぐえっぐと泣いているサクタと向き合っていても話が進まないことに気づいたラヴィリアは、サクタの部下に話を聞くことにした。

サクタは、事態を報告されたこの家の執事らしき老紳士に「ほーら坊ちゃん、泣かないの。よーしよし」と慰められている。



サクタの第一秘書は壮年の男性で、オーメイと名乗った。

オーメイはようやく真顔が崩れ、くしゃくしゃになって沈没している主人をあえてスルーし、にこやかにラヴィリアに向き合った。


「大変失礼を致しました。

私が主人に代わりお答えいたします。何でもお尋ねください」

「ありがとう。

わたくしがセンラクの町に来た理由はご存知ですね」

「伺っております。アクセサリー工場をお立ち上げになるとのことで」

「ええ。

それなりの規模になりますから、工場で働く労働者を募集しようと思っています。センラクは活気のある町と聞いていましたから、働き手も集まりやすいと思いましたが」

「……」

「少しセンラクの町を見学いたしました。

活気があるようには、見えませんでしたわね」


オーメイはまっすぐに見つめてくるラヴィリアの視線を避けるように下を向いた。飾らない言葉が手痛かった。

おっしゃる通りです、とため息混じりにオーメイは答えた。


「ひと月ほど前でしょうか。センラク港が漁場としている海域に、魔獣がうろつくようになりました」

「魔獣……。

……わたくし、海の事情に疎いのですが。魔獣というのは、海域にも現れるものなのですね」

「海に現れる魔獣は、陸の魔獣とは比べものにならないほど巨大で凶悪です。人の手には負えません。

今漁場に現れている魔獣は、シーリザードと呼ばれる手足のついた蛇のような魔獣です。あの巨体に体当されたら、どんなに大きな漁船でもひとたまりもありません」

「それでは、海で漁ができないではありませんか」

「センラク港に活気がないのはそのためですよ。沖に船が出せない今、漁師に仕事がないのです。仕事がないということはお金が回らないということで。町を離れる者も現れています」

「……町で閉まっている商店を見ましたが、そういうことですか」

「商売をしている人達は抜け目ないですよね。漁獲量が減った瞬間に、都市部へ魚を卸していた商売人はセンラク港へ立ち寄らなくなりました。賑やかに商売していたセンラクの露天商たちは、あっという間にいなくなりましたね」


オーメイは疲れた表情を隠そうともせず、深々とため息をついた。本当に疲れているのだろう。

魔獣が現れ漁場に船が近づけない。魔獣がいつまで居座るのか、もしくはナワバリにしてしまうのかもわからない。人の手に負えない凶暴な生き物が居座る漁場。もはや自然災害に見舞われたに近い。

漁師が海に出られなければ生活が成り立たない。生活が成り立たなければ町を出ていく者が増える。人がいなくなれば町が瓦解してしまう。

センラクは今、街の存続の危機に立たされているのだった。



ラヴィリアは暗く沈んた顔をしたオーメイに尋ねた。


「……今はどうしているのですか?」

「浅瀬で採れる貝や海藻を加工したり、小魚を追って船を出したりしていますが。やはり沖合の魚群ほどの質と量を確保はできませんし、採りすぎますと全く採れなくなりますから。漁師の中で取り決めをして交代で船を出していますね」

「お魚が育つ余地を残さないといけないのですね」

「おっしゃる通りです。魚も貝も海藻も、海の資源ですからね。

ですが、今の漁獲量ですと町の住民の生活が成り立ちません。

この地を治めるランドレイク家としましては、漁師への生活物資の補填などは行っていますが、この状況が長引くとなると、こちらもかなり厳しくなってまいります」

「そうでしたか。

ですが視点を変えてみれば、わたくしどもの工場で働きたい方を大勢確保できそう、ということですよね」

「……そうなったら、いいのですが」


オーメイは眉間のシワを深くした。様子からして、うまくはいかないと考えているようだった。


ラヴィリアはよくわからない。仕事がなくなってしまった人が、何かしらの仕事にすぐ就けるのならば、新しい仕事飛びつくのではないのか。食べていくためには、どうしたって稼がなければいけない。町で生きていくなら尚更だ。


稼ぎたい気持ちは絶対にあるはず。金銭面で苦労を続けたラヴィリア自身の経験が、自分の考えを支援する。お金はどれだけあっても困らないもの。

そして金銭的に余裕が出てきたからこその喜びも知っていた。たまに白パン食べられる嬉しみ。苦労した甲斐をしみじみと味わえるのだ。



頑固ジジイばっかなんだよ、と声がした。ラヴィリアに背を向けて胡座をかいているサクタである。

「坊ちゃん、えらい。立ち直り早い」と執事の声援を受けてはいるが、ラヴィリアを見ようとはしなかった。失恋の痛手だろうか。

サクタは胡座に頬杖をついて、独り言のように呟いた。


「センラクって、もともと小さな漁港でこれほど大きな町じゃなかったんだ。船や漁法の開発が上手いタイミングで進んで、さらに魚の加工品の瓶詰めがヒットして、町が急に豊かになった。他所から人もやって来て町もどんどん大きくなった。

だけど根本は変わらないから。一番偉いのは船に乗ってでかい魚をたんまり採ってくる漁師だ。そういう勝手な序列が浸透している」

「職業への誇り、ですわね。

でも、今仕事を失っているのはその漁師さんたちですよね?」

「プライドの高い頑固ジジイどもが他の仕事に就くとは思えない。

もしあなたの工場に務める男がいるとしたら、女子供のお飾り作りにうつつを抜かすヘナチョコ野郎、くらいは言ってくるよ。海に関わる仕事以外は、センラクの男がやる仕事じゃない。本気でそう思ってる。

ここはそういう、新しい文化を否定から入る、古臭い田舎なんだよ」


ラヴィリアは胡座をかいた黒いくせ毛の頭を見つめた。

サクタの冷静さと分析能力は得がたい資質だ。客観的にこの町の因習を見抜き、その上で生活支援にも乗り出している。領主としての手腕は若いながらも大いにある。

仕事する相手としては、とても好都合な相手ではないのか。漁師たちと工場の、橋渡し役をお願いできないだろうか。



ラヴィリアはサクタの前に回り込んで、床にちょこんと座った。サクタが胡座をかいているのだから仕方ない。王族のすることではないとあとでカナメに叱られそうだが、今ラヴィリアは工場経営の責任者だ。構うものか。


間近に舞い降りたアイスブルーの瞳を目にして、サクタは動揺した。綺麗な両目が自分を見ている。

戸惑うサクタにラヴィリアは語りかけた。



「サクタ殿、お力をお貸しくださいませんでしょうか」

「麗しのラヴィリア様、しゅき。だいしゅき」



同時に発せられた言葉は、空中でぶつかりはらはらと霧散した。



真顔になったサクタが「ダメダメ、ダメだ、しゅきが止まらない~! ノンストップでラヴィングユー、しゅき~!」と叫び出した。そのままラヴィリアに抱きつこうとするサクタを躱して、すかさずレイモンドが手を伸ばしてラヴィリアを立ち上がらせてくれた。できる副官である。

ああっと声を上げてサクタは床に抱きついた。顔面がゴンという音を立てていた。



これさえなければ、仕事できそうないい人なんだけどなあ、とラヴィリアは頭を抱える思いで嘆息した。


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