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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第五章 働く姫君

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センラク港

「うみーっ!」


ラヴィリアは子供のような歓声を上げた。

白く紗がかかったように見える眩しい太陽光が燦々と降り注ぐ中、センラク港の碧い海は小さな波を緩やかに寄せては返していた。目の前はどこまでも広がる水平線。空にはカモメがゆるやかに舞っていた。


山に囲まれたマリ王国には海に接する国土が少ない。あるにはあるが、北部の一部で冬には雪と氷で覆われる凍結港があるだけだ。ラヴィリアは間近に海を見るのは初めてである。

カナメもラヴィリアの背後で大人しく佇んでいるが、内心うきうきしているのが分かる。目は水平線を見たり海鳥を見たり足元の海辺で育つ薬草をを見たりと、忙しく動いていた。


「カナメ、カナメ。あれ全部塩水ですのよ! とてつもない量です!」

「向こうが見えないと線になってしまうんですね。匂いが独特です」

「岩に何か付いてます! 海藻? 貝? 生き物の宝庫ですわ!全部食べられるのですか?」

「ラヴィリア様、魚がいますよ」

「どこっ? どこですかっ? 釣竿と網はっ?」


食べられるものは何かしら食べようとしているラヴィリアである。放っておけば焚き火を始めてそこら辺の物を、採って焼いて食いそうであった。薪でも集め始めたら、即座に止めに入らなければ。

レイモンドは気儘にはしゃぐ二人を前に端然と佇んでいた。気分は遠足の引率であった。大きな事業の責任者を連れてきたとは思えない。



ある程度はしゃぎ回ったあと、ラヴィリアはふとレイモンドに尋ねた。アイスブルーの目は見慣れない港の光景を見渡していた。


「活気のある漁港、と伺っていましたが」

「はい。以前は相当活気のある明るい漁港でした」

「確かに船の数はすごいですけど。人がいませんわね。猫ばかり見かけますが」

「猫の方が多いですね」


活気のある漁港、というには人影がまばらだった。港にはたくさんの船が停泊しているが、船を動かしている様子は無い。数人の人影は漁の作業ではなく、何かしらの補修や後片付けをしているようだ。ラヴィリアが期待した、お魚大漁ぴっちぴち、な光景は見当たらなかった。


「今日は漁に出ていないのでしょうか」

「そのようです。詳しくはセンラクを統治しているサクタ様にお聞きしましょう」

「サクタ殿……ランドレイク伯爵のご子息で次期伯爵、でしたわね。ランドレイク伯爵は、センラク港やノース港を含む北東の沿岸部を治める大貴族とか」

「さすがラヴィリア様。事前に学ばれてますね。

ランドレイク伯爵は宮廷内で派閥に属することの無い、古参の貴族です。地位はそれほど高くはありませんが、発言には力があります」

「サクタ殿はセンラクの町を任されていますのね?」

「そうです。まだ若い……と言ってもラヴィリア様と同じ十七歳なんですが。領地経営の経験を積むためでしょうね。もう二年になるはずです」

「なるほど」


ラヴィリアはレイモンドと話しながら町の方へ目を向けた。

港に接して多くの建物が建ってはいるが、人影はまばらである。閉まっている店舗も多い。人通りの少ない閑散とした町。活気というより、なんとなくどんよりとした雰囲気があった。


このような寂れた町を、ソーラが新しい事業の予定地に指定するとは思えないのだが。

ラヴィリアは軽く眉をひそめて、レイモンドの案内に従い歩を進めた。

側で毛繕いをしていたトラ猫が、ラヴィリアを見上げてくしゅんとくしゃみをした。



◇ ◇ ◇



ランドレイク邸は町の中心に建てられた、周囲より一回り大きな邸宅であった。ソーラの伝手により、ラヴィリアはこの屋敷でしばらく暮らすことになる。

華やいだ調度に囲まれた応接室はこの国の文化だ。原色を多用した調度品は高価なものなのだろう。マリ王国の、素材を重視した調度とは異なる風情だ。

あまり落ち着かないのよね、と思いながらラヴィリアはこの屋敷の主を待っていた。仕事が立て込んで遅れているという。


「レイモンド、サクタ殿の情報はありますの?」

「そうですね。ランドレイク伯爵より譲られた事業をいくつか継いでおられます。それゆえ若い実業家の顔もありますが、親の庇護下ゆえと揶揄されている向きはありますね」

「仕事が立て込んでいる、というのはその事業のことですわね」

「そのようですね。かなりお若い方ですから、今は覚えることばかりで大変でしょう」

「社交界にはおいでになってますの?」

「社交界の様子になりますと詳細は分かりかねますが、気さくなお人柄で若いご婦人には人気があるそうです。

……エドワード王子ほどではないでしょうが」

「らぶきゅん化したあの人は、存在が別格ですから」


ラヴィリアは自分の婚約者の、表の顔を思い出した。ラブきゅん化した甘いエドワードだ。婚約式でキラキラを発しながらエドワードが姿を現した時の、女性たちの「きゃあああ」が耳元に蘇った。エドワードが会場で手を振るだけで、女性の圧がものすごかった。確かに他の男性が適うはずがない。

ラヴィリアの記憶では、極甘すぎてゲッソリするしかないのだが。「きゃあああ」のご令嬢にアレを間近で体験させてあげたい。甘すぎて引くだろう。

かと言って、ご令嬢がもし本当に恋に落ちてしまったら、それはそれでソワソワするに違いないが。



ラヴィリアが悩ましく眉根を寄せた時、使用人から 「サクタ様が戻られました」と案内があった。

程なくざわざわした気配と共に、数人の部下を引き連れた男が入室してきた。

緩いくせのある黒髪の青年だ。彼がサクタであろう。


「お待たせして大変申し訳ありません。ご無礼をお許しください。

わたくしは、サクタ・ヴァン・ランドレイクと申しま」


にこやかに挨拶をしようとしたサクタの口上が唐突に止まった。ラヴィリアに視線を定めたまま動かない。サクタの顔がすぅっと真顔になっていった。


何かしらとラヴィリアは思いつつ、サクタの顔を見返した。真顔の男はしばらくするとプルプル震えながらその場に跪いた。ラヴィリアに向けて手のひらを差し出す。その手のひらもプルプル震えていた。

ますます訝しく思うラヴィリアに、真顔のサクタは口を開いた。


「……結婚してください」

「はい?」

「なんてことだ。思いもよらないとは、この事か。あるんだな、こんな事ってあるんだな。まさか俺の身に起こるなんて思いもしなかった」

「…………はい?」


サクタは上を向いて立ち上がった。そのままくるりと回転し、天へ向けて何かを受け取るように手を差し出した。幻のスポットライトがサクタを照らしている風情だった。


「恋は突然。鳴り響くときめきのファンファーレ。刮目して見よ、これが世にいう、ふぉーりんらぶ!

俺か? 俺なのか?恋の泥沼に真っ逆さまなのは俺なのか?!

よもやこの自分が、唐突に恋に落ちるなど! 誰が予想できただろうかいやできるまい!」


サクタはその場でぱっと両手を広げた。その手を再び胸を抱くように閉じる。ミュージカルのワンシーンのようである。ダイナミックな感情表現をする動作とは真逆に、顔は凍りついたように真顔であった。


「私のスーパースペシャルダイナミック天使が、ここに降臨したとかしないとか……いやしてるがな!

どストライク顔面、どストライク体型は現実世界に現れるのか。こんなことってあるんだ、世間てすげえやべー」

「……」

「儚げな雰囲気に高貴な気品と透明感を兼ね備え且つ煌めくアイスブルーの瞳に艶やかなアイスシルバーの長い髪! 華奢な体躯にシルクのような白い肌にも関わらず健康そうな体幹の良い姿勢!

これはもう天使ではない、女神なのかっ! 女神が降臨したのかチクショウ!」

「……」

「奇跡だ。俺は奇跡を目の当たりにしている。こんな奇跡に出会うことは二度とあるまい。

夢なら覚めないで一生目覚めなくていい目を離すことの出来ない俺を許してだからお願い」


この間サクタはずっと真顔である。真顔のまま膨大な文字量を、オーバーアクションしながら吐き出していた。

サクタは表情筋の働いていないすんとした顔で、ずずいとラヴィリアに手を差し出した。


「結婚してくださ」

「お断りします」


食い気味にラヴィリアは答えた。



ブレない真顔のままその場に崩れ落ちるサクタを見ながら、ラヴィリアは北に向けて行動を開始しているエドワードを思った。



エディが北の美女に色目使われないか心配、などと言っていたわたくしが。


それはもうくどくどと、「いいですね。飴くれるからって綺麗な女の人にほいほいついて行ったらダメですからね。取って食われて政治利用されてゴミのように捨てられますからね。女って狡猾でずる賢いですからね。エディなんていいとこ全部吸い取られて廃人になっちゃいますからね」と念押しし、久々にエドワードにドン引きされたのは昨日の話だ。


「ラヴィ以外ノ女ノ子トハ、決シテ話シマセン」という棒読みを、引きつったエドワードからもぎ取ったのは、昨日のラヴィリア自身だ。そのラヴィリアが。



センラクに到着したその日に、別の男性から求婚されました。



エドワードには言えない。

レイモンドが報告するだろうが、少し待って欲しい。できればオブラートに厳重に包んで中身が分からないもしくは違う解釈で穏便に済むような報告にして欲しい。エドワードが「ふーん」で流せるような些細な報告でありたい。

これではラヴィリアの立つ瀬があまりにもないじゃないか。



というか、この真顔で床でのたうっている男は、いったい何を考えてるの?

猪突猛進サクタくん

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