工場予定地へ
とにかくでかいがボロかった。
ラヴィリアはセンラク港近くで、手配された建物の前で佇んでいた。
元は倉庫らしいが、倉庫の役目が果たされるとは思えないほどボロかった。築何十年経っているのだろうか。何せ、壁に穴があき、天井も破れている。そんな建物が雑草だらけの敷地に三つ並んでいるのだが。
「……何から手を付けていいのか、わからないわ」
「そうですね」
「お義母様は、『建物は押さえてあるから、あとは大丈夫よお』、とおっしゃってましたけど」
「すいません。うちの会長がすいません」
レイモンドはひたすら頭を下げた。ソーラお得意の、後は何とかしてねえ、が発動していた。ヴィヴィン商会では度々起こることである。ハズレくじみたいなものなので、直面したらまたかー、と天を仰ぐしかない。
レイモンドは深いため息を喉の奥で殺して、ラヴィリアを振り返った。
「……まずは建物の補修、でしょうか」
「そうよね」
「壁と屋根の補修の職人が必要ですね。私のツテですとこちらに来るまで時間がかかりますし。センラクの町で探してみましょう」
「わかりました。
でもまあ、下準備くらいはやっておきましょうか」
下準備?とレイモンドは首をかしげた。
ラヴィリアはアマツから連れてきた荷馬車の幌をめくって、中を覗き込んでいる。
レイモンドは荷物と共に運ばれていた人物に思い至った。体育座りで馬車の振動のままゆらゆら揺れていた、黒い物体のことである。
人物、ではなく本性は精霊と聞き及んでいるのだが。
「ブラッド? 起きてます?」
「――――」
「いつまで不貞腐れてますの」
「―――――」
「残りは帰ったらやればいいでしょう?
え? 何? ……あなた、いつもの不遜な態度はどうしました」
ラヴィリアに子供のように手を引かれながらゆらゆらやってくる人影が、レイモンドに近づいてきた。背の高い影のような男である。黒い燕尾服に肩に掛かるほどの黒い髪をした影だった。
闇の上位精霊と紹介されているが、見た目は人と変わらない。
ラヴィリアの侍女カナメには、言動に注意しろと忠告を受けてはいるが。
今もラヴィリアの側でしゃがみ込み、片手でラヴィリアの服の裾を掴んで、片手で小石を積み上げている。ぶつぶつ呟いているが何を言っているかは聞き取れない。ただの暗い不気味な男にしか見えなかった。
「ラヴィリア様。工場の下準備と、上位精霊どのはどのような関係が」
「ごめんなさいね、レイモンド。ブラッドはいつもはこんなんじゃないんです」
「はあ」
「普段からエディのお屋敷のお掃除をブラッドに任せていたんです。ですけど最近、はしゃいで屋根の防水加工にも手を出し始めて」
「はああ」
「透明な防水塗料を見つけて、しかもカルロスから購入許可をもらってうきうきしてましたの。ここしばらくは屋根に登って刷毛を振るってました。お屋敷のお屋根は半分塗料が塗られてピカピカで」
「はあああ」
「そんな時にセンラク行きが決まってしまったんです。ブラッドは慌てて全力で塗料を塗ったんですけど間に合わなくって」
「……」
「あと二日あれば終わったらしいのですけど、センラク行きを先延ばしにすることもできないですから。
中途半端に作業が止まってしまいました。そのせいで、昨日から全力で不貞腐れているところなのです」
ブラッドは三個目の石の塔を積み始めている。いじけ方が幼児である。
ラヴィリアはブラッドの前にしゃがみ込んだ。今日は王族らしいドレスではなく、清楚なワンピース姿である。軽装とはいえ気軽にしゃがみ込むとは、王族とは思えない行動をする姫君だ。レイモンドは軽く驚嘆していた。
「ブラッド、お願いがあるのですけど」
「――――やだ」
「やだじゃないです。あなたの力が必要なんです」
「……我はもう何もしたくない。やったところでラヴィは我の仕事なんてどうでもいいんだ。我がいなくたって、なんだかんだ楽しくやってるしさ。
もういいんだ。地獄に帰る。今帰る」
「わたくしと契約してますから、気軽に帰れませんよー。それと、あんまり大きな声であなたの出身地言わないで下さいね。不審が丸出しです。
いいですか、ブラッド」
「やだ」
「話を聞きましょう。いい子だから」
「悪口言うな」
「ああ、いい子は悪口になりますのね。
ではそこの悪い子」
「……なんだよ」
「わたくし、あの建物のお掃除をしたいのです」
むくりと、ブラッドの頭が持ち上がった。振り返って三棟の建物を凝視した。
ラヴィリアはブラッドと一緒に建物を見渡した。大きい。ボロいが大きいだけに、威圧感があった。
「大きいでしょう。これからたくさん通うことになりますよ」
「……」
「でもちょっと汚れてますよね。お掃除したいと思っているのですが。かなりやり甲斐のあるお掃除になります」
「……」
「しかもできるだけ、早急に仕上げなくてはいけなくて」
「……おお」
「こんなに大規模なお掃除はブラッドの力を借りないと無理だと思うの」
「おおお…………どこまでやればいい……」
「まずは屋内の瓦礫を出して天井と壁のホコリを払って床を磨かなければ」
「おおおおお…………壁と屋根の穴はどうする」
「塞ぎますわ。でもそこまでブラッドに任せるわけには……」
「やるぞ!」
ブラッドは立ち上がった。
燕尾服の上に、いつの間にやら身につけた白いエプロンドレス姿である。はたきと雑巾をぶら下げたバケツを構えて仁王立ちしているが、それはまだ早計だろう。掃除は順序よくやろう。
ラヴィリアは胸の前で小さく拍手した。
「ブラッド、ステキです。勇ましいお掃除戦士です」
「ここは任せろ、ラヴィ。短期間で美しく仕上げてやるぜ」
「さすがですわ。さすがわたくしのブラッド。頼もしいです」
「フハハハハ! 当たり前だ!」
「では、よろしくね」
「ご褒美は期待している!」
綺麗な顔を太陽光に晒して意気揚々と建物に向かうブラッド。レイモンドはブラッドの顔を初めてまともに見た。あんなに無駄な美形だったのか。
そして黒い燕尾服に白いエプロンドレスについて、突っ込んだほうがいいのか逡巡した。ラヴィリアの対応があまりに自然体だったからだ。
ブラッドを見送って、ラヴィリアはレイモンドを振り返った。唖然としているレイモンドに、にこやかに告げた。
「壁と屋根もブラッドでなんとかなりそうよ。次いきましょう」
「……ラヴィリア様。初めからそのおつもりで……」
「まあ、なんとなく?」
「参考までに、精霊殿の言っていたご褒美というのは」
「撫でくりまわしてあげれば機嫌は良くなりますわ」
「撫でくり……」
「さあ、後はテーブル、椅子の手配ですね。暖を取るための暖炉は後付けできますの? 研磨用の資材は発注してましたよね。研磨とカットの職人はいつ頃配置になるのでしょう。それ以外の人材を確保ですから、急がないと。
ねえレイモンド、何から手をつけたら良いのでしょう」
さすがソーラ様が目をつけた姫君。
見かけによらないポテンシャルをお持ちになっている。
レイモンドはこっそりと舌を巻いた。
久しぶりの投稿になりました。
さぼってたわけじゃないよ?
新発見があります。体調崩して小説書くと、自分でもびっくりするくらいクソつまんねえ文章ができあがります。
小説は、体調のいい時に書こうね!




